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ユリウスとの出会い

 

 夏の太陽が輝き、そよぐ風が心地よい季節がやってきた。双子の灰竜兄弟の弟、カーディには庭師の適性があったのか、荒れ放題だった庭は美しく整えられ、花壇には季節の花が咲き、青々とした芝が一面に広がっている。いつのまに作ったのか木陰には鳥の巣箱や餌台まで並び、小さな動物たちがやってきてのんびりと憩っている。


 最近ますます体力がついて活発になったアルテミスは、午前の勉強の時間を終えると、お茶の時間から日が落ちるまで外で遊んでいる。私が送った金のカナリアは『ソレイユ』と名付けられ、皇子は毎日せっせと世話をしてやっているようだ。


 皇子をこよなく愛する離宮の使用人たちに見守られながら、アルテミスはよく食べよく眠り、若木のように背丈を伸ばし、とうとう手持ちの服がすべて寸足らずとなった。


 ズボンの裾から覗く白いくるぶしを見かねたユミルは皇都の仕立屋を呼び寄せ、皇子の夏の装いを一新することを決断した。


 魔法で出すのは容易いが、後のことを思えば人間界の職人をきちんと雇った方がよいとユミルは判断したようだ。


 当然だがこの離宮に生活品位の維持に充てる予算などなく、使用人の給料でさえも微々たる金子しか用意されていない。皇子の食費や被服費でさえ忘れたふりでもう何年も支給されていない。


 支払い用の金貨は私の宝物庫から、宝飾品を数点、ユミルが独断で売り飛ばして用意した。腐るほどあるし、どれも年代物で棚の奥で埃を被っている品ばかり。


 いちいち聞かれるも面倒なので、困ったことがあれば好きにしろと言ってある。今回もそのつもりで勝手に換金したようだ。


 そうして呼び出された仕立て屋は、離宮に暮らす名前も聞いたことのない皇子からの依頼に怪訝な顔をしていたが、ユミルが金貨の詰まった小袋を差し出すと態度を一変させた。


 次から次へと広げられる豪華な生地や、可愛らしい刺繍の見本に目を輝かせるアリスとともに、アルテミスの瞳の色に合わせた涼やかな水色の上衣、濃紺の生地に上品な刺繍を施したベスト、丈夫な麻布のズボン、柔らかな綿でできた着心地の良いシャツを選んでいく。


 シャツはフリルのついたもの、袖口に飾り紐をあしらったもの、エメラルドの鈕がついたもの……新しく採寸した皇子の体に合わせて、上から下まで十分な量を揃えなければならない。


 注文書が床に届くころになってようやくユミルは満足し、皇子の衣替えの支度は無事完了した。


 さらにユミルは、ないもの尽くしを古着や手作りで補ってきた離宮の者たちの服も皇城の格式に合わせて改めようと決め、恐縮するアリスに夏用の侍女服を新調し、カーディには丈夫な庭師用の作業服を、使用人見習いのセルジュには濃紺の詰襟服を、ローゼマリーには涼やかな生成りのワンピースドレスを仕立てた。


「これでいつ、どなたが急にお越しになっても品位が保てます」


「誰が来ることもないですけどね、この離宮には」


 アリスは苦笑して言ったが、実際のところユミルの心配は大当たりすることになる。ウサギの勘を甘くみてはいけないのだ。


#

 そして数日後、事件は起きた。


 カーディが風魔法で紙飛行機を空高く飛ばして遊んでいた皇子が、茂みの向こうに落ちた紙飛行機を追いかけて行き、行方不明になったのだ。


 なかなか戻らないアルテミスに異変を感じたカーディが呼びかけると皇子の姿はどこにもなく、事態を知らされた離宮の使用人たちは騒然とした。


「アリスはここで待っていて下さい。皇子が戻ってくるかもしれません。セルジュとカーディは裏手の森の中を、ローゼマリーは離宮周辺を、僕は本庭のほうを一帯にわたって探します」


「わかりました……!皇子が戻られましたら皆さんにお知らせします!」


 顔を強張らせたアリスが離宮へ戻るのを確認して、セルジュが声をひそめて言った。


「ユミル、俺たち元の姿になっていい?空からの方が見つけやすいよ」


「ダメです。皇城の警備兵に見つかってしまいます。さぁ行って!」


 灰竜たちはもどかしそうな顔で、言われた通り森の方向へと走り出した。もうすぐ日の沈む時間だ。赤焼けの空を心配そうに見上げながら、ローゼマリーも離宮の周辺へアルテミスの名を呼びながら探しに向かった。


 ユミルはピクシーたちを呼び出し、カーディたちを手伝うよう命じると、本宮側へ続く細道の方へ走って行った。


「アルテミス様? ユミルです。聞こえていたらお返事なさってください」


 呼び声をあげながら茂みの中までつぶさに確かめ歩いていくと、本宮へ続く外苑の参道にまで出てしまった。

 

 絢爛な噴水広場のそばを抜け、アルテミスの背丈ほどの植え込みの中を覗き込むと、背後から鎧を鳴らした騎士たちが近づいてきた。


「おい貴様、そこで何をしている!?」


「ここはドロテア妃殿下と皇子方が住まう御苑だぞ!」


「……あぁもう、こんな奴ら相手している場合じゃないというのに」


 ユミルは小声で毒づいたがすぐに切り替え、柔らかな顔つきで立ち上がり、騎士たちに頭を下げた。


「アナスタシア妃殿下の長子、アルテミス皇子の侍従。ユミル・ブランドナーと申します。皇子の遊んでいらした紙飛行機が風に飛ばされてしまい、探しにまいりました。知らなかったとはいえ、立ち入ってしまい申し訳ございません」


「そ、そうか。第13番目の……」


「こちらも早計であった。紙飛行機はどのあたりに落ちたのだ?」


 愛想の良い笑みを浮かべるユミルに、騎士たちの警戒もたちまち緩んでいく。この国の騎士団では衆道が尊いものとして扱われており、甘やかな顔で線の細いユミルに騎士達は口元をにやけさせた。


「私たちも一緒に探そう」


「ユミル殿……とお呼びしても良いかな? 離宮にこんな可愛らし……いや、気品ある方が仕えておられるとは知らなかった。よければ今度、お茶でも——」


「……日々の業務が忙しいので、どうかご容赦ください」


「我々も毎日の鍛錬がいそがしい、夜の詰所で酒の一杯だけでもどうだろうか」


「おいやめろ、仕事中だろ」


「うるさいな、良いだろう別に」


 言い合う騎士たちのやり取りに閉口したユミルがため息をつきかけたそのとき、少し離れた生け垣の向こうから子供の泣く声が聞こえてきた。


「アルテミス様!!」


「ユミル……?」


 植え込みを覗くと、しわくちゃになった紙飛行機を手にしたアルテミスがうずくまっていた。ユミルが手を伸ばすと、アルテミスは泣き腫らした顔で飛び込んでくる。ユミルの胸に顔を埋め、嗚咽をもらす皇子を抱きとめながら、ユミルは常ならぬ様子に戸惑った。


「一体どうしたんですか、アルテミス様……?」


「し、しらない男の子が、アルの飛行機をぐしゃってしたの……っ」


 よほど怖かったのだろう、震える皇子の声と踏みつけられた跡のある紙飛行機を見て、ユミルは眉を顰めた。


「どうしてそんな……誰がそんなことを……」


「その者が我が庭に勝手に入ってきたので、侵入者に罰を与えてやったのだ!」


 尊大な物言いにユミルが振り向くと、華美な刺繍を施した紫の外套を羽織った子供が立っていた。年は10を過ぎた頃だろうか、他者を見下す傲慢な表情がよく似合うものの、まだ頬の丸みが残る少年だ。


「こんな小さな子供を相手に、侵入者ですか?」


「ゆ、ユミル殿、この方は……!」


 目を細め冷ややかな視線を向けるユミルに、騎士たちが慌てた様子で目配せする。その様子を見て少年は得意げに眉を上げた。


「私は第七皇子、ユリウス・アストラニアだ。名を名乗ることを許す。お前たちは何者だ?」


「……こちらはアナスタシア妃殿下のご長子、第13皇子アルテミス・アストラニア様でございます。私は侍従のユミル・ブランドナーです」


 ユリウスはアルテミスの名を聞くと嘲るように鼻で笑い、後ろ手で腕を組みながらゆっくりと近寄ってきた。


「ふぅん、父上に捨てられた末弟ふぜいが本宮の庭に何のようだ?腹が減って残り物でも探しにきたのか?答えろ、アルテミス」


「ひ……っ」


 指をさされて怯えるアルテミスを隠すように抱き寄せながら、ユミルは静かに頭を垂れた。


「……ユリウス殿下、アルテミス様はお加減が悪いようですので、本日はこれにて失礼させていただきます。後ほど、正式な謝罪に参りますので」


「つまらんな。まぁよい、下がって良いぞ。13番目の皇子は平民よりも酷い暮らしをしていると聞いていたが。どうせろくなものを食べていないんだろう。そうだ、今度我が庭で開催する茶会に招待してやろうか?お前らが見たことのないような菓子やご馳走が並ぶところを見せてやるぞ」


「滅相もないことでございます、殿下」


 ユミルは丁寧に頭を下げると、これ以上の侮辱を受ける前に足早に皇子を抱えてその場を離れた。背後で騎士たちが名残惜しげに呼び止めようとしたが、ユミルは幻影魔法で姿をくらませ、視線を外した隙に走り出す。


 ようやく戻った離宮で使用人たちに出迎えられたアルテミスは安心から再び大粒の涙をこぼし、眠る直前までユミルから離れようとしなかった。

 

 その晩、床についたアルテミスは、ユミルの袖をにぎりしめながら、小さな声で尋ねた。


「ねぇユミル、ぼくは“捨てられた”の?」


「……いいえ、アルテミス様。誰もアルテミス様を捨てたりなどしませんよ。ユミルもアリスも、カーディたちもアルテミス様のおそばにいるでしょう?」


「……みんなアルのこときらいになったりしない?ぼくとずっと一緒にいてくれる?」


「それをあなたが望む限り、ずっと一緒ですよ」


「ディアウッドせんせいも?」


「もちろんです」


「そっか……」


 波乱万丈な1日を終えてようやく寝ついたアルテミスの寝顔についた痛々しい涙の跡をそっと撫でながら、ユミルは静かに奥歯を噛みしめた。


 亡くなった妃、古びた離宮にたった数人の使用人、血の繋がりのある人間は誰も皇子を気に掛けず、父親である皇帝は顔さえ見に来ない。


 この残酷な事実をアルテミスが知り、自分の境遇をどう思うのか、考えたことがないわけではない。彼が心身ともに成長したら、少しずつ説明しようと思っていたのだ。


 あの憎たらしい第七皇子、懲らしめてやりたいが、アルテミスに何かあったらと思うと手が出せない。ユミルは小さくため息をつくと、そっと灯りを消し、闇の中に姿を消した。


 これがドロテア妃の次男、第七皇子ユリウス・アストラニアと、アルテミスの初めての出会い。


 アルテミス皇子の運命を大きく変える、最初の転機であった。



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