第15話 誤解
少し二人で話した方がいいと、公爵夫妻は二人を控室へと案内してくれた。
ソファに腰掛けたサラは完全に混乱していた。このリオネルという人のことをサラは全く覚えていなかったからだ。
リオネルは静かに話し始めた。
「サラさんは私のことを覚えていますか?」
「…………申し訳ございません……全く覚えていません」
「ご実家のバロン男爵からは聞いていないのですか?」
「叔父からは、結婚相手が決まったからすぐに家を出る準備をしろとだけ言われていました……」
リオネルは深く溜息をついた。
「手紙で結婚の申し込みをしないで、直接あなたに会いに行けば良かったですね」
「私……叔父に年上の男性ばかり紹介されるので、そういう方との結婚が決まったのだと思って…… 嫌で逃げ出したんです……」
「そうだったんですね…… そうとは知らず、配慮が足りませんでした……」
リオネルは申し訳なさそうに暗い表情を浮かべた。
「ベランジェ辺境伯はどこで私と知り合ったのですか?」
「私が治めている領地はベランジェ領という領地で、バロン男爵が治めるバロン領の隣に位置しています。私がバロンとの取り引きの為に男爵家を訪問した際にあなたと出会いました。その時は私の領地の相談をあなたに聞いてもらったのですが、思い出せませんか?」
「あ………」
サラはリオネルのことをすっかり思い出した。
* * *
「今回はお取引いただきありがとうございます」
バロン男爵家の応接室に招かれたのは黒髪の男性だった。サラはその男の素性を知る由もなかったが、叔父に頼まれて応接室にお茶を運んだ所だった。
男の前にお茶を置くと男と目があった。サラと目があった男は、ハッとした顔をしている。サラはお辞儀をして部屋の隅に控えた。
「男爵、失礼かとは存じますが、こちらの女性は……」
叔父がサラに目をやり、汚いものを見るかのように嫌そうな顔をした。
「あぁ……先代男爵の娘で、私の姪です。姪が何か粗相をしましたでしょうか?」
「いえ、そんな事はありません。少し気になったものですから…… さっそく商談に入りましょう」
商談を後ろで見ていたサラは嫌な気持ちになった。叔父はこの男性に相場の三倍もの値段で麦を売る契約をしていた。サラの父が領主だった時は、こんな酷い取引をしているのは見たことがなかった。明らかに相手の足元を見た契約だ。
「いやぁ、良い取引ができました! 国防を担うベランジェに貢献出来るだなんて、光栄です!」
叔父は歪んだ笑顔を浮かべていた。全く本心ではないのだろう。
「こちらこそ、助かりました。今年は冷夏で、例年以上に食料が不足していましたから」
なるほど。この男は高いのは分かっているが領民の為に買わざるを得ないのか。
「サラ、辺境伯がお帰りだ。お見送りしなさい」
サラは叔父に言われて、男を外まで見送った。
家の前には男の馬車と思われる立派な馬車が待っていた。
ベランジェ辺境伯はすぐに馬車には乗らずに、振り返ってサラに話しかけてきた。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「サラ・バロンと申します」
「サラさんとお呼びしても?」
「好きにしてください」
サラは酷く冷たかった。
サラは、この時既に男嫌いを患っていた。自分に話しかけてくる男は全て敵のように思っていた。
「あなたは先ほどの取引の際に顔を顰めていましたが、何を考えていたのですか?」
「少しだけ――亡くなった父の事を思い出していました。父だったら、あの様な足元を見た取引はしなかっただろうと考えていました」
「そうでしたか……あなたは優しいのですね」
サラは首を横に振る。
「私の領地は北にあり寒さが厳しいんです。食べものがなかなか育たなくて、領民は厳しい生活を強いられています。
何か領民のためになる商売ができればいいのですが、隣国のアスラ帝国から国を護るための訓練ばかりしていたものですから、商売のことには疎くて……」
サラは少し頭をひねった。
「寒さを生かした商売を始めてみてはいかがでしょうか? 王都では最近氷菓子やアイスクリームといった冷たい菓子が流行っているそうです。今は氷魔石を大量に消費するので単価が上がっていますが、夏でも高地は涼しいベランジェでなら、安価で生産できるのではないですか?
あとは観光業に力を入れてみてはいかがでしょうか? 先ほども申しました通り、王都では冷たい菓子が流行っています。王都では夏は暑くて過ごしにくいのです。避暑地として整備してはどうでしょうか?」
「なるほど! それは目から鱗でした!
常にある雪を煩わしいとは思っていましたが、逆に利用するという発想はありませんでした! ありがとう! 急いで帰って部下と相談してみるよ」
* * *
「思い出してくれましたか?
私は、あなたの聡明さに惚れ込んだのです。
聞けば、あなたには【鑑定】のスキルもあるという。そのスキルは領地経営でこそ活きるスキルではありませんか? どうか、ベランジェに嫁いで来てはくれないでしょうか」
リオネルはサラの瞳を見つめ、サラの手を取り、サラの手にキスをした。




