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(12)決心の後

(12)

大きな決心をして、シュカの心は少しだけ晴れやかになっていた。

しかし、落ち着くとともに耳に入って来たのは村のほうから聞こえるにぎやかに人々の声や楽器の音だった。

そういえば今日は秋祭り、気づけばもう昼を回っている。村の広場ではきっと人々がにぎやかに食べ、飲んでいるのだろう。

この姿では、とてもみんなの前には出られない。シュカの胸に急激に残念さが沸き起こってくる。


「シュカ、準備をしなさい。秋祭りに行くぞ。祈りの手伝いをするのだろう?」

おばばはいつもの笑みで種かに語りかける。しかし、シュカは困ったように眉間にしわを寄せる。

「何言ってるのおばば様、こんな姿で村のみんなの前に出たらそれこそ秋祭りが台無しになってしまうわ。」

シュカは両手をおばばのほうにずいっと突き出すと、悲しみを我慢して明るく言った。すると、脇に控えていたハネがまた、近寄ってくる。

「大丈夫。わたくしにお任せください。その力は要はシュカ様がどう使いこなすかということなのです。コツさえつかめばひっこめることはできるんです。」

シュカは、ぱっと表情を明るくした。もしかして、秋祭りに行けるかもしれない?

ハネはさらに近付くとシュカの腕に触ろうとした。しかし、直前というところでなぜかとまる。

シュカが疑問に首を傾けると、ハネは真剣に言った。

「私を信じてくださいましね。わたくしのことを信じていれば、蔦は伸びません。この蔦はシュカ様の感情につながっているんです。シュカ様が心安らかに保てれば蔦も安心して中心に戻っていきます。」

シュカは、先ほどの取り乱しようを思い出し、少しほほをあからませた。そして、ハネをじっと見て神妙に頷いた。ハネも頷き返す。

「では、両手を私の手のひらの上においてくださいませ。」

シュカは言われた通りに手を差し出す。

「目を閉じて、背中のかなめに意識を集中させてください。」

目を閉じる。背中に意識を集中させると、腰骨のあたりがじんわりと温かいのが分かる。

「ゆっくりと呼吸を整えて、私の手から力が行き来しているのが分かりますか。」

シュカはゆっくりと頷いた。両手に意識を向けると自分の腕に何かが流れ出てくるのが分かる。まるでハネの両手が水源となって、温かい原潜がコポコポと湧き出でいるような感じがする。それがハネの息使いに合わせて流れたり引いたりしている。

「では、私の呼吸に合わせて、自分のかなめの力をゆっくりと中心に集めてください。私の流れを頭に思い浮かべて呼吸があったらできますよ。」

シュカはハネの言うように自分の背中の要にもう一度意識を向ける。体全体で流れを感じながら、温かい部分を自分の中に引っ張り込むように想像してみる。耳を澄ませて、ハネの呼吸に同調させる。

きっかけはさざ波のような感覚だった。

自分が息を吸うたびに、潮が引いて行くように背中の要からおなかの下のあたりへ温かくトロッとしたものが引き込まれ、たまっていくような感覚がする。

ゆっくりゆっくりと潮が引いていく。

「そう、シュカ様上手です。」

ハヤテは、蔦がだんだんと戻っていく様子を不思議な気持ちで眺めていた。

宮の巫女たちと共に育ったハヤテは、もちろんたくさんの巫女の力を目の当たりにして来た。

しかし、シュカの持つ力は、力を持っていないハヤテを圧倒していた。力が引いていくのが、蔦の様子からだけでなく、まるでシュカの周りの空気が冷やされながらシュカに集まっていくような感覚として伝わってくる。

しかも、ハネの呼吸に合わせるとすぐにコツをつかんだように力を体に収めていく。

力を収めていくシュカの表情は神々しく、まだ年端もいかない娘子のものとは思えないくらい艶やかだ。

ハヤテは、選ばれし巫女の力をはっきりと感じていた。

全部の力を体の中に収め終わるとき、シュカの体の中に小さなしずくがポタンと落ちたような気がした。

シュカはゆっくりと目をあけた。

もう、蔦が体のどこにも出ていないことは目に見なくとも感覚でわかってしまう。しかし、目で見てやっと安心することができた。

「すごい・・・・。」

本当に消えている。しかし、おなかの中に温かいものがたまっているのが感じられる。それがずっとゆらゆらと揺れている。

「素晴らしいですわ、シュカ様。」

シュカはハネの方を向いた。ハネは満面の笑みでにっこりと笑っている。

「シュカ様、うまく行きました。しかし、秋祭りでシュカ様が感情を大きく揺らせばまだ不安定なその力は騒ぎ出すでしょう。できるだけ心安らかに、落ち着いて行動下さいまし。わたくしどももご一緒させていただきますので、何かあればお呼び下さい。」

感情が揺れ動けば騒ぎ出す。シュカはおなかのとろとろと揺れる力を感じながら、なるほどと思った。水のようだと思っていたが、それはまるで獣を体の中に飼っているようなものなのだな。

シュカは、力強く頷いた。



この日のためにと織った羽織の下に、念のため少し長めに腕を隠してくれる下袖をきた。腰には、ノノ姉の深緑の地に鮮やかな黄で織られたシュカの花の意匠がとてもすっきりと見えるその羽織は、シュカに大変似合っていた。秋になると湖畔に多く咲いている朱花の花を髪に飾ると大人びた女性の雰囲気も醸し出された。

おばばはシュカに薄く紅を塗ってやると、ほほ笑んでしっかりと頷いてくれた。

「よく似合っている。今日は、おばばの手伝いが終わったら、思う存分楽しんでおいで。」

シュカは、くっと頬を持ち上げ、今日一番の笑顔を作って見せた。

「ありがとう、おばば様。」

シュカにはこの村で秋祭りに参加できるのが今日で最後なのだという予感があった。

今日の日を忘れられない思い出にしよう。シュカは心にそう誓っていた。



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