第2話 泥だらけの犬
「それか、私の息子の嫁に来るのもいいですね! 息子はサラ様より年下ですが、サラ様のように美しい人なら大喜びすると思いますよ!」
オベール卿はさっきの続きで冗談を言った。
「何を勝手なことを言っているんだ……オベール卿………」
「あ……リオネル様……随分と早いお戻りで……」
いつの間にかリオネルがオベール卿の後ろに立って腕を組んでいた。
「急いで訓練を見てきた」
店の外にはリオネルの馬がぐったりしていた。相当急いで帰ってきたらしい。
そんなにすぐ帰ってきて兵士たちの士気は下がらないのだろうか……
サラは少し心配になった。
「オベール卿、交代だ。あとは私がやるから、オベール卿は城に戻ってくれ」
オベール卿はさっきの冗談を聞かれた手前、居づらかったのか、そそくさと帰っていった。
「サラ、待たせたね」
そう言うとリオネルはさっきまでオベール卿が座っていた椅子に座った。
「こんなに早く戻ってきて大丈夫だったのですか?」
「大丈夫だ。訓練自体はしっかりしてきた。行きと帰りで馬を変えて走ってきただけだ」
「……ちょっと待っててください」
サラはリオネルの馬が気の毒になって、アネットから水をもらい、リオネルの馬に飲ませた。馬が喜んで水を飲んでいるのを確認してサラは席に戻った。
「サラは本当に優しいんだな」とリオネル。
「そうですか? 普通だと思いますよ」
リオネルは少しサラを色眼鏡で見ているのではないかと思う。いつも過大評価し過ぎだ。
「おまちどおさま!」
アネットはかき氷の上に細い飴細工を網の様にかけたものを一つ持ってきた。
「店長、美しいかき氷だな!」とリオネルは驚いている。
「さっき、サラ様がご助言くださったのです。どうぞごゆっくりお楽しみください」
待って! 行かないで! アネット!
サラの心の声はアネットには届かなかった。
アネットは空気を読んで、二人だけにしてあげようとでも思ったのだろう。
これは仕事だ…… 私はお給料を貰って働いているのだ…… 私の懐には一銭も入ってないけど……
サラはリオネルと二人になることに気不味さを感じたが、そう自分に言い聞かせた。
リオネルはスプーンでかき氷をすくうと、サラの前に出した。
サラはリオネルに出されたかき氷をパクッと食べた。鯉の様にね。
だが、リオネルは少し不思議そうな顔をした。
「どうかしましたか?」とサラは聞く。
「すまない……もう少し、照れたりするのかと思っていたから……」
し、しまった……
慣れているのが、バレてしまったか……
どうやらもう少し初な反応をするのが正解だったらしい。
「あはははは……」
サラは苦笑いをして誤魔化した。
お給料をもらっているのだから、私もリオネルに奉仕すべきだろうか……
サラはもう一本あったスプーンでかき氷をすくい、「リオネル様も」とリオネルの前に出した。
リオネルはサラの目をじっと見つめながらかき氷を食べた。
この人、本当に私の事が好きなんだな……
サラはリオネルの様子を見て改めて実感した。
そして、自分もブルームトがいた時はブルームトから目が離せなくて、常に見ていたことを不意に思い出した。
サラはブルームトの事を思い出したら涙が出そうになり、リオネルから目を反らした。俯いて目をぎゅっとつむり、涙が出ないように堪えた。
「サラ、どうかした?」
サラの様子を見て心配したリオネルが聞いてきた。
「ごめんなさい……なんだか、目にごみが入ったみたいです……
今日は先に帰りますね……」
サラはそう言うと、走って店を出た。
走りながら、涙がこぼれた。
* * *
居城に戻るとオベール卿が灰色の大型犬と遊んでいるのが見えた。
サラは涙をさっと拭いてからオベール卿に声をかけた。
「オベール卿、何をしてるんですか? 新しい遊びですか? 楽しそうですね」
オベール卿はぜぇぜぇと息を切らしている。
「遊んでいるのではありません! 追い払おうとしているんです!
さっき戻ってきたら、塀の中にいたんです。恐らく野良犬だと思います」
不思議な事に、灰色の犬はサラを見ると尻尾を振ってサラに寄ってきた。
サラは犬の頭を撫でた。
犬の瞳は綺麗な薄藍色をしていた。
「かわいい…… オベール卿! この犬、飼ってもいいですか?」
オベール卿は眉を顰め、あからさまに嫌そうな顔をした。
「えぇ! 汚れていて汚いですよ……」
「洗えばきっと綺麗になるよ」
「リオネル様に聞いてみないことには、なんとも……」
「じゃあ、帰ってきたら聞いてみるね! それまでにこの子を綺麗にしなきゃ!
おいで!」
サラが呼ぶと犬はサラの後を付いて歩いた。随分と賢いようだ。サラは益々、この犬が気に入った。




