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金のカナリア


 春が終わり、初夏の青葉が芽吹く頃、アリスとユミルは、若木のように日々目覚ましい成長を遂げる皇子の世話に奮闘していた。

 私はというと、教師のディアウッドとしての生活が気に入り、さらに離宮暮らしを満喫するため、精霊の庭からローゼマリーという名の料理人を雇い入れた。ローゼマリーは、森の精霊たちが愛してやまない名うての料理人で、ふくよかで陽気な中年女性の姿の妖精だ。アリスは離宮の女手が増えたことを無邪気に喜んでいたが、自分と皇子以外の離宮の住人が人間でないことを知ったらどんな顔をするのか実に興味深いところだ。

 皇子はこのところよく食べ、眠るたびに背を伸ばしている。双子の灰竜たちもアリスも健啖家で、皇子と同じくらい豪快に食べる。ローゼマリーは毎日張り切って腕を振るい、得意の香草焼きや煮込み料理、手の込んだ宮廷料理を食卓に並べた。

 皇子はまだまだ手のかかる年頃だが、ユミルに読み書きを習い、簡単な言葉の書き取りもできるようになっていた。読書が好きで与えられた本を片端から読み尽くしている。ユミルは大真面目な顔で「そろそろ帝王学の先生もお探ししないといけませんね」などと無駄に頭を悩ませていた。

 しかし魔法の勉強はというと、それほど上手くいっていなかった。皇子は相変わらず魔力の出力が調整できず、数々の魔法の暴走事件を引き起こしている。水瓶に水を満たす初歩魔法では溢れ出した水が止まらず、床一面をびしゃびしゃに濡らし、風魔法では勢い余って竜巻を起こし、離宮の屋根を空の彼方へ吹き飛ばした。

 跡形もなくなった天井を見てセルジュとカーディは手を叩いて笑っていたが、アリスは言葉をなくし、見通しがよくなった晴天を見上げて呆然と立ち尽くしていた。

 ユミルは落ち込む皇子を優しく慰めていたが、私と二人になるとすぐ「生徒の不始末は教師の責任です!」と宣言し、私は散らかった瓦礫の片付けや濡れた敷物を乾かすはめになった。偉大なる精霊王を便利屋扱いとは、本当に不敬なウサギだ。

 しかし、いい加減この問題を根本から解決するときが来たのかもしれないと、思い立った私はいくつか野暮用を済ませてから、皇子の部屋へと向かった。回数を重ねた魔法の授業は基礎魔法学の終盤に入り、学園でいえば一年生の終わりといったところか。そろそろ“次の段階”へ進む頃合いであろう。

「皇子、今日の授業は特別な講義を行う」

「はい、せんせい」

「失礼ですがディアウッド先生、今日はどんな魔法をお教えになるんですか?」

 直したばかりの天井をちらりと見ながら、不安そうな顔でユミルが聞いてくる。

「今日は魔法は使わない。皇子に精霊の話をする」

「精霊、ですか?」

「そうだ。皇子よ、この世界の四大精霊を言ってみなさい」

「はい、火・水・風・大地のよっつです」

「よろしい。では、魔法の使用における精霊の役割を説明してみなさい」

「えっと……」

 皇子が自信なさそうに口ごもる。やはりまだ難しい質問だったようだ。もとより四歳の子供に答えられるとは思っていない。しかし、助け舟を出そうとしたユミルが口を開く前に、皇子はぱっと顔を上げた。

「魔法はかたちをとらぬエネルギーそのものです。そのため、古代エルフ語の呪文を使うことで、その性質を変えることができます。精霊は、その性質の変換をたすけたり、魔力のちょうせつを手伝ってくれます」

「正解だ」

 ほっとする皇子の横で、ユミルが感動のあまり声が出ぬよう口を押さえている。まったく大袈裟なやつだな。  

 私は皇子に、精巧に描かれた精霊図鑑を広げてみせた。

「精霊によって性質も気質も、契約によって使える魔法の系統も大きく変わる。例えば火の精霊は苛烈で怒りっぽいが、単純だから扱いやすい。敵を一掃するような攻撃魔法を使うなら火の精霊の協力が必要だ。水の精霊は狡猾で、言葉の裏を読まねばひどい裏切りを受けることになる。しかし治癒や洗浄などの魔法は、水の手に入らぬ熱砂の土地では重宝するだろう」

「ぼく、こわい精霊より、やさしい精霊がいいです……」

「アルテミス様、月の精霊はいかがですか?心優しく誠実で、四大精霊ではありませんが、幻影や精神を操る魔法を使えます」

 悩む皇子にユミルは堂々と大嘘をついた。こいつは歴代の契約者を散々振り回してきたくせに、誠実だなどとよく言えたものだ。古から書かれた精霊図鑑にはどれも月の精霊は気難しく、人を惑わすことを楽しむため注意が必要だと記されている。

「でもせんせい、契約魔法はとてもむずかしい魔法です。ぼくにできるでしょうか?」

 皇子はページの端をそっと捲りながら、不安そうな顔で尋ねた。

「その通り、まだ幼い皇子では契約できる精霊も限られる。そこで今回は私がうってつけの精霊を調達してやった」

 私は木の籠を取り出すと、目隠し布をそっと外した。中には美しく輝く金色の羽根をもつカナリアが、止まり木に優雅に止まっていた。

「……この子が精霊なんですか?」

「ほう、やはり見えるのか」

 生まれたばかりの赤ん坊や特殊な目を持つ人間は精霊を見ることが出来る。皇子は三歳までは私の姿が見えていたようだが、魂の白い子供故かと思っていた。

 ここに来る前、ハルメディウスに世界樹に住まう精霊鳥の中で、もっとも見目がよく、もっとも歌声が美しいものをよこすように頼んでおいたのだ。風切り羽の先に星を砕いたような光鱗が煌めく気品ある姿に、さすがのユミルも文句のつけようがないらしく、黙ったままじっと目を細めている。

「精霊鳥は希少だが、世話さえしてやればすぐ懐く。アルテミス皇子を主人と認識するように、あらかじめ契約の印を結んでおいた。籠から出してやるといい」

「はい……」

 言われて皇子は恐る恐る籠の扉をあけた。伸ばした指先をカナリアがじっと見つめ、小さく囀ると、とん、と軽く跳ねて指に乗ってきた。羽根をたたみ、逃げずにこちらを見つめてくる姿に皇子の顔がほころぶ。

「うわぁ……!とてもきれいです」

「まぁ、悪くないんじゃないですか」

 大人しく従順な様子に不満げな顔のユミルも渋々うなずいた。まったく……お前は本当に皇子と契約するつもりだったのか?あと八百年は私から離れられないくせに、図々しいやつだ。

「それでは皇子、いま一度光の魔法を使ってみなさい」

「えっ、でも……」

「大丈夫だ。精霊鳥がお前の呪文を手助けしてくれる」

 先日の光の塊を思い出したのか、ユミルがぎくりと肩を揺らしたが、皇子は目を閉じて深く息を吸った。小さなカナリアが肩の上でちち、と励ますように鳴く。

「……《ルーメン》」

 皇子の指先に小さな光が灯る。銀色の優しい光がそっと手元を照らし、ふわりと揺れると雲に隠れた月のように淡く瞬き、すうっと消えた。皇子は輝くような笑顔でユミルをふり返った。

「ユミル!ぼくできたよ!」

「皇子……! おめでとうございます!!今夜はローゼマリーにお祝いのケーキを焼いてもらいましょう!」

「やったぁ!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ皇子に、ユミルは意気揚々と厨房へと駆けていった。行く先々で皇子の魔法成功の知らせを吹聴しているのか、皇子の部屋には次々とアリスやカーディ、セルジュがやってきて「やりましたね、皇子!」「アルテミスさまやったね」と祝福の言葉をかけていく。やれやれ、優秀な教師の私にも何か称賛の言葉をもらいたいものだ。

 かくして、私の卓越した手腕をもって皇子の魔力制御問題は見事解決した。しかしこれが後々、大変な事態を招くことになるとは、さすがの私にも予想できなかった。


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