(18)面会の後
(18)
「シュカ様、大丈夫でございますか。」
ハネが心配そうにシュカを覗き込む。
「はい。大丈夫です。」
シュカは慌てて、座りなおし背筋を伸ばした。ハネに出会ってから、ずっと心配ばかりをかけているような気がする。
「それは良かった。随分強行でまいりましたので、お疲れかと思います。あまり、我慢せずおっしゃってくださいね。」
温かい言葉に目元が緩みそうになる。
「ありがとうございます。情けないですね私。」
こんなことではだめだ。シュカは、すごく泣き虫になった気分だった。村ではしっかり者と言われていたシュカが、この数日間は少しのことで弱気な自分が顔を出す。
「そんな顔しないで。シュカ様、大巫女様を目の前にしてよく蔦を伸ばすのを抑えられましたね。それだけでもすごいことなのです。自信を持って笑って下さいまし。しかし、まずはその汗びっしょりの背中を拭かなくてはなりませんね。」
ハネにはなんでもお見通しなのだろう。今は、ハネの優しさがありがたいばかりだ。
シュカは帯を解くと、背中の隙間に手ぬぐいを入れ背中を拭いた。
そういえばと、シュカは疑問に思っていたことを口にした。
「ハネ様。ハネ様はどうして私と違う召し物なのですか?」
ハネは、少し驚いてシュカに笑いかけた。
「そういえばお話していなかったですね。私は、巫女ではないのです。」
シュカはきょとんとした。
「えっ、だってハネ様は力をお持ちですよね。」
「ええ、私は力を持っています。正確にいえば、私はもう巫女ではないのです。実は、宮を出るときに巫女をやめたのです。」
宮を出たとき・・・・。
「それって・・・。」
「違います、シュカ様を宮からお連れした時ではありません。もっと前に結婚のために宮を出たのです。」
シュカはほっと胸をなで下ろした。
「宮を出ていた私ですから、シュカ様をイヨ様のもとへお連れする使命をいただいたのですよ。」
おばばがシュカのために宮を出されたことを考えるとほかの誰かの人生にも影響を与えたのではないかとシュカは心配になっていた。
「シュカ様、イヨ様のことまだ責任を感じておられるのですか。どちらかといえば、一番翻弄されているのはシュカ様だと思うのですが・・・。私、今は巫女をやっておりませんが結婚をして幸せに暮らしております。息子もおります。シュカ様より三つ年上になります。今度シュカ様に夫と息子を紹介いたしますね。」
ハネは本当に幸せそうに、花がこぼれるような笑顔を作った。ハネの笑顔にシュカは癒される思いだった。ハネの家族に会うのが楽しみだ。
「この宮に入った巫女は、基本的には巫女をやめない限りこの宮を出ません。イヨ様のおっしゃったとおり、この宮で過ごすものは結婚もせずにずっと修行に励みます。私はもともと、ずっと修行を行ってそれに専念するのには合っていなかったように思います。だからこそ、大巫女様は私を選ばれたのだと思いますわ。」
大巫女に選ばれて、ハネは嫁いだのだろうか。
素朴な疑問を頭に描いているとハネはシュカを立たせた。そして、緩んだままだったシュカの帯を結びなおし始めた。
「今は、この宮のお手伝いをさせていただいています。初めて宮に来たもののお世話とか、巫女たちの相談役です。ですから、私はこの着物なのです。」
ハネは帯の上から組紐を渡すとしっかりと結んだ。
「ハネ様、もう一つおたずねしてもよいですか。」
「はい。」
シュカはもう一度ハネに向かって座ると、姿勢を正して聞いた。
「ハネ様、私はここで何をすればよろしいのですか。」
ハネは予想された質問だったのか、真面目な顔をして頷いた。
「まずは、シュカ様のその力を使いこなせるように修行を行いましょう。占いや星見など様々なことも学んでいただきます。それに巫女にはそれぞれ仕事がございます。シュカ様にももちろんお仕事をしていただくことになります。」
かんなぎをしていたおばばの仕事の様子はずっと見ていたので、占いなどに星が大切なことは知っていたが、本格的に学んだことがシュカにはなかった。
「シュカ様に紹介いたしましょう。」
ハネに促されて部屋にやってきたのは、先ほどシュカを案内してくれた若い巫女だった。
「シュカ様、こちらはウミです。日常的なことはウミに聞いてください。ウミはシュカ様と同じ年ですので、よき友となりましょう。こちらの部屋は二人の部屋でございます。」
ウミと呼ばれた少女は、黒い髪を真ん中で分けて後ろで結んでいた。広く形のいい額の下には少し釣り上った闊達そうな瞳が輝いていた。きゅっと引き締められた口元からは意志の強さを感じる。
「ウミでございます。よろしくお願いいたします、シュカ様。」
ウミは下げた頭を持ち上げるとしっかりとシュカに目を向けて挨拶をした。
シュカもウミの方に向き直り、挨拶をする。
「こちらこそ、わからないことばかりでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
二人は目を合わせるとにこっとほほ笑みあった。シュカは、何となく仲良くなれそうな予感がして素直にうれしく思った。
「お二人にひとつお願いがあります。私に丁寧な言葉で話すのはやめてください。私、生まれはどうかわかりませんが14年間ただのシュカとして生きていたんです。ただの村のシュカです。どうか、シュカとお呼びいただけませんか。ここでは新人です。どうか、普通の新人に対するように扱って下さい。」
ハネとウミは少しの間考えていたが、繰り返しお願いすると、そうすると言ってくれた。
「わかりました。おっしゃる通りにいたしましょう。ウミもよいね。」
ウミはハネに頷くとにっこり笑った。
「よろしくシュカ。では、私のこともウミと呼んでね。」
シュカもほほ笑んで返した。
「こちらこそ、よろしくウミ。」