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ウィリアム・グレイの忠告

 秋が深まり、葉の先が紅く染まりはじめる頃、皇子はさらにぐんと背を伸ばし、ウィリアムに剣の稽古をつけてもらうようになった。アルテミスの丸みを帯びた子供らしい頬も少し引き締まり、だんだんと少年らしい顔つきになってきた。

 魔法の授業も順調で、今では精霊鳥ソレイユなしでも魔法の出力調整が少しずつできるようになってきた。

 そんな折、またも皇家の紋章を刻んだ封書を持った使いの者が離宮へとやってきた。蝋を切り、さらりと内容に目を走らせたユミルは眉をひそめた。

「来月に、皇家主催の狩猟大会があるようです」

「しゅりょう大会?しゅりょうってなに?」

「アルテミス様、狩猟というのは、弓矢や魔弩を使って森にいる獣を狩る行事です」

 魔弩というのは魔力をこめて放つ石弓のことだ。ウィリアムの説明に、アルテミスは首をかしげた。

「けものって?」

「よく狩られるのは草鹿や猪牛、黄狐やウサギなどの小さな動物を捕らえることもあります……でも! 皇家が主催なだけで、女性や成人前の皇子たちは参加しませんよ!」

 毎晩お気に入りのウサギのぬいぐるみを抱いて眠るアルテミスが、ひどくショックを受けた顔をするのを見て、ウィリアムは慌てて付け加えた。

「毎年行われるのですか?」

 ユミルがたずねると、ウィリアムは気まずそうにうなずく。

「そうだな。毎年この季節になると執り行われる。皇都近辺に住む有力貴族や地方領主が参加し、森で狩猟の腕前を競い合う。狩りに参加しない妃殿下やご婦人方は、野営地で社交して一日を過ごされる」

 このご婦人たちの社交会というのがかなり熾烈で、毎年、何人もの使用人を引き連れて野営地に乗り込み、贅を尽くした天幕が林立する。森深き野外で、いかに優雅に過ごすかを競い合っているのだ。

 一方、狩猟大会の名目に相応しく、参加者は狩果を競い合い、優勝者には皇帝から黄金の杯が贈られる。ちなみに去年の優勝者はカリスト皇子で、たっぷり太った渡り鴨を3羽、草鹿を2頭、山熊を一頭仕留め、堂々たる首位となった。

「狩りには参加しないとはいえ、野外で他の妃たちに囲まれて一日過ごすのですか……頭が痛くなりますね」

「ねぇ俺たちも行っていいよね?」

「俺たちめっちゃ狩りうまいよ!アルテミスさまにでかい獲物、たくさんとってきてあげる!」

 憂鬱そうにため息をつくユミルとは対照的に、双子は元気いっぱいだ。

「セルジュ、カーディ。ふたりとも貴族ではないのですから参加はできませんよ。当日は皇子の護衛をしてください。今回はアリスも一緒に。食事もご用意しなければいけませんから、ローゼマリーも連れて行くべきでしょうね」

 どうやら今回は離宮総出で出立するようだ。そうと決まればユミルははきはきと指示をまわした。

「今回は時間に猶予がありますので、しっかり準備できそうですね。アリス、ローゼマリーと当日の献立の相談をお願いします。天幕や毛布、調理具も持っていかないと……セルジュとカーディは当日の荷物持ちをお願いしますよ」

「ねぇユミル、しゅりょう大会はみんなで行くの?」

「そうですよアルテミス様。楽しみですね」

「うん!」

 弾けるような笑顔に微笑みを返すと、アルテミスは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらセルジュたちの方へかけて行く。その後ろ姿を見守り、ユミルは「何事もなく終わればいいですけど……」と小さくつぶやいた。

「……ユミル殿、少しいいか?」

「なんでしょう、ウィリアム様」

 名を呼ばれ振り向くと、難しい顔をしたウィリアムが物言いたげな顔で立っていた。

「その、狩猟大会のことでひとつ、さっきは言わなかったことがある。ユミル殿には十分に注意して欲しいんだが……」

「なんですか?皇家の行事に参加するのは初めてなんです、必要な情報は全て教えてください」

 ユミルの真剣な顔に、ウィリアムはなんとも言えない気まずい顔をしたが、意を決したように続けた。

「当日は各地の騎士団や護衛兵が参加する。そこで、その……見目の良い若い侍従なんかは人気のない森の奥に連れていかれて……もちろん合意の上でだが!その場限りの契りを楽しもうとする者もいるんだ……」

「……その恥知らずな人間たちの痴情沙汰が、どうして僕に関係するんです」

 聞かれて、ウィリアムは首の後ろまで赤くしてうつむき、ユミルは呆れたように目を細めた。

 とはいえ、ウィリアムの忠告はいたって真っ当なものだった。騎士団のなかで衆道が好まれるのは周知の事実であり、年若い貴族令息のなかには、逞しく精悍な騎士と恋仲になることを夢見る者も少なくない。狩猟大会のかたわらで見目麗しい侍従が人目を盗んで騎士と火遊びを楽しむ……なんて事が恒例となっているのだという。

 もちろん、ユミルがそんなことをするとはウィリアムも考えていなかったが、周囲の騎士たちが期待に満ちた視線を向けてくることは火を見るより明らかだったし、なかには、強引にことに及ぼうとする輩がいてもおかしくはない。

 しかしユミルは全く気に留める様子もなく肩をすくめた。

「まぁ、善意からの忠告として受け取っておきますよ。でも余計な心配は無用です。自分の身は自分で守れますので、ウィリアム様はアルテミス様をしっかりとお守りください」

「あ、あぁ……もちろん、そのつもりだ」

 ユミルの言葉に、ウィリアムは顔を真っ赤にしたまま何度も頷き、逃げるように去っていった。

「まったく、そんなに僕って可愛いですかね……?」

 ぼそりとつぶやいたユミルは、窓ガラスに映る自分の顔を不思議そうに見つめた。


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