表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/46

美しい瞳

 次の日、我々はいつでも出発できるよう準備を整えていたが、アルテミスが熱を出したことで出立は延期することになった。

 アルテミスが風邪を引いたり熱を出すのは珍しいことではない。生まれつき体が強い方ではなく、冷え込んだ冬のはじまりや強い魔力を浴びた後はよく体調を崩していた。

 季節の変わり目に必ず巡ってくる、恒例行事のようなものだ。そろそろ慣れてもよさそうなものだが、離宮では毎度の大騒ぎにとなり、アルテミスが元気な姿を取り戻すまで総出で看病にあたるのが常であった。

 今日も、アリスとユミルは交互にアルテミスの寝室へと出入りし、苦しそうに咳をするアルテミスに薬湯を飲ませ、部屋の暖炉でやかんを絶えず炊いては、部屋の向こうが見えなくなるほどもくもくと蒸気を満たしている。

 ローゼマリーはここぞとばかりに滋養たっぷりの鶏の煮込みと薬味粥を作ったが、アルテミスの喉が腫れていると聞くと、今度はつるりとした喉越しの蜂蜜林檎のゼリーを作り、せっせと銀盆に載せて寝室へ運んでいた。

 セルジュとカーディは小さな花束や森で拾ってきた光る小石を片手に様子をたずねては、「アルテミスさま大丈夫?」「早く元気になって一緒に飛ぼー」と、力なく笑うアルテミスをかまい倒している。

 そんな慌ただしい離宮に、もうそろそろ日が沈む頃合いで予告もなく第一皇子カリストが訪れた。

 扉の前に立つカリストは、いつもの整然とした姿のままだったが、その表情には明らかな疲労が滲んでいた。

「……誰もいないのか?」

 何やら人の気配はするが、いくら呼びかけても返事のない静まり返った扉に、カリストは怪訝そうに眉をひそめた。

 いつもであれば、賓客であるカリストを迎えるのは侍従ユミルの役目であった。

 しかし“彼”は事情があって出られず、やむなく翡翠色の細身のドレスを着た若い女が、控えめに扉を開けた。

「……お待たせしてしまい、大変失礼いたしました。アルテミス様はお疲れが出て伏せっておりますので、本日はお引き取りくださいませ」

 それだけ早口でまくし立て、扉を閉めようとする女に、カリストは慌てて扉に手をかけた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。き、君は……?」

「……新しく仕えました侍女でございます」

「なんだか、俺のよく知っている人に似ているな。もう少し顔を見せてくれないか」

「……ご勘弁ください、殿下。地味で冴えない庶民の女でございますので」

 扉の隙間から伸びてくる手を巧みに避けながら、女は頑なに視線を落とす。

「ユミルはいるか?取り次いでくれ」

「……アルテミス様の看病で多忙につき、お目通りは出来ません。どうぞお帰り下さい」

「頼むよ、火急の用事だ。アルテミスの出立の前に、どうしても話をしておく必要がある」

「ぼ、……私が、代わりに承りますので」

「わかった。それでもいいから、扉を開けて中で話を聞いてくれ」

 真面目な顔で交渉しているが、カリストの口元には隠しきれない笑みが滲んでいた。

 ユミルが盛大なため息を吐き、ついに扉を開けると、カリストはまじまじとその姿を眺めた。

「……驚いたな、ユミル。精霊の魔法か? 性別を変える高位変質術など、おとぎ話でしか聞いたことがない」

「……なんのことでしょう。私はユミルではございません」

 意地になって言い張るユミルに、カリストはそっと頬へ指先を伸ばした。

「確かに声も背丈も違う。だが、この美しい瞳の色は、ユミルのものだ」

「…………すけこましが」

 ぼそりと吐き捨てるユミルに、カリストは堪えきれず吹き出した。

「……っくく、こんなに笑ったのは久しぶりだ」

 笑いながらも、その瞳の奥には深い疲労が沈んでいる。

「大切な弟を酷い状況に追い込んでしまった。父上を説得しようと方々を駆けずり回ったが……結局、何ひとつ変えられなかった。自分が情けなくてな……」

「カリスト様おひとりの責ではありませんから」

 ユミルが小さく肩をすくめると、カリストは一瞬だけ視線を落とし、それから静かに口を開いた。

「北の辺境で居住する屋敷を整えさせる先遣隊を、明朝に出発させる。お前たちが何不自由なく生活できるよう、物資と資金は十分に手配させるつもりだ。時がくれば、必ず皇都に呼び戻すから、安心して欲しい」

「安心、ねぇ……」

 ユミルはかすかに目を細めた。皇室においてアルテミスが粗末に扱われる存在であることなど、皇都でも辺境でも変わらない。むしろ、皇都の陰謀と視線から離れられるだけ、北のほうがまだ安全かもしれないとさえ思っているくらいだ。

 だが、カリストはその微妙な表情を、別の意味に受け取ったらしい。不意に一歩近づき、ユミルの両手を包むように握る。

 まっすぐに視線が合わさると、アルテミスとそっくりの青空のような水色の瞳のなかに自分の顔がうつるのが見え、ユミルは思わず息を詰めた。

「信じてくれ。必ず、継承第一位を取り戻す。いずれ俺が皇帝となった暁には、アルテミスが正当に扱われるよう、然るべき地位を与えるつもりだ」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ