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(15)外の世界

(15)

今朝、村を発ってからずっと船の上にいた。

シュカは陽の光の下で、川岸に流れる風景をずっと眺めていた。

14歳になるまで村を出たことのなかったシュカにとって、船から見えるものすべてが珍しくいろいろなものに興味を持った。

森を抜けて初めて見る植物や動物を見つけてはハヤテやハネに尋ねたりしていた。

しかし、それから目にし始めたものにシュカは次第に言葉を失っていった。



シュカが育った村は、おばばがかんなぎを務めるようになってから大きな天災に会ったことがなかったため、凶作に陥ったり洪水や戦禍に巻き込まれたりしたことがなかった。

さらに30年前から始めた養蚕と機織りによって、作物だけではなく現金の収入も得られるようになりひとを減らすことなく冬を越せる豊かな村となった。

シュカはそれが当たり前で育ったため、多少の差があったとしても違いを感じたことがなかった。


しかし、どうだろう。川岸の向こうに見たのは、シュカの知っている『村』とはいい難い光景だった。

痩せた大地に細々と田畑を耕している人びと。こんなに大きな川が流れているのにどうしてこんなにも土地がやせているのだろう。

また、別のところではかつて畑だったのだろうところが荒れ果て、人の気配がなくなっていた。

太陽が真上に上がり、腹も減ってきたので食事をとることにした。近くに町のあるあたりまで船を進めて川岸に固定する。

木にくくりつけた奈和がほどけないことを確認すると3人は船を折り町に向かって歩いた。しかし、そこでシュカは初めて目にする光景に愕然としてしまった。

崩れ落ちた家々、生気を失った人々。黒く焼け焦げた様子から、その村が戦火に飲み込まれたことが分かる。何軒か残った建物で人びとは店を出していた。旅相手のそこに集う人は多くなかったが、厨房の中からは活気のある声も聞こえてきていた。。

街にいる人々は誰もが疲れ果てて見えた。

シュカはその光景に、おなかがすいておいしいはずの料理もあまり味を感じることができなかった。

店を出ると4,5歳くらいに見える男の子がしゃがみこんでいた。落ちくぼんだ目をきょろきょろと動かして物欲しそうに上目づかいにシュカを見た。きっとおなかがすいているのだろう。しかし、シュカにはどうすることもできない。

シュカが思わず左手を伸ばして、男の子の頭をなでると手を伝わって電気が流れ込んできた。

ひゅっと一瞬にして左手の指先まで蔦が伸びる。「まずい」シュカが手を引くより早く、シュカの脳裏に男の子の記憶が流れ込んできた。


逃げ惑う人々、街に放たれた火。飛んでくる火の子が頬に熱い。自分は必死に走っていた。

自分の手を引いて逃げようとしているのは母親。しかし、多くのひづめの音ともに四方から矢が飛び交う。恐ろしくて、自分の手を引く母親の背中を必死で見つめていた。しかし、その背中に矢が突き刺さる。2、3度母親の体が傾ぐと前のめりに倒れた。

倒れた母親に必死にしがみつく。母親は口をあけ苦悶の表情を浮かべながら自分を立たせ逃げるように言う。その表情がどんなに怖くても、足がすくんで動くことができない。

蹄の音はさらに増える。

母親ははいずるように道のわきに動くと少年を抱え込んで焼かれていない建物の影に倒れた。

だんだんと聴こえなくなる息遣い。男の子は母親の呼吸が全くしなくなっても、その体から鼓動が聞こえなくなっても、体がだんだんと固く冷たくなってもずっと母親に抱かれたまま動かなかった。

二晩、そうして過ごし建物から出てきた男に引っ張り出されるまでずっと動かなかった。


「い、いゃぁぁぁぁ。あぁぁぁぁ。」

シュカは振り払っても止まってくれない頭の中の映像に叫び声をあげた。

頭を抱え、目を見開くと、感情の見えない男の子の目にとらえられる。

シュカは一人駆けだした。全力で。声にならない叫びをあげても、記憶は消えない。

「シュカ様!お待ちください。」

ハヤテの静止の声も、シュカには全く聴こえていなかった。


船の留めてある川岸につくと、シュカは膝を折り両腕を抱えて崩れ落ちた。

息が上がって、激しい鼓動。上手く呼吸ができない。

すぐ後ろをハヤテとハネが駆けてくる。嗚咽を漏らすシュカの手前で足を止めると、ハネがゆっくりとシュカに近付き背後からすっぽりとシュカを抱きかかえた。

ハネはシュカの背を自分に持たれかけさせ、指先が白くなるほど強く握りしめた両手に手を重ねるとゆっくりと指をほどいた。

そして、シュカの耳元で小さくくりかえした。「大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。・・・・・・・。」

シュカの頭の中で繰り返される映像に、徐々に声が重なる。「・・・・・・だい・・・。だいじょ・・・大丈夫。大丈夫。」

ひっひっと短かった呼吸がだんだんと長くなっていく。

それとともにシュカは暗闇に落ちて行った。

シュカの呼吸が落ち着いてきたのを確認すると、ハネはハヤテにシュカを預け船に横たえた。


「大丈夫なのか、ハネ。シュカ様はどうされたというのだ。」

ハヤテはシュカの額に浮かび上がった脂汗を自分の袖口で拭きながらハネに問いかけた。

「第滋養部出す。直に目が覚めるでしょう。体の方は問題ありません。蔦も暴走しませんでしたし。しかし、心のほうは・・・。」

ハネも心配そうにシュカを見つめる。

「たぶん先ほどの子どものつらい記憶を視てしまったのでしょう。力が強すぎるため、相手の強い気持ちを呼びこんでしまうの。おそらくあの子は戦で親を亡くした孤児でしょうから・・・。」

「力は制御できるようになったのではないのか。」

「そう簡単にはいきません。蔦が出ないように抑えることができるようになっただけです。いくら表面上にそれを隠しても、内には力をためているということなのです。直に触れると相手の思いが強い分それを受けてしまうのです。」

ハネは強い目をしてハヤテを見た。

「ハヤテ様。お疲れだとは思いますが、一刻も早く大巫女様にお目通りするのが良いかと。先を急ぎましょう。」

「うむ。わかった。」

ハヤテはいったん船を降り、くくりつけた縄を解くと、船に飛び乗った。

櫂を持ち直し、櫂を川岸の岩に掛け勢いをつけて船を出した。

太陽が沈みきるまでには、何とか着きたい。ハヤテはそれまで以上に櫂をこぐ手に力を込めた。



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