第1話【喋るペンギン】
第1話【喋るペンギン】
目の前に―――やたら偉そうなペンギンがいた。
「遅ぇよ、起きんの」
「・・・は?」
「今、喋ったよな?」
「お前」
「・・・」
「今日からお前、俺の子分な」
「なんで!?」
―――こいつは、喋るペンギンだった。
僕は目の前の異様な存在を見つめる。
ペンギンは僕を睨んできた。
「・・・お前」
「なんだ」
「本当にペンギン?」
「見りゃ分かんだろ!!」
即答だった。
「いや、喋ってるし・・・」
「だから何だよ」
「普通じゃないなって」
「お前の普通、押し付けんな!!」
眩暈がしてきた。
頭も痛い。
僕は額を押さえる。
(・・・幻覚か?)
つい先日、愛犬のユキマルを亡くしたばかりだ。
正直、何が見えてもおかしくない気がした。
「・・・名前、あるの?」
試しに聞いてみる。
ペンギンは鼻で笑った。
「フンッ」
そして胸を張る。
「マサオだ」
ドヤ顔だった。
「・・・マサオ」
「なんだ」
「いや・・・強そうな名前だね」
その瞬間。
――ドゴッ!
「ぐっ!?」
頬に直撃。
「誰が弱そうだコラァ!!」
ヒレの右ストレートが振り抜かれた。
「褒めたんだけど!?」
「フンッ」
鼻を鳴らす。
「俺はな」
マサオは両ヒレを大きく広げる。
「特別なんだよぉ!!」
(・・・なんだろう)
僕は、じんわり痛む頬を押さえながら思う。
(こいつ、ちょっと可愛いな)
「何ニヤけてんだコラァ!」
「いや別に」
「気持ち悪ぃな!」
「ひどくない?」
理不尽すぎる。
マサオがまっすぐ見ていた。
「ここは俺の秘密基地だ」
「誰にも言うんじゃねぇぞ」
マサオはフンッと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
その仕草が妙に人間っぽい。
床下の狭い空間に、静かな空気が落ちる。
(なんでこいつ、ここにいるんだ)
———数分前。
5月20日
目を覚ますと、知らない部屋だった。
「・・・天井、低いな」
見渡すと、妙に生活感のある物置のような空間。
脚立、踏み台、バケツ、ふわふわのクッション。
清潔感はあるが、雑多だった。
そして――
やけにリアルなペンギンがいた。
「・・・よく出来てるな」
近づく。
質感が、本物みたいだった。
(王様ペンギンかな)
細部まで丁寧。見事な程に。
さらに近づく。
コツン。
足元でペットボトルが転がる。
その瞬間。
――ギュンッ。
ペンギンが振り返った。
「・・・え」
動いた。
これが、こいつとの初会話だった。
——―
6月1日
「待て!どこ行くんだ、マサオ!!」
ペタ、ペタ、ペターーッ!!
廊下に軽快な足音が響く。
黒い背中が、ぴょこぴょこと上下する。
ヒレが空を切る。
「ガァァァーッ!!」
――マサオが、全力疾走していた。
「くそっ、速すぎるだろ・・・!」
神奈月冬太は壁に手をつき、息を整える。
「先回りするしかない」
走り出した。
その時。
「あっちに行ったわ!!」
「逃がさないで!」
「絶対に捕まえて!!」
廊下の向こう側から、甲高い声と複数の足音。
風紀委員の3人組だ。
(まずい・・・!)
僕は、咄嗟に方向を変え、古びたロッカーの前に滑り込む。
消火器の横。
ロッカーを開けると、奥に隠し通路。
床下へと続く狭い空間。
僕は急ぎ中に入り、床下から上の蓋をわずかに開けた。
――来る。
ペタペタペターーッ!!
通り過ぎる瞬間。
タイミングを合わせて腕を伸ばす。
暴れるペンギンを、そのまま引きずり込んだ。
「ガァーッ!?」
「・・・静かにしてて」
ジタバタッ!!
「ガァァ!!」
「ちょっと!」
必死に口を押さえる。
無駄に力が強い。
数秒後。
足音はそのまま遠ざかっていった。
「・・・行ったな」
小さく息を吐く。
腕の中では、まだマサオが暴れていた。
(・・・何で追われてるんだよ、こいつ)
――この時はまだ知らなかった。
こいつの命が、あと339日しかないことを。




