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(13)宵の宴

(13)

秋祭りは盛大だった。

遅くなって秋祭りに現れたシュカを目にした人々は、シュカのまとった空気が変わったことに驚いていた。シュカは娘たちから、きっと良い恋に巡り合ったのだろうと話を聞こうとシュカに詰め寄った。

友だちから、今日がとても美しいと褒められたシュカは恥ずかしさに頬を染めた。恋のうわさを否定しつつ、盛り上がった。


かんなぎの祈りの後、おばばは村長にシュカが村を出ることを伝えた。

占いで、遠方の知り合いのもとに修行に出ることが吉と出たからだと説明をした。すでに迎えの者が来ていると、ハヤテとハネの二人も紹介された。

背が高く整った顔をしたハヤテと不思議な色気を持ったハネは、村人の中で大いに目立っていた。


おかげで宵の宴は、急きょシュカの送別の宴と変わった。娘たちは、シュカを取り囲み口々にさみしくなると別れを惜しんでくれた。機織り場の奥さまがたは、優秀な機織り手を失うことを残念がってくれたり、娘くらいの年の子を一人修行にやることを辛く感じてくれたりした。年頃の娘たちの中にはシュカの手を取って泣き出したのはいいが、泣きやんでくれない子もあった。

せっかくの宵の宴を台無しにしてしまったのではないかと思ったが、みんなが言ってくれる言葉にはみんなの温かい思いが込められていて、シュカを心から喜ばせてくれた。

みんなの温かい気持ちを受けるたびに背中の痣が熱くなるような気がした。

ヒマリには複雑そうな顔で悪態をつかれたが、きっときっと戻ってきてねと抱きしめられた。

泣かないわと言いながらも、目を真っ赤にして涙をこらえているヒマリの横にはちゃっかりとセンジが

立っていて、ヒマリを心配そうにうかがう姿は素直にうらやましく思った。

みんなに笑顔で別れを伝えることができていたシュカだったが、旦那さまと一緒に来ていたノノ姉の顔を見るとさすがに涙がこみ上げてきた。シュカは幸せいっぱいのノノ姉の表情を曇らせることが忍びなかったが、決心に揺らがないシュカの表情を見てとったノノ姉から優しく微笑まれると我慢していた涙がこぼれてしまった。

「本当に遠くへ行ってしまうのね。シュカ、私が婚礼の時に言った言葉はずっと変わらないわ。どんなに遠くへ行ってもあなたは私の可愛い妹よ。」

「ありがとう。」何度もそう口にして、ノノ姉の言葉をシュカは改めて胸に刻んだ。


意外だったのは、男の子たちの反応だった。

娘たちの輪が薄くなると、今度は男の子に囲まれた。さみしくなるねと笑顔で言うもの。どうして行っちゃうのとさみしそうに言ってくれる子さまざまだった。

何人かからは、今日は思いを伝えたかったのに・・・と残念そうにされ、思いもよらなかったシュカはどうこたえていいのか困ってしまった。顔を真っ赤にしてうろたえるシュカの隣には、「やっぱりね。」と言わんばかりのヒマリがいて、呆れながらも男の子たちを上手にあしらってくれた。

ヒマリに小さな声で「ありがと」といったが、ヒマリから「帰ってくる頃にはもうちょっと色恋に慣れているといいわね。」と言われ小さく頷いたものの、帰ってくる日がないかもしれない現実に複雑な気持ちになるシュカだった。



秋祭りは本当に忘れられないものとなった。なにより、想像以上に村のみんなから愛情をかけられたことを知り、シュカの胸は感謝の思いでいっぱいになった。

みんなの思いをことばや態度で受け止めながら、シュカは自分自身がなんだかんだ言って、拾われっ子だったことを引け目に感じていたのだと気づいた。みんながそれほど自分を惜しんでくれるなんて思っていなかったからだった。みんなが受け入れてくれているとは分かっているつもりだったのに、どこかで自分の方が壁をつくっていたのだなと村で過ごし時間を反省した。

おばばがシュカに伝えてくれた大切な言葉、みんなが村全部で本当はシュカを包んでくれていたという事実、この村で培い学んできたことすべてがシュカにとっての宝物であり、これから何が待ち受けているかはわからないけれどこの宝物があればどんなことでも乗り越えていけそうな気がした。




宵の宴がお開きになり、シュカはひとり湖のほとりに歩いてきていた。

おばばは早々に家に帰っていたし、お開きになってからもシュカに付き添ってくれていたハヤテにもお願いして、先に家に帰ってもらった。

湖にたどり着いたシュカはいつもの通りほとりに腰を落とした。シュカは湖の淵にしゃがみこむと目を閉じ、手を合わせた。

「美しき双子月さま、豊かな湖のシェイ様、ひと時ここで休むことをおゆるしください。」


祈り終わって草むらに背中を横たえると、頭上には満点の星が輝いている。今日は双子月が離れて輝いていた。

秋の明星は、西の空に蒼く光っている。それに小さな光が寄り添うように光っている。

明星は世を見守るハヤブサ。小さな光は隼をのせた風。

幼い頃におばばに聞いた言い伝えを思い出した。

その昔、日照りが続き木々が枯れ落ちて、作物も朽ち、この世が乱れた。そのとき隼が舞い降り、風を起こした。その風によって争う人々や崩れた街並み焼け落ちた家々を吹き飛ばした。

何もなくなった世界に隼は真っ赤な実をくわえて再び舞い降りた。真っ赤な実は熟し大地に種を落とした。種から芽が芽吹くと大きな大木へと育ち、多くの実を実らせた。

やがてその木の周りに豊かな森が生まれると、人々は森に帰ってきた。

隼は風に乗ると、空高く舞い上がり西の空に消えた。


おばばにかかればいにしえの物語もまるで視てきたように語られる。布団の中でおばばの語る物語に夢中になった幼い日々が懐かしい。


風が随分冷たくなった。宵の宴で暖まったからだが信まで冷える前に帰らなければ心配をかけてしまう。

もうすぐの別れに向けて、トウヤに会いたかった。こんな時に限って会えないのか。

これ以上は待てない。残念だが別れまでにまた会えるといいのだが・・・・。

シュカは立ちあがると、もう一度湖を見渡した。

ここにはたくさんの思い出がある。初めて水くみをしたときは、桶が重くてよろけた。

泣きたくなった時は必ずここにきて泣いた。トウヤに優しく頭をなでられると心がいやされた。

シュカにとってはここが原点だった。



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