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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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婚約者の不倫で捨てられた公爵令嬢ですが、隣国の冷酷王子に拾われたら溺愛が止まりませんでしたので、ついでに全員まとめて復讐します

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 ――あぁ、なんて滑稽なのだろう。

 煌びやかな舞踏会の中心で、私はただ静かに笑っていた。

「リシェル・ヴァルディア。お前との婚約は、ここで破棄する」

 そう宣言したのは、私の婚約者である第一王子、アルベルト。

 その腕には、見知らぬ女――いいえ、見知らぬ“ふり”をしているだけの女が絡みついている。

 セリーナ・ルクレール。

 平民出身でありながら王子に取り入り、今や堂々とその隣に立つ女。

「理由は……言わずとも分かるだろう? お前のような冷たい女と違って、セリーナは優しくて愛らしい」

 ――違う。

 その優しさも愛らしさも、全部作り物。

 けれど、そんなことを言ったところで、もう遅い。

「……そうですか」

 私は静かに頭を下げた。

 会場がざわめく。

 普通なら泣き叫び、縋りつく場面なのだろう。

 でも私は――ただ、冷静だった。

(あぁ、ようやく終わる)

 むしろ、安堵すらしていた。

 アルベルトは昔からそういう男だった。甘く、弱く、流されやすい。

 だからこそ、あの女に奪われた。

 いや――奪わせたのは、私自身かもしれない。

 見て見ぬふりをしてきたのだから。

「これで、貴女はただの“捨てられた女”ですわね」

 セリーナがくすりと笑う。

 その瞳に浮かぶのは、明確な悪意。

 ――あぁ、なるほど。

 これは偶然じゃない。

 最初から、全部仕組まれていたのだ。

「……ええ、そうですね」

 私は顔を上げ、微笑んだ。

「では、失礼いたします」

 背を向ける。

 その瞬間――

「待て」

 低く、冷たい声が会場に響いた。

 振り返ると、そこに立っていたのは――

 黒い軍服に身を包んだ男。

 鋭い眼差し、無駄のない立ち姿。

 この国の者ではない。

 隣国、ゼルディア王国の第一王子。

 カイゼル・ディア・ゼルディア。

「その女を、こちらに寄越せ」

 ざわめきが一層強くなる。

「な、何を……」

 アルベルトが狼狽する。

 けれどカイゼルは、彼を一瞥すらしなかった。

 ただ、まっすぐに私を見ている。

「お前、行く場所はあるのか」

「……いいえ」

「なら、来い」

 短い言葉。

 命令にも似た響き。

 なのに――

(不思議と、嫌じゃない)

「……よろしいのですか?」

「ああ。むしろ都合がいい」

 その口元が、僅かに歪む。

「俺は今、“王妃候補”を探していたところだ」

 ――場が凍りついた。

 私は一瞬だけ目を見開き、そして。

「……承知いたしました」

 静かに頷いた。

 その日、私はすべてを失い――そして、新たなすべてを手に入れた。

 ゼルディア王国。

 その王城の一室で、私は紅茶を口にしていた。

「……不思議なものですね」

「何がだ」

 向かいに座るカイゼルが問う。

「ほんの数日前まで、私はあの国で生きていたのに」

「未練はあるか」

「いいえ」

 即答だった。

「もう、何も」

 家も、婚約者も、名誉も。

 全部、あの場所に置いてきた。

 だから――

「今は、ここで生きます」

 そう言うと、カイゼルは小さく笑った。

「いい顔だ」

「……そうですか?」

「ああ。あの時よりずっといい」

 あの時。

 婚約破棄された瞬間。

 きっと私は、どこか壊れていたのだろう。

「お前を連れてきたのは、気まぐれではない」

「分かっています」

「復讐したいんだろう?」

 図星だった。

 胸の奥に、黒い感情が渦巻く。

「……はい」

 私は静かに答えた。

「すべてを奪われましたから」

 ならば――

「奪い返します」

 その言葉に、カイゼルは満足そうに頷いた。

「いい。実にいい」

 彼の目が、愉しげに細められる。

「ならば、手を貸そう」

「……なぜ、そこまで?」

「簡単だ」

 カイゼルは立ち上がり、私の前に歩み寄る。

「俺は、お前が気に入った」

 その手が、私の頬に触れた。

「そして――手放す気もない」

 心臓が、強く打つ。

 これは恐怖ではない。

 もっと別の――熱。

「だから」

 彼は低く囁く。

「存分にやれ。俺が全部、後ろから支えてやる」

 ――あぁ。

(この人は、本物だ)

 冷酷で、強くて、揺るがない。

 だからこそ――

「……ありがとうございます」

 私は、初めて心から笑った。

 それから数ヶ月後。

 王国では、大きな騒動が起きていた。

 アルベルト王子の不正。

 横領、賄賂、そして愛人との癒着。

 すべてが暴かれた。

「そんな……どうして……!」

 崩れ落ちるセリーナ。

 その前に、私は立っていた。

「お久しぶりですね」

「リシェル……!」

 その顔は、もはや余裕など欠片もない。

「全部……貴女が……!」

「ええ」

 否定する理由もない。

「あなたが始めたことですもの」

 微笑む。

「終わらせるのは、私です」

 衛兵が二人を連れていく。

 その姿を、私はただ静かに見送った。

 ――終わった。

 すべてが。

「満足したか」

 背後から、あの声。

「はい」

 振り返ると、カイゼルが立っている。

「おかげさまで」

「なら、次だ」

「……次?」

 彼は当然のように言った。

「結婚式だ」

「……え?」

 一瞬、思考が止まる。

「お前、俺の妃になるんだろう?」

 ――そういえば、そんな話だった。

「い、いきなりですね……!」

「嫌か?」

「……嫌では、ありませんが」

 むしろ――

(嬉しい、かも)

 そんな感情に気づいてしまう。

「なら問題ない」

 強引に手を取られる。

「これからは、ずっと俺の隣にいろ」

 その言葉は、命令のようで――

 でもどこか、優しかった。

「……はい」

 私は小さく頷いた。

 復讐は終わった。

 でも、物語は終わらない。

 これはきっと――

 新しい、幸せの始まりだから。




◆ ◆ ◆ ◆




「リシェル、今日は何の日か分かるか?」

 朝食の席で、カイゼルがやたらと神妙な顔をしている。

「……休日ですけど」

「違う」

「え、違うんですか」

「もっと大事な日だ」

 じっとこちらを見てくる。

 面倒くさい予感しかしない。

「……まさか、結婚記念日?」

「それは来月だ」

「じゃあ何なんですか」

「“俺が全力で妻に甘える日”だ」

「そんな記念日存在しません!!!!」

 即却下。

「だが今決めた」

「勝手に制定するな国家元首!!」

「いいだろう、国のトップだぞ」

「だからこそダメなんです!!」

 まったく、この人は。

「というわけで」

「というわけでじゃないです」

「今日は一日中、お前に甘える」

「却下です」

「なぜだ」

「却下だからです」

「理由になってないぞ」

「あなたにだけは言われたくないです」

 はぁ、とため息をつく。

 だがカイゼルは諦める様子がない。

「では第一弾だ」

「始めないでください」

「膝枕」

「却下」

「即答か」

「むしろ考える余地がないです」

「なら抱き枕」

「人を寝具扱いするな」

「では添い寝」

「昼間です」

「関係ない」

「あります」

 ぴしっと言い切る。

 それでもカイゼルはにやりと笑った。

「なら逆に聞こう」

「何ですか」

「どうすれば許可される」

「……」

 一瞬だけ考える。

 ここで適当に流すと、絶対エスカレートする。

 ならば――

「仕事を全部終わらせたらです」

「なるほど」

「ちゃんと執務を終えて、問題も片付けて、それからです」

「……」

「どうしました?」

「今すぐ終わらせてくる」

「早っ!?」

 椅子を蹴る勢いで立ち上がる。

「待ってください、そんな簡単に終わる量じゃ――」

「愛の力だ」

「万能すぎるだろその力!!」

 そのまま本当に走って行ってしまった。

 ……嫌な予感しかしない。

〜数時間後〜

「終わったぞ」

「早すぎません!?」

 本当に戻ってきた。

 しかもドヤ顔である。

「書類も処理したし、会議も終わらせた」

「絶対部下に押し付けてますよね!?」

「的確に指示したと言え」

「言い換えただけです!!」

 はぁ、と頭を抱える。

「約束だ」

「……」

「膝枕」

「一つだけですよ」

「やった」

 嬉しそうに即座に横になる王子(成人男性)。

 この国、大丈夫だろうか。

「……重い」

「愛がか?」

「物理的にです」

「そうか、筋トレしよう」

「今する話じゃないです」

 しばらく静かな時間。

 ……いや、静かでもない。

「リシェル」

「何ですか」

「やっぱり結婚してよかったな」

「急にどうしたんですか」

「毎日楽しい」

「……そうですか」

「お前は?」

「……まあ」

 少しだけ間を置いて。

「悪くはないです」

「それは最高評価だな」

「違います」

「じゃあもっと上を目指そう」

「評価制度じゃないです」

 ぽん、と頭に手が乗る。

 ……この人は本当に。

「リシェル」

「はい」

「次は抱きしめていいか」

「ダメです」

「なぜだ」

「今膝枕中でしょうが」

「両方やればいい」

「器用すぎる要求やめてください!!」

 ばしっと軽く叩く。

「痛い」

「当然です」

「でも好きだ」

「急に告白するな!!」

 結局、今日も振り回される。

 でも――

「……本当に」

「どうした?」

「騒がしい人ですね」

「褒め言葉だな」

「違います」

 呆れながらも、少しだけ笑う。

 こうしてまた一日が過ぎていく。

 騒がしくて、面倒で――

 でも、確かに幸せな日々が。

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