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(17)大巫女との対面

(17)

宮は夢で見た通り、長い廊下には真っ赤な柱がずらっと並んでいた。

夢よりも年季が入っている様子にシュカは違和感を覚えたが、夢で見たときよりも40年以上たっているのであれば仕方のないことであると納得した。

逆にいえば、40年以上たってもほとんど変わらないほど宮の中は美しく手入れが行き届いていた。

無垢に近かった床板や戸は深みを帯びた色へと変化していたが、磨きあげられ光沢を放ちより威厳を増していた。シュカはここで過ごしたわけではないのに、自分の中にこの風景の記憶があるのがなんだか不思議な気分だった。

そして、初めての湯あみ。

温かい湯につかるというのは存外、何ともいえず気持ちの良いものであったが、人の手を借りて支度を行うのは慣れず、恥ずかしさに身の置き場がなかった。

しかし、真っ赤な袴に白い着物を身につけると不思議と背筋が伸び気持ちがまっすぐなりうつむいていた顔も上がった。袴の腰に、組紐を通す。この宮を出たときにシュカが巻いていたものと同じ意匠の組紐は、ノノ姉が贈ってくれたものだ。

シュカは自分の頬を両手で挟んで軽くパンパンとたたいた。

「よしつ」

覚悟を決めると、シュカは大巫女に会うために廊下に出た。


案内されたのは、長い廊下の一番奥。小さな引き戸の部屋だった。

案内してくれたのはシュカと年の変わらなそうな巫女だった。巫女にならって、廊下に膝をつき正座をすると、戸が開けられるまで頭を下げて待った。しゅっと戸を引く音がする。

「入りなさい。」

シュカはうつむいたまま座敷に入ると、さっきと同じ姿勢をとった。

「顔を上げなさい。」

耳に聞こえる声は深い湖のように落ち着いていて重い。シュカは顔をあげると目の前の人をしっかりと見た。

銀に染まった床に流れる長い髪。まっすぐと伸ばされた背筋。真っ白な着物と同じくらい白い肌に刻まれた皺は深い。真っ白な雪の上に落ちた寒椿の花びらのように紅い唇。そして、閉じられた瞳。

その人はシュカが予想していたよりも随分と年をとっていた。しかし、おばばが幼少のころに見た姿と変わることのない美しさ。

その人を見た瞬間、シュカの背中はざわざわとうごめき始めた。

シュカは必死に自分の気を静めた。ゆっくりと呼吸し、細く長く息を吐く。

そうしている間もシュカは大巫女からめを離すことができなかった。


「よく帰ってきた、シュカ。大きくなったな。・・・そのまなざしの強さ。イヨによく似ておるな。」

「おばば様のことを覚えておいでなのですか。」

「むろん、忘れはせぬ。それに、この宮を出てもイヨのことは視ておった。」

大巫女は“視る”ものなのか。シュカは、大巫女が一度も瞼を上げずにしゃべっていることに気付いた。

「そなたの考えた通りじゃ。わしの目は何も映さん。しかし、わしには実にたくさんのことが視えた。そなたの顔は見えんが、表情や目線、その強さは視ることができる。」

シュカはじっと見つめたまま、頷きもせず、ほとんど瞬きもせず聞いた。

背筋に汗が流れる。

「そなたはこの宮を離れていた分、これからこの宮で知ることが多くあるだろう。」

「大巫女様、わたくしはここで何をすればよろしいのでしょうか。」

「何をするかは、定まっておる。運命とは天命だ。まずはこの宮でその力を磨くことからだ。」

“何をするのか”上手くはぐらかされたような気がする。それとも自分にはわからなかっただけか。

おばばの言っていた『さだめ』がその天命ということだろうか。

そんなシュカの考えが視えてしまったのか、大巫女はにやりと笑った。

「心配ない。運命は道に過ぎん。そこをどのように歩くのかはそなた次第だ。ここではどう歩くかが選べるよう準備をするのだ。さすれば自分のすべきことを自分で見出せる。それにそなたにはたくさんの道標が見つかろう。」

大巫女の言うことは何か輪郭がはっきりせず、正直シュカには理解が難しかった。しかし、これからの自分にとってここでの修行が役に立つということは分かった。

シュカが聞きたいことはたくさんあった。しかし、シュカが今それを問うてもシュカにわかるように大巫女は答えてくれないだろう。まずは、それが分かるように伸びろということか。

自分の人生がこの人の手の上で転がされているような気がする。でも自分が未熟であることは自分でもわかっている。自分は自分を見極めに来たのだ、まずはここでの暮らしを受け入れ、自分を見つめることが必要なのだとシュカは考えた。

せめてもと意地だけは見せようと、シュカは絶対に大巫女から目を離さないようにまなざしを強めた。


「失礼します。」

シュカの入ったと戸は別の戸から声がした。

大巫女は、シュカの方を向いたまま返事をした。するとそこから現れたのはハネだった。

「大巫女様、遅くなり申し訳ありません。」

「構わん。ハネ。こちらに参れ。」

ハネは音をさせず座敷に入ると、静かに戸を閉め大巫女とシュカに向きなおった。

シュカと目のあったハネは、シュカを安心させるように目だけでほほ笑んだ。

ハネは、シュカや大巫女と違い、赤い袴ではなく濃い藍色の着物を着ていた。

「大巫女様、シュカ様をお迎えする準備ができました。」

大巫女は満足げに頷くと、シュカに言った。

「シュカ、しばらくの間ハネに付いて学ぶとよい。あとはハネに聞ききなさい。」

シュカは、頭を下げてハネとともに座敷を辞した。


ハネに連れられて部屋に着くと、やっとシュカは息をつくことができた。

「ふうっ」シュカは座敷にへたり込んだ。

自分が思っていたよりも随分と気をはっていたらしい。湯あみをしてさっぱりしたはずが、汗に濡れて背中に着物がはりついていた。



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