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余計なお世話

 ユリウスの旅立ちから時は過ぎ、離宮に新しい夏の季節がやってきた。また少し背が伸びたアルテミスが遊ぶ庭では、若葉の匂いを含んだ風が渡り、水を浴びた草花が陽光を受けて揺れている。

 そんな折、カリストから一通の招待状が届いた。最近は公務に追われているらしく、離宮への来訪もめっきり減っていたが、今年は誕生祝いを盛大に執り行うらしく、アルテミスもぜひ参加するように、とのことだった。

「見て! カリスト兄さまのお誕生日会だって!」

「晩餐会ですか、成人前の皇子たちも招待されるなんて、よくあることなんでしょうか……?」

 招待状に目を通しながら、少し戸惑った様子のアリスに、ユミルも神妙な顔でうなずいた。

「狩猟会では座っていればよかったですが、正式な宴席に参加するのは初めてのことですね。詳しいことはウィリアム様にお聞きしましょうか」

 にわかに騒がしくなってきた離宮に、さらなる知らせが舞い込んだ。熱砂の国サハールに滞在していたエルデガルダより帰国の知らせが届いたのだ。麻紐で括られた書簡には『話したいことがたくさんあるから夕食を共にしよう』とエルデガルダの癖のある流し文字で書かれていた。

 そろそろ日が落ちる頃、エルデガルダは数人の侍女を連れて離宮を訪れた。以前より背もわずかに伸び、鼻の上が少し日焼けしている。アルテミスを見つけると、エルデガルダは屈託のない笑顔で大きく手を振った。

 エルデガルダ達にもカリストからの招待状は届いており、事情を知った彼女はアルテミスの大きな味方になってくれた。

「それだけで本が書けるくらい、たくさん決まりごとがあるのよ!」

 なんでも、皇室の行事に参加する皇子には年齢と性別によって着用する服の色や飾り紐の種類があるそうだ。最低でも侍女が二人に護衛騎士が二名以上、側仕えとなる侍従にも装飾や服装について事細かに規定されている。母方の実家の紋旗と皇室の旗も、正しい順で掲げなければならない。

「護衛騎士は我が家ゆかりの近衛を手配するわ。正装は早めに準備しないと間に合わなくなるでしょうね。十歳以上の皇子は随伴する相手役も必要なの。伯爵家以上の子供が普通だけど、シャーペイはいつも気にせずひとりで歩き回るから、アデルお兄様に嫌味を言われているわ」

 不安そうな顔をするアルテミスに気付き、エルデガルダは大きな瞳で茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

「でも、カリスト兄様の誕生祝いだもの、きっと難しいことは求められないわ。お母さまも、子供は貴族同士の駆け引きには関わらなくていいって言ってた。それでも、陛下にご挨拶するときはきちんとね。アルテミスは皇室の作法はできる?」

「えっと……」

 アルテミスは最低限のテーブルマナーや礼儀作法は身についているが、いかんせん、飾らない気風の離宮の面々相手に披露する機会がない。どうやら、急ぎで専門の教師を雇う必要がありそうだ。しかしそれも、エルデガルダが解決してくれた。

「私の乳母が教えてくれるわ。すっごく厳しいけど教えるのは上手だから」

「ありがとう、エル姉さま」

 それから話は皇室の内情にうつった。エルデガルダは珍しく真剣な顔でひそひそと声を落とした。

「今回の祝宴で、カリストお兄様の立太子が発表されるんじゃないかって言われてるのよ」

「カリストお兄さまが次の皇帝になるの?」

「そうなったらいいけど、マーゼル様が黙ってないでしょうね。去年の魔獣討伐の戦いで、アデルお兄様が活躍したことを、もう半年間も自慢してるわ。年齢も近いし、反カリスト派の貴族はみんな、アデルお兄様を推させたいの。でもお母さまは、アデルお兄様が皇太子になったら、熱砂の国に帰るって言ってるわ。私たちみたいな外国の皇女は、どこに嫁がされるかわからないから」

 歴代の皇女たちの結婚は、即位する皇帝の一存で決められてきた。敵国に人質同然に輿入れさせられることもあれば、有力な国内貴族の政略結婚の駒となることもあった。遠い熱砂の国の姫であるカミラも、アストラニアでは側妃のひとりでしかない。皇室の威信より、娘たちの未来の方が大事なのだろう。

 しんみりとした空気になったが、エルデガルダはローゼマリー特製の冷菓に目を輝かせ、嬉しそうに口に運んだ。

「アルテミスは幸せ者ね! 毎日こんな美味しいものが食べられて、アルテミスを愛してくれる人たちに囲まれて!」

「うん、そうなんだ!」

 アルテミスの心からの笑顔にエルデガルダはにっこりと微笑み返し、離宮は穏やかな空気に包まれた。

 その晩、ユミルは必要なものをリストにし書き出しながら、難しい顔で考え込んでいた。

「この半年でアルテミス様はまた背が伸びましたから、礼装は新調しなくては……。アナスタシア様のご実家の紋章も確認しなければなりませんね。それからアリスたちの式服も用意しなければ……皇都の仕立屋を複数おさえないと、期日に間に合いません」

「予算は足りますかね? カリスト様のおかげで服飾費は増額されるようになりましたが、冬支度でほとんど使ってしまいました。私達の分まで新調したら、アルテミス様の分が……」

 不安げなアリスに、ユミルはきっぱりと答えた。

「予算は皇家だけじゃありませんから、問題ありませんよ。とにかく時間が足りませんから、明日にでも手配しないと」

 アルテミスの生活にかかる費用は、精霊の庭にある私の宝物庫から捻出されている。もう使わなくなって百年以上経つ年代物の敷物やら、月の女神から貰った宝飾品やら、倉庫の奥で埃をかぶっている品々を、ユミルが定期的に市場に出し、換金しているのだ。

 真夜中、皆が寝静まった頃にユミルは急ぎ精霊の庭へと向かい、めぼしい宝物を数点みつくろい、馴染みの古物商に持ち込み大量の金貨へと換えた。早朝には離宮に戻り、いくつかの仕立屋と宝飾商への依頼状を書き上げ、使いを走らせていたのだが、結論から言えばユミルの行動はすべて徒労に終わった。翌朝一番に、数台の馬車が離宮の門前にずらりと並び、次から次へと荷物が運び込まれたのだ。

「いったい何の騒ぎですか!?」

「うわー、豪華な衣装……」

「宝飾品に、靴、私達の式服まであります……!」

 混乱する使用人たちの前に、馬車の先頭から降りてきたカリストが爽やかな笑みを浮かべた。

「カリストお兄さま!」

「先ぶれもなくすまないな。アルテミス、祝宴への参加に何かと物入りだろう。兄様がすべて準備しておいたから、なにも心配せず任せておきなさい」

「カリストお兄さま、ありがとう!」

 無邪気に喜ぶアルテミスのうしろで、言葉を失って絶句するユミルにカリストは近付き、優しく肩に触れた。

「やぁ、ユミル。今日は二本足で歩いているんだな?」

「……アルテミス様の支度はこちらで用意するつもりでした」

「服や装飾は何とかなっても、人手は無理だろう? 俺の近衛騎士と侍女たちを使いなさい」

「カミラ様のご厚意で手配していただく予定です」

 視線を逸らすユミルの顎を逃がさぬように掴み、カリストは意味ありげに囁いた。

「つれないな。あの夜は、あんなに愛らしい姿を見せてくれたのに」

「……やめてください」

「なぁ、教えてくれ。お前の本当の姿を知っているのは、他に誰がいる?」

「相変わらず余裕がありませんね。秘密を楽しめない無粋な男性は嫌われると、ご忠告いたしましたよね」

「お前は本当に……」

 負けじと言い返すユミルに、涼やかな笑みを浮かべていたカリストの口の端が、わずかに歪む。

「んんっ、カリスト様。ご無沙汰しております。ご健勝のご様子で何よりです」

 睨み合うカリストとユミルの張りつめた空気に、わざとらしい咳払いをして割って入ったのは、なぜか頬を赤らめたウィリアムであった。カリストは一瞬で表情を整え、穏やかに笑った。

「やぁ、ウィリアム。息災か? アルテミスの剣を指南しているそうだな」

「大変熱心に取り組まれています。将来は立派な剣士となるでしょう」

「驚かないよ。数多の才能に恵まれた子だ」

「カリスト様の幼少の頃を見ているようです」

「そうか? 俺はアルテミスより、ずっと聞き分けが悪かった。お前にもずいぶんと苦労をかけた」

 ウィリアムの言葉にカリストは満足げに笑うと、近侍に呼ばれその場を後にした。その背中を見送り、ウィリアムはユミルに取りなすように言った。

「ユミル殿、カリスト様の近侍の者たちは、俺の部下だった連中だ。信頼できることを、俺が保証しよう」

「わかりましたよ。いずれにしても、こちらに選択権があると思っていません」

 もとより第一皇子の計らいを無碍にするのは不可能であることくらい承知の上だ。アルテミスと親しげに言葉を交わすカリストの背中を一瞥し、冷ややかに言うユミルに、ウィリアムは困ったように苦笑した。

 かくして、アルテミスは皇族として初めての祝賀の宴に臨むことになった。しかし、この宴への参加が、アルテミスの運命を大きく変えることになる。


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