ニセモノ家族
「いいだろう、造作もないことだ」
手始めに、小さな鼻をひくつかせているモルティアへ古代樹の杖を向ける。
淡い光が杖先から溢れ、空気がふわりと揺らいだ。
次の瞬間――
モルティアの灰白色の髪がさらりとほどけるように金色へと染まり、瞳は澄んだ青へと変わる。頬の線が柔らかく整い、背丈がわずかに縮み、あっという間にアルテミスと見紛う姿へと変じた。
「うわぁ、これはすごいですね!」
モルティアは自分の頬や髪をぺたぺたと触り、きゃあきゃあと小声ではしゃぐ。
ウィリアムは言葉を失い、ただ目を見開いて立ち尽くしていた。
「ディ、ディアウッド卿……俺の知識が確かなら、姿を変える魔法を自在に扱えるのは大精霊級のみだ。ディアウッド卿は、皇室守護級の精霊と契約を結んでいるのか?」
「まぁ、そんなところだ」
種明かしをするのは簡単だが、この実直な男が心底驚く瞬間は、まだ取っておこう。
ユミルはアルテミスとなったモルティアを頭のてっぺんから爪先まで念入りに確認し、満足げに頷いた。
「アルテミス様は、もう少し品のあるお顔立ちですが……衣服さえ整えれば、有象無象には見分けがつかないでしょう。モルティア、くれぐれも粗相のないように振る舞うのですよ」
「は、はいっ!」
これで、モルティアとセルジュ、そして陸路を進む囮役の準備は整った。
だが問題は、空を行く我々である。
「それで、肝心のアルテミスはどうするんだ? 金髪に青い瞳では、一目で皇族と分かるぞ」
カーディ単独なら昼夜を問わず飛び続けられる。
だが人間のアルテミスやアリスを乗せれば、過酷な行程になる。疲労で鞍を握る手が緩めば、はるか下方の岩山へ真っ逆さまだ。夜は野営するか、どこか人里へ降りる必要がある。
ユミルは少し言いにくそうに視線を伏せ、それから静かに告げた。
「アルテミス様は黒髪に、紺色の瞳にして下さい」
「……ほう? それはどうしてだ?」
夜空を溶かしたような紺の瞳を、わざと覗き込むと、ユミルは気まずそうに視線を逸らした。
「……道中、アルテミス様は僕の息子ということにします。アリスは姉、カーディは従兄弟、ローゼマリーは伯母。ウィリアム様とバーティミアス様は護衛の旅商人という設定で。家族連れのほうが怪しまれませんし、北の寒村にも溶け込みやすいでしょう」
「母親役は不要なのか?」
「アリスはまだ十四歳ですし、ローゼマリーは年齢が合いません。母親は……その、流行病で亡くなったということにすれば不自然ではありません」
言いながら、それがアルテミスにとって酷な設定であることに気づいたのだろう。ユミルの表情が曇る。
私は、少しばかり知恵を貸してやることにした。
「ユミル、私に妙案があるぞ」
「……なんですか、バーティミアス様。とても嫌な予感しかしませんが――」
言い終わる前にはっとした顔で逃げ出そうとしたユミルの背へ、再び古代樹の杖を振る。
光が走り、ユミルの髪が一瞬で背中まで流れ落ちるように伸びた。肩幅が華奢になり、腰がくびれ、喉仏が消え、衣の中で体躯が柔らかく再構築される。
瞬きの間に、そこにいたのは黒髪の美しい若い女性だった。
「……ゆ、ユミル殿?」
床にへたり込んだまま固まるユミルを、ウィリアムが恐る恐る覗き込む。
「すっげー、ユミル女の子になってる」
「可愛いじゃん」
セルジュとカーディが無遠慮に感想を述べる。
私は腕を組み、満足げに頷いた。
「これで母親役も解決だな」




