ウィリアム・グレイの恋
アルテミスの護衛騎士、ウィリアム・グレイは悩んでいた。
「可愛すぎるだろう……っ!! なんなんだ!? どうして女性の姿になるんだ……!! アルテミス様もあっさり受け入れておられるし……どうして誰も動揺していないんだ……!!?」
「お、落ち着いて下さい、ウィリアム様。私も最初はびっくりしましたけど、ユミル様ってもともと中性的というか、あまり男らしい雰囲気じゃないじゃないですか……」
厨房の片隅の小さな卓で頭を抱えるウィリアムに、温かい茶を差し出してやりながら、アリスは思わず苦笑いした。
所作も上品で、物腰も穏やかなユミル。
上背はあるが体つきは薄く、線も細いため、隣にいても威圧感はほとんどない。
アリスも年頃の娘であるが、がっしりとした男らしい体格のほうが好みなので、ユミルのことは良い意味で意識せずにいられた。
だが、ウィリアムは違うようだった。
「俺は最低だ……! ユミル殿は自ら犠牲となって、アルテミス様の御身を守ろうとしているというのに……!」
「犠牲って、そんな大袈裟な。確かに大変ですけど、北へ移動している間だけの変装でしょう? だからユミルさんも落ち着いてるんだと思います」
アリスが宥めるが、ウィリアムは顔を真っ赤にして頭を抱えこんでしまう。
「ユミル殿に合わせる顔がない……俺は護衛騎士失格だ……っ」
思い返せば、出会った時からすでに、ユミルに好感以上の感情を抱いていたのかもしれない。
ウィリアムは昔から、小動物のように愛らしい女性が好みだった。
華奢で小さく、守ってやりたくなるような女性。
そしてそこに、知性と芯の強さが垣間見えようものなら――たまらない。
つまり、男の姿の時ですら、ユミルはすでにウィリアムの好みのど真ん中を射抜いていたのだ。
アルテミスのために日々奔走し、てきぱきと指示をまわし、男爵の身分にも関わらず、炊事洗濯から催事の手配まで、仕事の境もなく細やかに働き続ける。
有能な仕事ぶりの傍ら、アルテミスに向ける眼差しは、どこまでも慈愛に満ちている。
その一方で、どんな局面でも冷静さを失わない胆力を持ち、権力者を前にしても臆することがない。
時に達観しているようにすら見える。
(まずい……考えれば考えるほど、俺は一体いつからユミル殿のことを……っ!?)
頭を抱えて悶絶するウィリアムに、ちょうど見回りを終えたセルジュとカーディが、のんびりと声をかけた。
「ユミル、月の妖精みたいですげー可愛いよね」
「わかる。それにアルテミスさまと並んでると、本物のお姫さまみたいだよな」
そう、女性の姿になったユミルは、ちょっと見ないほど愛らしい淑女の姿をしていた。
流れる黒髪に、卵型の小さな顔。満点の星空のごとく輝く大きな瞳、上品な形の薄い唇、つんと整った小さな鼻が、完璧な調和で配置されている。
背丈は少し縮んだが、それでもすらりとした優美な体躯に、抱き締めれば折れてしまいそうなほど細い腰……!
突如として現れた儚げな美人に、離宮に出入りする商人や職人たちも、魂を抜かれた人形のようにユミルの姿を目で追う石像と化している。
当然、ウィリアムが平常心でいられるはずもなかった。
一方で病床のアルテミスは、姿を突然変えたユミルをすんなりと受け入れていた。
いつもより少し小さくなった手で頬を撫でられても、「ユミルはユミルだもんね」と当たり前のように笑っている。
度量の深さで五歳児に負け、同僚への邪な感情に苦しみながら頭を抱えるウィリアムに、野菜の皮むきを終えたローゼマリーが呆れたように言った。
「いい加減にしゃんとしておくれよ、ウィリアム! アルテミス様の護衛騎士のあんたが、道中しっかりしてくれないと。私らは離宮の外のことはなんにも分からないんだから。あんたが頼りなんだよ!」
「そうだよ、ウィリアム。俺たち、人間の街のこと全然わかんねーもん」
「ウィリアム様はユミル様の夫役ですしね。態度が不自然だと、怪しまれるかもしれません」
容赦なく言い放つカーディと、にこやかに補足するアリスに挟まれ、ウィリアムはついに観念したように顔を覆った。
「……わかっている」
道中の偽装家族の配役は、すでに決まっている。
ユミルとウィリアムが夫婦。
アルテミスが息子。
カーディとアリスはユミルの弟妹、ローゼマリーは母親役だ。
我々は“親族を訪ねて北の村へ向かう旅の一家”という設定である。
――私がどうするのかって?
いい質問だが、正解は後のお楽しみだ。家族ごっこに加わるほど、私は暇ではない。
私は私で、北への旅路を存分に楽しませてもらうつもりだからな。




