魔法の先生
アルテミス皇子の発熱騒動がおさまったと思ったら、さらなる問題が発生した。皇子の魔法教育である。貴族の子供は通常、社交界に出る十四、五の年頃から魔力が発現し、適性の高いものは学園に通ったり家庭教師を雇うことになる。いずれにしても、最初に師事する相手によって魔法の性質は大きく変わる。有名な魔法士には袋にずっしりの金貨が贈られ、我が子の教師にと引っ張りだこになる。それゆえ、平民で魔法が使えないアリスにはピンとこないようだが、ユミルは皇子の魔力発現に必要以上に気を張ってピリピリしていた。
「アルテミスさま、魔法が使えるようになったの? 俺がでかい火花のゲップが出る魔法、教えてあげよっか?」
「俺が鼻からナメクジが出る魔法、教えてあげるよ!」
「カーディ!セルジュ!!絶対にやめてください!そんなもの覚えさせたら承知しませんからね!!」
「えーユミルさまひどい、超面白いのに」
「つまんねーの」
目を三角にして怒るユミルに追い立てられ、双子の灰竜たちはつまらなそうな顔で出て行った。その背中を見送りながら、アルテミスは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてダメなの、ユミル?」
「最初に覚える魔法は、とても特別なものなんです。ですから、品位があり、皇子に相応しい魔法でなくては」
「そうなんだ、ユミルは物知りだね」
「滅相もないです。アルテミス様には、きっと相応しい魔法の先生を見つけますからね!」
とはいえ、年端もいかない子供に魔法を教えてくれる魔法士などいるのだろうか。皇帝の他の皇子たちには、それぞれ優秀な家庭教師がついているのであろう。しかし、平民のアリスにも、人間界に知り合いのいないユミルにも、教師を頼めるあてなどなかった。
「バーティミアス様、皇都の学園の教師にお知り合いはいないのですか?」
「いるが、最後に会ったのは五百年前だ」
「……もう、学園にはいらっしゃらないでしょうね」
「ふむ、つまらんな」
「人間の寿命は短いですから、仕方がないでしょう」
窓の外でカーディと剣術ごっこをする皇子を見下ろす。あれもどうせあっという間に年をとり、私の手の届かない場所へ行ってしまうのだ。もうそろそろ夢と現実の区別がつく年頃だからと、皇子の前に姿を現すのは少し前から禁止されていた。鹿さん、鹿さんと鈴のような声で呼ばれることもなくなり、私は退屈を極めていた。
「そうだユミル、いるじゃないか適任者が」
「どなたですか?」
「魔法を極め、博識で、品位があり、皇族の教師に相応しい威厳まで備えたうってつけの人物だ」
「それは素晴らしいです!魔法塔の魔法士ですか?それとも世界樹の森の賢者様でしょうか?」
「そんなんじゃない、もっと高貴で、比類ない力を持つ人物だ」
「ますます素晴らしいです。そんな方が皇子の師匠になってくださったら、これ以上ない僥倖です。で、どちらにいらっしゃるんです?」
「目の前にいるじゃないか、ユミル」
「え?めのまえ……?まさか、その」
「そうだぞユミル。そのまさかだ!この私が教師になればいい!お前たちの人間ごっこに私も参加するぞ!面白くなってきた、なぁユミル?」
「最悪だ……」
頭を抱えるユミルを尻目に、私はウキウキと立ち上がり、変身の準備を始めた。
#
バーティミアス・ディアウッド。私が考えた人間用の名前である。隣国フェルミア王国のディアウッド伯爵家の長男、王立魔法学園の教授という設定だ。ディアウッド家など存在すらしていないが、詳しく調べられたら面倒なので、書類をでっち上げ、関係者にも適当な暗示を施しておいた。
長すぎる髪の毛はひとつに結び、魔法士らしい銀糸の刺繍を施した濃紺のローブに、蔦と牡鹿の角を模した紋章のブローチを胸元に飾る。どこからどう見ても高貴な貴族の魔法士だ。千年以上生きてきたが、人間のふりなどするのは初めてで、つい張り切ってしまった。
「バーティミアス様だって鏡には映らないんですから、気をつけてくださいよ」
「私はお前と違って、幻影で誤魔化せる」
「途中で飽きても投げ出したらゆるしませんよ。皇子が立派に魔法を使えるようになるまで、しっかり指導してください」
「わかってる、お前は私をなんだと思ってるんだ」
「傲慢で高慢でマイペースで自分勝手で我儘で性悪な精霊王様です」
積年の恨みを込めてこちらを睨むユミルに、心当たりしかない私はそっと視線を逸らした。ユミルはそれからも、「危ない魔法はなし」「皇子には優しく敬意を持って接すること」「難しい話ばかりして皇子を疲れさせるな」などと、延々と注意事項をくどくどと言い募ってきた。それらすべてを聞き流しながら、私は皇子の部屋へと向かう。
「最近は図鑑や歴史についての本も読まれるようになり、簡単な読み書きも出来るようになりました」
「それはすごいな」
「でしょう?でもまだ皇子は幼い、たったの四歳ですからね?何度も言いますが──」
「危ない魔法はなし、だろう。聞き飽きたぞユミル」
私は指をひとふりし、ユミルに沈黙魔法をかけた。唇同士がくっついて喋れなくなったユミルは声にならない抗議をあげ、怒った顔でタンタンと足を踏み鳴らした。まったく、まだまだうさぎだった頃の癖が消えないようだ。仕方のないやつめ。
「そこで大人しく見ていなさい」
私は意気揚々と皇子の部屋の扉を開けた。さぁ、楽しい魔法の授業の始まりだ。




