婚約者の不倫で捨てられた公爵令嬢ですが、隣国の冷酷王子に拾われたら溺愛が止まりませんでしたので、ついでに全員まとめて復讐します
――あぁ、なんて滑稽なのだろう。
煌びやかな舞踏会の中心で、私はただ静かに笑っていた。
「リシェル・ヴァルディア。お前との婚約は、ここで破棄する」
そう宣言したのは、私の婚約者である第一王子、アルベルト。
その腕には、見知らぬ女――いいえ、見知らぬ“ふり”をしているだけの女が絡みついている。
セリーナ・ルクレール。
平民出身でありながら王子に取り入り、今や堂々とその隣に立つ女。
「理由は……言わずとも分かるだろう? お前のような冷たい女と違って、セリーナは優しくて愛らしい」
――違う。
その優しさも愛らしさも、全部作り物。
けれど、そんなことを言ったところで、もう遅い。
「……そうですか」
私は静かに頭を下げた。
会場がざわめく。
普通なら泣き叫び、縋りつく場面なのだろう。
でも私は――ただ、冷静だった。
(あぁ、ようやく終わる)
むしろ、安堵すらしていた。
アルベルトは昔からそういう男だった。甘く、弱く、流されやすい。
だからこそ、あの女に奪われた。
いや――奪わせたのは、私自身かもしれない。
見て見ぬふりをしてきたのだから。
「これで、貴女はただの“捨てられた女”ですわね」
セリーナがくすりと笑う。
その瞳に浮かぶのは、明確な悪意。
――あぁ、なるほど。
これは偶然じゃない。
最初から、全部仕組まれていたのだ。
「……ええ、そうですね」
私は顔を上げ、微笑んだ。
「では、失礼いたします」
背を向ける。
その瞬間――
「待て」
低く、冷たい声が会場に響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは――
黒い軍服に身を包んだ男。
鋭い眼差し、無駄のない立ち姿。
この国の者ではない。
隣国、ゼルディア王国の第一王子。
カイゼル・ディア・ゼルディア。
「その女を、こちらに寄越せ」
ざわめきが一層強くなる。
「な、何を……」
アルベルトが狼狽する。
けれどカイゼルは、彼を一瞥すらしなかった。
ただ、まっすぐに私を見ている。
「お前、行く場所はあるのか」
「……いいえ」
「なら、来い」
短い言葉。
命令にも似た響き。
なのに――
(不思議と、嫌じゃない)
「……よろしいのですか?」
「ああ。むしろ都合がいい」
その口元が、僅かに歪む。
「俺は今、“王妃候補”を探していたところだ」
――場が凍りついた。
私は一瞬だけ目を見開き、そして。
「……承知いたしました」
静かに頷いた。
その日、私はすべてを失い――そして、新たなすべてを手に入れた。
ゼルディア王国。
その王城の一室で、私は紅茶を口にしていた。
「……不思議なものですね」
「何がだ」
向かいに座るカイゼルが問う。
「ほんの数日前まで、私はあの国で生きていたのに」
「未練はあるか」
「いいえ」
即答だった。
「もう、何も」
家も、婚約者も、名誉も。
全部、あの場所に置いてきた。
だから――
「今は、ここで生きます」
そう言うと、カイゼルは小さく笑った。
「いい顔だ」
「……そうですか?」
「ああ。あの時よりずっといい」
あの時。
婚約破棄された瞬間。
きっと私は、どこか壊れていたのだろう。
「お前を連れてきたのは、気まぐれではない」
「分かっています」
「復讐したいんだろう?」
図星だった。
胸の奥に、黒い感情が渦巻く。
「……はい」
私は静かに答えた。
「すべてを奪われましたから」
ならば――
「奪い返します」
その言葉に、カイゼルは満足そうに頷いた。
「いい。実にいい」
彼の目が、愉しげに細められる。
「ならば、手を貸そう」
「……なぜ、そこまで?」
「簡単だ」
カイゼルは立ち上がり、私の前に歩み寄る。
「俺は、お前が気に入った」
その手が、私の頬に触れた。
「そして――手放す気もない」
心臓が、強く打つ。
これは恐怖ではない。
もっと別の――熱。
「だから」
彼は低く囁く。
「存分にやれ。俺が全部、後ろから支えてやる」
――あぁ。
(この人は、本物だ)
冷酷で、強くて、揺るがない。
だからこそ――
「……ありがとうございます」
私は、初めて心から笑った。
それから数ヶ月後。
王国では、大きな騒動が起きていた。
アルベルト王子の不正。
横領、賄賂、そして愛人との癒着。
すべてが暴かれた。
「そんな……どうして……!」
崩れ落ちるセリーナ。
その前に、私は立っていた。
「お久しぶりですね」
「リシェル……!」
その顔は、もはや余裕など欠片もない。
「全部……貴女が……!」
「ええ」
否定する理由もない。
「あなたが始めたことですもの」
微笑む。
「終わらせるのは、私です」
衛兵が二人を連れていく。
その姿を、私はただ静かに見送った。
――終わった。
すべてが。
「満足したか」
背後から、あの声。
「はい」
振り返ると、カイゼルが立っている。
「おかげさまで」
「なら、次だ」
「……次?」
彼は当然のように言った。
「結婚式だ」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
「お前、俺の妃になるんだろう?」
――そういえば、そんな話だった。
「い、いきなりですね……!」
「嫌か?」
「……嫌では、ありませんが」
むしろ――
(嬉しい、かも)
そんな感情に気づいてしまう。
「なら問題ない」
強引に手を取られる。
「これからは、ずっと俺の隣にいろ」
その言葉は、命令のようで――
でもどこか、優しかった。
「……はい」
私は小さく頷いた。
復讐は終わった。
でも、物語は終わらない。
これはきっと――
新しい、幸せの始まりだから。
◆ ◆ ◆ ◆
「リシェル、今日は何の日か分かるか?」
朝食の席で、カイゼルがやたらと神妙な顔をしている。
「……休日ですけど」
「違う」
「え、違うんですか」
「もっと大事な日だ」
じっとこちらを見てくる。
面倒くさい予感しかしない。
「……まさか、結婚記念日?」
「それは来月だ」
「じゃあ何なんですか」
「“俺が全力で妻に甘える日”だ」
「そんな記念日存在しません!!!!」
即却下。
「だが今決めた」
「勝手に制定するな国家元首!!」
「いいだろう、国のトップだぞ」
「だからこそダメなんです!!」
まったく、この人は。
「というわけで」
「というわけでじゃないです」
「今日は一日中、お前に甘える」
「却下です」
「なぜだ」
「却下だからです」
「理由になってないぞ」
「あなたにだけは言われたくないです」
はぁ、とため息をつく。
だがカイゼルは諦める様子がない。
「では第一弾だ」
「始めないでください」
「膝枕」
「却下」
「即答か」
「むしろ考える余地がないです」
「なら抱き枕」
「人を寝具扱いするな」
「では添い寝」
「昼間です」
「関係ない」
「あります」
ぴしっと言い切る。
それでもカイゼルはにやりと笑った。
「なら逆に聞こう」
「何ですか」
「どうすれば許可される」
「……」
一瞬だけ考える。
ここで適当に流すと、絶対エスカレートする。
ならば――
「仕事を全部終わらせたらです」
「なるほど」
「ちゃんと執務を終えて、問題も片付けて、それからです」
「……」
「どうしました?」
「今すぐ終わらせてくる」
「早っ!?」
椅子を蹴る勢いで立ち上がる。
「待ってください、そんな簡単に終わる量じゃ――」
「愛の力だ」
「万能すぎるだろその力!!」
そのまま本当に走って行ってしまった。
……嫌な予感しかしない。
〜数時間後〜
「終わったぞ」
「早すぎません!?」
本当に戻ってきた。
しかもドヤ顔である。
「書類も処理したし、会議も終わらせた」
「絶対部下に押し付けてますよね!?」
「的確に指示したと言え」
「言い換えただけです!!」
はぁ、と頭を抱える。
「約束だ」
「……」
「膝枕」
「一つだけですよ」
「やった」
嬉しそうに即座に横になる王子(成人男性)。
この国、大丈夫だろうか。
「……重い」
「愛がか?」
「物理的にです」
「そうか、筋トレしよう」
「今する話じゃないです」
しばらく静かな時間。
……いや、静かでもない。
「リシェル」
「何ですか」
「やっぱり結婚してよかったな」
「急にどうしたんですか」
「毎日楽しい」
「……そうですか」
「お前は?」
「……まあ」
少しだけ間を置いて。
「悪くはないです」
「それは最高評価だな」
「違います」
「じゃあもっと上を目指そう」
「評価制度じゃないです」
ぽん、と頭に手が乗る。
……この人は本当に。
「リシェル」
「はい」
「次は抱きしめていいか」
「ダメです」
「なぜだ」
「今膝枕中でしょうが」
「両方やればいい」
「器用すぎる要求やめてください!!」
ばしっと軽く叩く。
「痛い」
「当然です」
「でも好きだ」
「急に告白するな!!」
結局、今日も振り回される。
でも――
「……本当に」
「どうした?」
「騒がしい人ですね」
「褒め言葉だな」
「違います」
呆れながらも、少しだけ笑う。
こうしてまた一日が過ぎていく。
騒がしくて、面倒で――
でも、確かに幸せな日々が。




