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最悪の会合

 紆余曲折はあったが、カリストの審美眼は確かであった。

 上質な絹で仕立てられたアルテミスの正装は、動くたびにほのかな艶を帯び、幼い身体を包み込むように自然に沿っている。袖口や襟元には金糸の刺繍が施され、皇族としての格式を否応なく感じさせる、至極の一品であった。

 アナスタシアの実家を示す青薔薇の紋章をあしらった旗も、深い青の布地に、同じく金糸で縁取られた薔薇の意匠が浮かび上がり、皇室の旗と並んでも少しも見劣りしない。この出来栄えには、さすがのユミルも文句のつけようがないようであったが、何やら複雑な顔で考え込んでいる様子であった。

 一方、アリスたちは着飾った姿のアルテミスに大騒ぎしていた。

「きゃーっ!アルテミス様、まるでおとぎ話の王子様みたいです……!」

「えへへ、アリスもかわいいよ。お姫さまみたい」

「本当ですか?こんな素敵なドレスを着るのは初めてで、なんだか照れちゃいます」

 アリスは青薔薇の紋章があしらわれたエプロンドレスに身を包み、清潔な詰襟と裾にあしらわれたフリルが、彼女の清楚な雰囲気によく似合っていた。一方、式典用の詰襟を着せられたカーディとセルジュは、そろって不満げな顔で舌を出していた。

「これ、首がつまって苦しい」

「俺、堅苦しい服って苦手~」

「着崩してはいけませんよ。アルテミス様の旗持ち役として、品位を保たなくては」

 ぶつぶつ文句を言うカーディの襟元をきっちりと締め直しながら、ユミルが懇々と言い聞かせた。

「本日はカリスト様の近衛騎士も、アルテミス様の護衛任務を担当します。くれぐれも変な騒ぎを起こさないように」

「わかったぁ」

「ユミルもいかしてんね。でもなんか腰まわりがきつそー」

「これが宮廷風なんでしょう。我慢ですよ」

 ユミルも侍従服に着替え、髪は後ろで緩やかに束ねて流し、いつもより端正で落ち着いた雰囲気をまとっていた。細やかな刺繍の入った侍従服は優雅だが、腰まわりで交差するコルセットの編み上げが引き締まった腰の線を否応なく強調している。

「ディアウッド先生もご準備は整いましたか?」

「あぁ、もちろん。完璧だ」

 私も本日は特別な装いを纏っていた。新雪を思わせる純白のローブは、上質な布地が柔らかな光を受けて淡く輝き、裾や袖口には星屑のように細かな宝石が散りばめられている。このローブは、とある湖の女神から贈られた由緒ある品で、私のお気に入りの一着でもある。しかしユミルは、その姿を一目見るなり、露骨に顔を歪めた。

「ちょっと、バーティミアス様。皇帝陛下より格上に見える装いをしないでください。これじゃ、どちらが皇帝か一目でわからなくなるでしょう」

「ん? そうか」

 仕方がない。私は白銀に輝くローブを、漆黒の布地に襟元だけ蔦文様の刺繍が入った控えめなものへと変えた。ついでに胸元に、青薔薇の紋章を淡く浮かび上がらせると、ユミルはようやく満足げにうなずいた。

「いいですね。それなら問題ありません」

 ちょうどそこに、近衛騎士の正装に身を包んだウィリアムがやってきた。

「準備はいいか?迎えの馬車が到着した。俺は先導役として前に立とう」

 門前には、皇家の紋を掲げた黒塗りの馬車が並び、厳めしい顔をした近衛兵たちが無言のまま整列していた。ほどなくして一行が宮殿へと到着すると、高い天井から幾重もの煌めく光の房が垂れ下がり、長卓の上に金縁の大皿に盛られた料理や彩り豊かな果実、香草を添えた前菜や焼き菓子が整然と並べられた祝賀の広間へと案内された。

 磨き上げられた床には燭光が映り込み、壁際には各家の紋章旗が規則正しく掲げられている。すでに多くの貴族たちが集い、楽隊が奏でる音楽と低く抑えられたざわめきが空間を満たしていた。

「十三番目の皇子、アルテミス・アストラニア殿下のご到着です」

 名を告げる声とともに、広間中の視線が一斉に集まる。アルテミスは無意識のうちにユミルの手をぎゅっと握りしめた。

「アルテミス様、怖いことはなにもありませんよ。ユミルがお側についております」

 ユミルが表情を動かさず囁くと、アルテミスは小さくうなずき、そっと歩き出した。階段を降りると、二人の娘を連れた第六側妃カミラが歩み寄ってきた。

「アルテミス、しばらくぶりね。元気にしてたかしら」

「はい!カミラさま、おひさしぶりです」

「アルテミス!今夜のあなた、とっても素敵だわ!」

「ありがとう!エル姉さまも、今日はいつもと違うんだね」

「そうよ、サハールの伝統衣装なの」

 エルデガルダたちの装いは、他の貴族たちとは明らかに趣を異にしていた。淡い砂色を基調としたサハールの民族衣装は、身体の線を強調しすぎない流麗な仕立てで、胸元や袖には金糸と色石による精緻な幾何学模様があしらわれている。誇らしげに胸を張るエルデガルダの後ろから、揃いの衣装を着たシャーペイが姿を現した。

「アルテミス、ディアウッド伯爵もご機嫌よう。あなたたち、すごく目立ってるわよ」

「なにか、おかしな点でもございましたでしょうか……?」

 身構えるユミルに、シャーペイはゆっくりと首をふった。

「逆よ。広間中のご令嬢たちの目が、あなたたちに釘付けだったわ。絵画からそのまま抜け出してきたみたいな美貌のディアウッド伯爵に愛らしいアルテミス、ユミルさんは大人の色気があるし、それにあの護衛騎士の方でしょ。食べるところで味が変わる豪華なパルフェみたいねって、さっきからひそひそ囁かれてるわ」

「ほう」

 言われて視線を向けると、近くにいた令嬢がはっと頬を染め、慌てて目線をそらした。

「下町で流行の恋物語みたいね。一人のご令嬢が何人もの魅力的な男性に求婚されるのですって」

「運命を彩る花は、ひとつで足りるとは限らんからな。多くの色に照らされてこそ、真に選ばれるものもある」

「あら、その通りね」

 そう言ってカミラは面白そうに目を細めると、軽く肩をすくめて笑った。

「もうすぐあなたたちの番よ。側妃の序列順に、陛下にご挨拶していくの。いま七番目の妃が拝謁を終えたところだわ」

「ミレイア様よ。西方の大商会の娘なの。長男のアーシェルは生まれつきご病気があって、公式の場には出てきたことがないわ」

 カミラの視線の先に、儚げな面差しに血の気を感じないほど白い肌をしたミレイアが、裳裾を静かに揺らしながら一礼して下がっていくのが見えた。風が吹けばぽきりと折れそうなほどほっそりとした肢体は人目を引くが、伏せたまなざしには長年の疲労と諦観の色が滲み、せっかくの美しい顔に消えない影を刻んでいる。

 そんなミレイアと入れ替わるように、背中に垂らした豊かな金髪を揺らし、背筋をぴんと伸ばした妃が、毅然とした足取りで前へ進み出た。皇帝の前で優雅に一礼すると、挨拶もそこそこに、さっぱりした様子で踵を返して去っていく。

「八番目の側妃ガルシアよ。あの子は魔法塔の上級魔術師の娘なの。少し変わってるけど、アナスタシアとは仲が良かったはずよ」

 ガルシアの背中が人波に紛れて消えると、いよいよ我々の番であった。

 広間の中央へと一歩踏み出した瞬間、先ほどまで満ちていたざわめきが、嘘のように遠のいていく。高く設えられた壇上には、正妃セラフィーナとその隣に控えるカリスト、そして現皇帝アウグスト・アストラニアが座していた。カリストはこちらを認めると、わずかに眼差しを和らげたが、セラフィーナは張り詰めた表情のまま、すぐに視線を逸らした。

 こうして並ぶ姿を見ると、カリストとアウグストの顔立ちは驚くほどよく似ていた。精悍な眉の角度、整った鼻筋に、淡い氷青の瞳、若いころはさぞかし令嬢たちの視線を集め、胸を騒がせたであろう。しかし、アルテミスをあたたかな眼差しで見守るカリストとはちがい、アウグストの瞳にはいっさいの柔らかさがなく、まるで感情そのものを削ぎ落としたかのような冷ややかな眼差しで、こちらを見下ろしていた。

「アルテミス・アストラニアです。皇帝陛下、ならびに正妃様にごあいさつ申し上げます」

「ひっ……」

 教わった通りの所作と口上を披露したにもかかわらず、セラフィーナは、まるでアルテミスが血まみれのナイフでも取り出して見せたかのように小さく悲鳴をあげた。

 一方、アウグストは動じる様子もなく、アルテミスの方を見ようともしなかった。父親としての言葉を期待していたであろうアルテミスが、悲しげに視線を落とす気配が伝わってくる。隣に立つユミルは、怒りを押し殺すように、かすかに身を震わせていた。

 やがてアウグストは、ゆっくりと視線をこちらへ移して言った。

「そなたがフェルミアのディアウッド伯爵か。アナスタシアの実家が魔法士の教授と縁を持つとは知らなかった。その関係は、いつからのものだ」

 ほう。興味が向くのは幼い息子ではなく、こちらというわけか。私が口を開くより早く、ユミルが一歩進み出て、淀みなく答えた。

「恐れながら陛下。ディアウッド伯爵は、アナスタシア様のご尊父君と個人的な親交を結ばれており、代を越えて浅からぬご縁を紡いでこられた間柄にございます」

 アウグストはわずかに顎を引き、その言葉を吟味するように目を細めた。

「フェルミアでは、精霊にまつわる研究が盛んと聞く。近頃、何か新たな知見は得られているか?」

「さて……陛下が何をお求めかにもよりますが、おおよそはお答えできましょう」

 傍らのユミルがこちらを睨み、黒目が警告に揺れる。余計なことを言うな。そう口の動きだけで伝えてくるが、私はそれよりも、この滅多にない機会を楽しみたかった。

「ふむ……では聞こう」

 アウグストは玉座に深く身を預け、低く威を帯びた声で続けた。

「強大な力を有する精霊の召喚については、いかなる見解を持つ?」

「強力な精霊というと、陛下の興ずるところは『精霊王』について、かな?」

 それであれば、この場にいる誰よりも詳しく答えられる。アウグストが静かにうなずくと、隣のセラフィーナが顔色を変えた。

「陛下……どうかお控えくださいませ。今宵は、カリストの祝賀の席にございます」

「口出しは無用だ、セラフィーナ。精霊王と我が帝国との盟約が久しく果たされていないことは、

フェルミアも知るところだ。そうであろう?」

「……ふむ」

 なんと人聞きの悪い言い方をされたものだ。別に私は帝国を見捨てたわけではない。ただ『ふさわしき器』がいない、それだけのことだ。

 しかし、息子の誕生祝いの席で自国の弱みを晒すとは。どうやら現皇帝の焦燥は、想像以上に切迫したものらしい。私はどこまで語るべきか、顎に手を当てて思案した。沈黙する私を、傍らでユミルがはらはらと見守っている。

「そうだな……。精霊王の意を代弁するのであれば、『彼』は帝国を見捨てたわけではない」

「伯爵は精霊王の意思がわかるのか?」

 もちろん、わかるとも。

「よくよく理解しているからこそ、もっとわかりやすくお伝えしてやろう。『彼』は帝国の栄枯盛衰そのものに関心がないのだ。ただ、導くべき魂が在るか否か――それだけだ。仮にその魂が、打ち捨てられた路地裏で生まれていようと、『彼』はそこへ赴き、ためらいなくその者を王へと据える」

「ちょ、馬鹿、バーティミアス様!」

 慌ててユミルが遮るが、構わなかった。セラフィーナはわなわなと震え、アウグストは、完全に虚をつかれたような呆然とした表情でこちらを見ている。私は静かにアルテミスへ視線を向け、続けた。

「それは、貴殿が北方のか弱き乙女に産ませた末の子に、何の関心も寄せてこなかったのと同じことだ。器を持たぬ者は、道端の石と変わらぬ。拾われようが、踏まれようが、『彼』の世界は微塵も揺らがぬ」

 うむ。言いたいことが言えて、実に爽快だ。俗世の理を超越する我々に対する不理解を、これ以上なく明瞭に解決することができたのではないか?

 長年の沈黙の末に歴史が歪められ、まるで私の加護が気まぐれな奇跡であるかのように扱われるのは、どうにも納得がいかなかったのだ。


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