スカイウルフ
最初に気配に気付いたのはウィリアムだった。
はるか下方から聞こえてくる複数の羽ばたきの音に、ウィリアムは渡り鳥の群れかと眼下を覗き込んだが、それらしい姿は見えなかった。
しかし、だんだんと羽音が近づくにつれ、黒い影の姿が見えてきた。
黒い翼を持つ狼のような生き物。大きさは犬ほどで、細長い身体にコウモリのような翼が生えている。
統率のとれた群れで空を舞うその姿は、まるで黒い矢の束が空を裂いて飛んでくるようだった。
――スカイウルフだ。
十数匹はいるだろうか。互いの間隔を保ちながら、きれいな弧を描いて旋回している。
「カーディ! なにか下にいる!」
「あ~? マジで?」
カーディが翼を大きく翻して高度を変えると、ぐるりと旋回した。
すると、後を追うように黒い影たちも旋回し、ぴたりと後方についてくる。
「なんだよ~、スカイウルフじゃん」
「彼らの狩場でしたかね。カーディ、まいてください」
「はいよ」
空中で小型の魔獣や鳥類を群れで狩る彼らと正面から衝突するのは、少々厄介だ。カーディだけならどうとでもなるが、今は背中にアルテミスがいる。無茶な攻防は出来ない。
「ちょっと加速するから、ちゃんとつかまっててよ」
カーディはひと声鳴くと、巨大な翼を大きくはためかせてぐんと速度を上げた。
風がうなりをあげて流れ、雲が後ろへ飛んでいく。
スカイウルフたちも慌てた様子で追いかけてくるが、カーディが風を裂くように前へ滑空するたび、群れとの距離は少しずつ開いていった。
群れの先頭を飛ぶ一匹のスカイウルフが、焦ったように高い声で吠えながら、必死に食い下がってくる。
アルテミスがその姿をじっと見ていると――
突然、頭の中に男の声が響いた。
『ちょ、ちょっと待ってくれ!』
「……えっ?」
『我々に戦う気はない!聞きたいことがあるだけなんだ!』
「き、きみは誰?ぼくに話しかけているの?」
『そうだ!お前だ、そこの子供!“ホロルの耳を持つ者”!』
「ホロルって? ぼ、ぼく? でも……」
『俺の名前はアグナ! この群れの長だ!我々に戦う意思はない!その灰竜に止まるよう伝えてくれ!もう翼が限界なんだ……!』
「止まればいいの?」
「アルテミス様? 誰と話しているんですか?」
不思議そうに空を見回すアルテミスに気づき、ユミルが身を乗り出すように問いかけた。
アルテミスは慌てて振り返る。
「オオカミさんが止まってほしいって言ってる! なにもしないからって!」
「スカイウルフの言葉が分かるんですか?」
「う、うん……そうみたい……!」
ユミルが耳を澄ましても、聞こえるのは荒い唸り声だけだった。アリスの顔を見ても、やはり同じ反応だ。
だがアルテミスの真剣な様子を見て、ユミルはすぐにカーディへ声をかけた。
「カーディ! 止まってください!」
「えぇ? なんでぇ?」
カーディは翼の動きを緩め、ゆるやかに速度を落とした。
すると先頭のスカイウルフを中心に、群れの仲間たちも大きく円を描くように減速する。
攻撃する様子はない。
アグナと名乗った黒い個体を先頭に、数匹のスカイウルフが整列するように空中で並んでいた。
不満げに喉奥から赤い火花を噴き出すカーディに、何匹かは警戒して牙を剥いたが、すぐにアグナの隣にいた灰色のスカイウルフが低く唸って制し、群れは静まった。
よく見ると、スカイウルフたちはどれも痩せ細っている。翼が欠けている者や、生傷を抱えている者もいた。
全力で飛び続けたのだろう。灰竜に追いつくため息を切らしていたアグナが、しばらくして呼吸を整え、空中で深く頭を下げた。
『ありがとう、ホロルの耳を持つ者よ。俺の名はアグナだ。わけあって昨日からこの群れの長になった』
「ぼくの名前はアルテミス。アグナはどうしてぼくたちを追いかけてきたの?」
アルテミスが首をかしげると、アグナは低く唸るような声で答えた。
『皇都の方角から、大地を揺らすほど強い精霊の気配が動いた。……それで追ってきた』
「大きな魔力?」
『あぁ』
アグナは背後の群れを振り返る。
『俺たちの群れはいま、全滅の危機に瀕している。どうしても強い精霊の力が必要なんだ』
そして再びアルテミスへ視線を向けた。
『頼む。力を貸してくれ。礼なら、俺たちに出来ることなら何でもする』




