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真実のねずみ

 セルジュと庭で追いかけっこするアルテミスの姿を見守りながら、ユミルは珍しく鼻歌など口ずさみ、ご機嫌な様子であった。夏用のケットを編むアリスがそれを見て、くすりと笑う。

「ユミルさん、なんだかご機嫌ですね」

「アルテミス様がのびのびとお過ごしなのが、なんだか嬉しくて」

「昨日は大変でしたもんね。私もなんだかほっとしちゃいました。そういえば、カーディたちも『悪いやつを退治してやった』って自慢してましたけど、血吸い虫でもやっつけたんですかね?」

「そうですね、アルテミス様に危害を加える卑怯で陰湿な害虫を駆除してくれました」

 そう言って満足げに微笑むユミルに、アリスはなんのことかと首をかしげたが、この折目正しい青年が不思議なことを言うのはよくあることなので、深く追求することはなかった。

「カリスト様、あんなに張り切っていたのにアルテミス様の授業を減らすこと、よく承知してくれましたね」

「そもそも、まだ幼いアルテミス様に朝から晩まで勉学を強いること自体が間違っていたんですよ」

 ローデリク男爵の身元を保証したカリストの侍従は、アデルの母親であるマーゼル妃の遠縁であることが判明し、カリスト一派は沈んだ顔で謝罪に訪れた。ユミルは建前上、カリストたちの謝罪を礼儀正しく受け入れたが、カリストが男爵のかわりとなる帝国史学の教師を早急に見つけることを意気揚々と宣言した途端、ユミルの我慢の糸が切れた。

 そこからは近年稀に見る大舌戦の始まりである。アルテミスの教育に執心するカリストと、伸びやかに日々を過ごして欲しいユミル。幼いアルテミスの昼食や午睡の時間を奪ってまで勉学を強いるのはおかしいと主張するユミルに対して、皇族であれば普通のことだと反論するカリスト。あまりに白熱する論戦に、厨房にいたローゼマリーが様子を見にきたくらいだ。

 こう着する議論にユミルは矛先を変え、男爵からアルテミスが受けた仕打ちや心労を大袈裟にあげつらい、カリストの罪悪感をちくちくとつついた。帝国の第一皇子相手によくやったものだが、真面目なカリストには効果覿面であった。カリストはやむなく授業を減らすことを了承し、アルテミスは今まで通り、午前は授業、午後は自由に過ごせることになったのだ。

「でも、結局カリスト様にいただいた宝具は見つからなかったんですね……」

 アリスが残念そうに視線を伏せるのに対して、ユミルも困った顔を作って言った。

「本当に残念です。男爵は錯乱していて、隠した場所の検討もつかないようですので」

 大切な兄から貰った銀の首飾りが行方知れずとなり、アルテミスも悲しそうにしていたが、実はこっそりと回収され、必要なときに持ち出せるよう離宮の地下に保存してある。

 かくして、厄介事が首尾よく片付きユミルは大満足の結果となった。しかし、遠くの方からなにかが割れる音がし、小さな悲鳴があがるのを聞いてユミルはがっくりと肩を落とした。

「またですかモルティア!気を付けてください!」

「はいユミル様!ごめんなさいユミル様!」

 空席となった帝国史学の教師を見つけるのは簡単ではなかった。ローデリク男爵が帝国史の第一人者であることは間違いなかったらしく、相応しい資格をもった貴族は皇都には存在しなかった。しかし、カリストがすぐにでも代わりの教師を探すと意気込むのを見てうんざりしたユミルは、昼寝する私を叩き起こし、何とかするようせっつかれた私は、精霊の森からモルティアという名の山鼠の姿をした精霊を連れてきた。

 こいつは世界中どこにでもいる仲間たちと連絡を取り合い、見聞きした全てを記録し記憶する不思議な性質をもつ精霊だ。もちろん帝国で起きたありとあらゆる事象を記憶しており、歴代皇帝の好物まで列挙することができる。どうやらユミルに憧れているらしく、モルティアに誘いをかけると、大喜びでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 しかし人の姿に変身させたモルティアは大変厄介な粗忽者であった。見た目は愛らしく、うるうるとした大きな瞳に小さな鼻先とふわふわの頬があどけない、困り顔がなんとも庇護欲をそそる華奢な青年の姿をしているのだが、ネズミの性質がぬけずちょこちょこと動き回っては、あちらこちらに体をぶつけて皿を割り花瓶を割り……とにかく落ち着きがない。だが教師としての適性はあったらしく、まるで物語のように語られる帝国の歴史をアルテミスが楽しそうに聞き入るのを見て、ユミルもしぶしぶモルティアの雇用を認めた。

「モルティア、離宮中の皿を割ってまわる気ですか? せめて大人しく座っていてください」

 呆れ顔で注意するユミルに、モルティアは悲しげに言った。

「だってぇ、急に視界が高くなって慣れないんですもん。ユミル様はよく平然としていられましたね」

「ネズミだったときのことはもう忘れなさい、モルティア。しばらくしているうちに慣れますよ」

「『ネズミだったとき』とはどういう意味だ?」

「ひえっ!?ウィリアム様!?」

 突如現れた背の高いウィリアムに、モルティアは飛びあがって驚いたが、ユミルは平然と言い直した。

「ネズミのように素早く動いていた、と言いたかったんですよ。深い意味はありません」

「そうか……」

「まさか、ネズミが人間に変身するなんておとぎ話のようなこと、あるわけがありませんよね」

「そ、そうです、そうです、わたくしは生まれもっての人間、ずっと人間です」

 モルティアも慌てて弁明しようとしたが、ユミルの余計なことを言うなという視線を受けて口をつぐんだ。ウィリアムはどうにも飲み込めないような複雑な顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。

「ふぅ……危なかったですね」

「僕も注意不足でした。くれぐれも不用意な発言しないよう、気を付けて下さいね」

 ユミルの忠告に、モルティアは何度もうなずいた。しかし、悲しいかな、モルティアは事実をあるがままに扱う真実の記録者であるがゆえに、嘘は壊滅的に下手であった。

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