プロローグ
二つの月が重なる夜。
重なった月は朱い輪となって闇に浮かぶ。
うっそうとした森の奥。太陽の下では蒼く広がる湖も闇に隠れている。
朱く浮かぶ月以外の一切の光を排除した闇にまぎれて一艘の舟がこぎ出した。
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朱い柱の宮。一抱えもある柱は長い廊下に並んでいる。
その奥づまった白い部屋の中は油皿にともされた小さな明かりで揺れていた。
「・・・・・ハヤテ。カカの様子はどうだ。」
「はい、大巫女様。まだ気付かれてはいないようですが、姫巫女様が消えたことが知れるのは時間の問題かと…。」
ハヤテは、麻で編まれた円座に座る大巫女を下げた頭の下から見上げた。
80をゆうに超えたとは思えないそのすっと伸びた背筋、対照的に深く刻まれた皺からは威厳を感じる。もう、大巫女に仕えて10年以上となったハヤテですら、こうして正面に対峙すると自然と頭が下がる。
見えていないはずのその薄茶色の瞳に見つめられると、何もかも見とおされているような気分になる。
「大巫女様。本当によかったのでしょうか。」
不安がつい口に出る。そんなハヤテに小さく微笑み、大巫女はゆったり口を開く。
「姫巫女は朱月に守られておる。心配は及ばん。……14年。われわれに用意された時間はそれだけだ。せめてそれまでは自由を…。」
大巫女の表情は変わらないが、その声にはわずかながら憂いを帯びている。
「さあ、カカがやってきたようだ。ここからが大変だぞ、ハヤテ。」
「はい」
宮の下があわただしくなる。人々の駆け回る音の中にひときわ大きな足音が近づいてきていた。