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魔法のテント

 狩猟大会が行われるのは皇城の北側にある森の奥、ここから馬で半刻ほどの場所であった。当日の朝、ウィリアムが騎士団のつてで借りてきた一頭立ての馬車に、ユミルたちはせっせと荷物を運び込み、アリスとともに身支度をしていたアルテミスは、窓の外にウィリアムが連れてきた馬を見つけ、目を輝かせた。

「白いお馬だ!かっこいい!」

「ご紹介しますね。俺の愛馬、ルミエルです」

「ルミエル、きれいな名前だね!」

「ありがとうございます。新月の夜に旅人を導く、道標の星の名です」

 ルミエルは思慮深く優しげな目でアルテミスを見つめ、小さな手が鼻面を撫でるのを行儀よく受け入れた。しかし、カーディやセルジュがそばを通りかかると警戒するようにピンと耳を立て、ユミルが馬車の牽具に手綱を取り付けるために近付くと、今度は甘えるように鼻を鳴らし、もっとこちらへ来いと言わんばかりに足を踏み鳴らし始めた。

「ルミエル、ユミルのことが好きみたい!」

「そうなんですか?変わった子ですね」

「すまない。いつもはもっと大人しいんだが……」

「かまいませんよ。こんにちは素敵なお嬢さん、本日はよろしくお願いいたしますね」

 ユミルが優しく、白く輝くようなたてがみに手を添えると、ルミエルは嬉しそうにいなないた。ユミルにしては珍しく、アルテミス以外の生き物に慈しむような視線を向け、ルミナスの背中を撫でていたが、ウィリアムの「コイツは自分より小さな生き物が好きで、よく森のウサギと遊びたがって追いかけ回している」というひと言に、ぎくりと顔を引き攣らせた。

「すみませんが、あなたのご主人に僕の正体は秘密にしてくださいよ?」

 ぴるぴると動く耳に耳打ちすると、ルミナスは承諾するかのように小さく鼻を鳴らした。


#


 大会は三日がかりで開催される。行く先で不便のないようにと詰め込んだ荷物は山積みとなり、ユミルはこっそりと軽量化の魔法をかけていた。全ての準備が終わる頃、アラクナに仕立てさせた瀟洒な深緑色の外套を着て悠々と姿を現した私を、ユミルは物言いたげな目つきで睨んでいたが、余計な手間を増やされるよりましと考えたのか、何も言わなかった。ウィリアムの掛け声とともに走り出した馬車のなかで、生まれ育った離宮が遠ざかって行くのを、皇子はじっと眺めていた。

「アルテミス様、ご気分はいかがですか?」

「うん、大丈夫!」

 ウィリアムの手綱さばきが巧みなのだろう、馬車はほとんど揺れず、道行きは快適だった。さすがに全員は乗り切れず、セルジュたちは荷台に控えていたが、もとより自然の中で暮らしていた者たちは、楽しげに歌などうたっている。一方、窓の外を流れる見慣れぬ景色に皇子の隣に座ったアリスは、そわそわと落ち着かなげに周囲を見回していた。

 するとそこに、数台の馬車を引き連れ、白鷲の旗印を掲げる一団が現れた。速度を落とし、並走する形になると、先頭を行く栗毛の馬を操る男が、こちらを見て薄く笑った。

「これはこれは、ウィリアム殿ではないか。騎士をやめ、御者に転職したのか?」

「クラウゼン卿か、本日はアルテミス皇子のご随行のため務めている」

「アルテミス……?あぁ、十三番目の皇子か。皇家主催の狩猟大会にこんな小さな馬車ひとつとは、次期副団長とも目されていた男が、ずいぶん落ちぶれたものだ」

 嘲るその声音に、周囲の者たちもつられるように笑う。ウィリアムは低い声で言い返した。

「俺のことはいい。だが、主君を侮辱することは許さない」

 まっすぐな視線に、男は一瞬たじろぎ、誤魔化すように乾いた笑いを浮かべた。

「い、いや、他意などはない。相変わらず冗談の通じない男だ。とにかく、この馬車はマーゼル妃とアデル皇子の御一行である。無礼は許さぬ、道を開けよ」

 居丈高に言い放つと、一団は遠慮もなく馬を進めていった。巻き上がる砂埃に、ルミナスが不快そうに鼻を鳴らした。

「なにあいつら、むかつく」

「俺らで脅かしちゃおっか」

 カーディとセルジュが不穏な気配を漂わせると、最後尾で馬車を引く馬たちが怯えたようにいななき、御者が焦ったように手綱をひいた。

「カーディ、セルジュ!やめなさい!余計な揉め事を起こさない!」

 窓の外に身を乗り出して制するユミルに、向かいに座ったアリスがおずおずとした様子で言った。

「でも、すごい行列でしたね……。荷台には豪華な品物がたくさん……私たち、大丈夫でしょうか」

 不安げなアリスは、アルテミスにいらぬ恥をかかせたくないのだろう。しかしアリスには悪いが、それは全く不要な心配だった。


#


 開けた野営地に到着すると、すでにあたりには豪華絢爛な天幕がいくつも連なって建てられていた。ウィリアムが人気の少ない場所に馬車をとめ、カーディたちが荷下ろしを始める中、ユミルは野営用のテントの設営準備を始めた。箱に収納された天幕一式に魔力を込めると、骨組みが勝手に立ち上がり、布地がかかっていく。数秒後には日よけの庇がついた小さなテントができあがっていた。ルミナスを木陰につなぎに行くわずかな間に完成した天幕を見て、ウィリアムは思わず目を見張った。

「すごいな、ユミル殿が一人でやったのか?」

「えぇ、しばらくぶりでしたが体が覚えていましたね」

 千年前の大戦を懐かしく思い出していたユミルだが、皇子の荷物を運んできたセルジュに奥の中へと運び込むよう指示を出すとウィリアムを振り返ってにこやかに微笑んだ。

「ウィリアム様もどうぞ中へ」

「いや、俺が入ったら窮屈だろう。野宿には慣れているから大丈夫だ」

「そうですか? 部屋数は十分ありますけどね」

「この小さな天幕にか?」

 半信半疑のウィリアムがユミルのあとを追って中へ入っていくと、外からは考えられないほど内部は広々としていて、いくつもの扉の先にはこじんまりとした個室が続いていた。中央部には簡素だが調理場もあり、奥の扉を開くと、あたたかな湯の出るバスルームまで備わっている。

「信じられん、こんな高度な空間魔法を扱えるなんて」

「昔の知り合いで、空間圧縮の研究をしている人間がいましてね」

「魔法塔の魔法士に友人がいるのか?こんな貴重なものをくれるとは、単なる知り合いではないだろう……魔導遺物に匹敵する宝具だ」

「どうでしょう。面白い人でしたけどね」

 生涯をかけて魔法研究に没頭していた千年前の大魔法士エルンストのことを思い出しながら、ユミルは苦笑した。自分の寿命の半分を嬉々として差し出し、魔術の真理を追い求めた変人中の変人だが、確かに友人と呼べる存在だったかもしれない。

「とにかく、場所には困りませんから、ウィリアム様もこちらでお過ごしください」

「ありがたい。夜は冷えるし、こんな快適な場所で眠れるとは思わなかった」

 荷下ろしが終わり、皇子の寝所周りも整え始めたところで、アルテミスは落ち着かない様子でちらちらと森の方を見ていた。

「ねぇユミル、ぼくも森に行ってもいい?」

「あまり遠くまで行ってはダメですよ。ウィリアム様とご一緒に。日が暮れる前には帰ってきてください」

「わかった!」

 ウィリアムとともに駆け出すアルテミスを見送ると、ユミルたちは夕食の準備と荷解きに戻った。私はローゼマリーの手製の焼き菓子を食べながらしばらくその様子を眺めていたが、ひと段落すると立ち上がり、言った。

「私も出かけて来る。夕食までには戻るぞ」

「どちらに行かれるんです?まさか貴族として狩猟大会に参加するおつもりですか?」

「人間たちの意地の張り合いなどに興味はない。せっかく皇族たちが一堂に会しているのだ。他の皇子たちの様子を見てくるとしよう。アルテミスのほかにも、魂の継承者候補がいるかもしれん」

 それを聞いてユミルは心底不快そうに顔を歪めた。

「……まだ僕の魂鑑定を疑っているのですか?アルテミス皇子の才能を、あれだけ評価なさっていたじゃないですか」

「そう怒るなユミル。お前の魔法の腕前は認めているよ。ただ、お前の歴代の契約者がどんな運命を辿ったかを知っていれば、すべてを信じるのは阿呆のすることだとわかるだろう」

「僕はいつだって真実をお話ししています、バーティミアス様」

「どうかな。優しいお前のことだ。虐待される小さな皇子を見かねて、後ろ盾欲しさに私を謀っている可能性だってなくはない」

「今更、魂の由来ひとつでアルテミス皇子を見捨てるおつもりですか?あんな男の魂にいつまでも執着して、一体何になると言うんです」

「口を慎めユミル。私とニコラスの盟約は未来永劫続くものだ。侮辱は許さん」

 ユミルはしばらくこちらを睨んで黙り込んでいたが、やがて冷ややかな声で言った。

「結構です。どうぞお気の済むまで、他の皇子たちを見定めてきてください」

「もちろん、そのつもりだ」

 私は小さな蜥蜴に姿を変え、天幕の隙間を通って森の中へと消えた。


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