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黒うさぎの知らせ

大陸で最も広大な領土と栄華を誇るアストラニア帝国。

その歴史は、初代皇帝ニコラスと精霊王バーティミアスが

“疫病王ヴォラク”を打ち倒したことから始まった。


ニコラスとバーティミアスは友となり、

彼の魂を受け継ぐ皇子たちを守護する盟約をむすんだ。


全知万能のバーティミアスは、幾人もの優秀な皇帝たちの御代を見守り、支えてきた。

だが――今度の皇子はまだ赤ん坊!

しかもよりにもよって、十三番目の“虐げられ皇子”!?


ベテラン精霊王の 皇帝育成(?)奮闘記 が、いま始まる!


 ご機嫌いかがかな、人間たちよ。


 退屈しのぎになるような物語を聞きたいのであれば、うってつけの逸話がある。


 これは私が人間界で暇つぶしをしていた頃に起きた厄介な騒動の話だ。


 主な登場人物は、世話焼きで過保護な月の精霊、悪戯好きのドラゴン、料理好きな花の精霊、知りたがり屋のネズミ、真面目な騎士、心優しい少女……それに、虐げられている皇子だ。


 心優しく、少々お人好しで、大いなる才能を秘めている。


 物語の定石には欠かせない、燃えるような愛と執着、裏切りと陰謀、ときには血なまぐさい騒ぎも出てくる。


どうだ、聞きたくなってきただろう?


そう急かさないでくれ。


長い話になるから、茶でも淹れよう。甘い菓子も必要だな。


さて、なんだったかな?

そうだ――皇子の話だ。


 それでは、はじめようか。


――これは、のちに帝国を変えることになる皇子の物語。

そして同時に、ひとりの精霊王が少しばかり人間に入れ込みすぎた結果の顛末でもある。


###


 満月が薄闇をやさしく照らす晩、離宮の廊下を一匹の小さな黒うさぎが小走りで駆けていく。廊下に敷かれた赤い絨毯の上を軽やかに跳ねていくその姿は、普通の人間には決して見えない。


 彼の名前はユミル。私と千年の契約を結んだ、忠実なるペット、もとい部下である。ユミルはいま、大事な“探し物”の最中だ。主人のために小さな脚で城中を駆け回る姿はなんとも健気で愛らしい。


 やがてユミルはひとつの部屋の前で立ち止まり、中の気配を探るように耳をぴくりと震わせた。扉には鍵が掛かっている。


 だがユミルが小さく足先を鳴らすと、控えめな金属音とともに錠が外れ、扉がわずかに開いた。隙間をするりとすり抜けて入った先には、簡素なベビーベッドがひとつだけ置かれていた。

 

 厚く締め切られたカーテンの隙間から月の光が細く差し込み、薄暗い部屋の中央で、赤子がむずがるように小さな声を上げている。


 ユミルはベッドの縁へひょいと飛び乗ると、中を覗き込んだ。そこには金色の髪に、ふくふくとした薄紅色の頬をもつ皇子がいた。


「あう~?」


 気配を感じたのか薄く開かれた瞳にユミルは、一瞬ぎくりと身をすくませたが、ユミルは自身に課された任務を遂行するため、皇子の魂の色を確認した。


「――《ルーナ・シア》」


 小さな呪文とともに、皇子の身体からふわりと光があふれた。途端に部屋が明るくなり、まるで月そのものが部屋に降り立ったかのようだ。皇子自身から発せられる、清らかな魂の輝きだった。


「……ようやく見つけました。バーティミアス 様」


 ユミルは安堵の息をつき、影へと身を溶かすように姿を消した。私に吉報を知らせるため、黒うさぎが闇夜を駆ける。初代皇帝ニコラスの魂を受け継ぐ者が、実に百五十年ぶりに現れたのだ。


#


 私を目覚めさせるときは、あたたかい木漏れ日と小鳥の囀りとともに、春の陽気そのままのやわらかな目覚めにしてくれと、ユミルに頼んでおくべきだった。


 百五十年前、私は自身に氷深睡眠の魔法をかけた。どっぷりと沈んだ微睡はあまりに心地良く、なかなか浮かび上がる決心がつかないでいると、いい加減にしろとユミルに頭から水をかけられた。史上最悪の目覚めだった。


「さっさと起きてくださいよ!バーティミアス様!」


「ひどい。いい夢を見ていたのに」


 かつて戦場の女神と謳われた第十四代皇帝エルデガルダと、庭に咲いた月桂の実を齧りながら、黒白戦盤を指していたのだ。彼女の挑戦的な一手を軽やかにいなしつつ、共に駆けた古戦場の思い出話に花を咲かせる、実に有意義な時間だった。しかも勝負は、ほとんど私が勝っていた。


「ニコラス様の魂を受け継いだ皇族の子を見つけました!これで僕は自由ですよね!?契約終了ですよね!?」


 急ぐ理由はそれか。私はゆっくりと起き上がりながら身繕いを始め、期待に目を輝かせるユミルに言った。


「自由?ユミル、お前は私との勝負に負けて1000年の忠誠を誓ったはずだ。私が寝ていたのは154年ほど、残りは何年だ?」


「……846年です、バーティミアス様」


「あぁ、可愛いユミル。私の黒うさぎ」


 小さな頭を優しく撫でてやると、ユミルはいらいらと耳をばたつかせた。彼を“ペット”にした理由は、小精霊にしては賢く優秀だったこともあるが、なにより、その愛らしい容姿である。

 

 夜の闇を溶かしたような濃紺の毛皮、額には月の魔鉱石が輝いている。品があって愛らしい。強大な精霊たちは年老いた人間や獅子など威厳ある姿を好むからこうはいかない。


「それで皇子はどこにいる?」


「……こちらです」


 とことこと歩くユミルのあとをついていくと、そこには寂れた離宮があった。庭木は伸び放題、雑草は膝下まで伸び、建物全体も小さくみすぼらしい。


「ちょっと待て。本当にここなのか?」


「毎日毎晩、皇城中を走りまわってやっと見つけたんですよ」


 離宮の中は薄っすらと埃が積もり、裾のほつれたカーテンもところどころ失われていた。廊下は最低限掃除されているが、蝋燭ひとつ灯っておらず、なんとも寒々しい。


「使用人もいないのか」


「侍女がひとりだけ。平民出身の少女です」


 皇子が住まう離宮に侍女がひとりだけ?どうにもきな臭くなってきた話に私は眉を上げた。ユミルは私の探るような視線に気づき、怒った様子で足をタンタンと踏み鳴らした。


「僕の調査は完璧ですよ!皇子は数ヶ月前に病で母親を亡くし、こちらに移されたんです」


 聞けば皇子の母親は九番目の側妃で、皇子は現皇帝の十三番目の子らしい。側妃となった女は北方の辺境領の娘で、魔力は強かったが幼少期から病弱で、冬が来るたびに病魔に侵され寝込んでいたらしい。


「妃が九人に皇子が十三人とは、今代の皇帝はずいぶんと旺盛だな。まるでウサギだな、ユミル?」


「一緒にしないで下さい。我々は生まれた子供を放置したりしません」


 ピシャリと言い返され、私は返事の代わりに肩をすくめてみせた。少しからかっただけなのに、この冷たい返しである。ユミルに連れられて入った部屋は、廊下よりもいくぶん空気が澄んでいて、火蜥蜴の温灯も置かれ、あたたかかった。


「アルテミス・アストラニア皇子、歳は三つ。第九側妃アナスタシア様の長子です」


「どれどれ……」


 古びた木製の寝台に、素人の手作りらしいウサギのおもちゃがぶら下がっている。揺れるそれを指でつつくと、ユミルがムッとした顔になり、「お気に入りなんですよ」と、耳をぴんと立てて言った。赤子は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせてこちらを見つめていた。


「しあしゃん、うあいしゃん」


「お呼びですよ、バーティミアス様」


「我々が見えているのか」


 私は蔦の巻いた牡鹿の角をもつ。精霊の角には霊力が宿り、美しく長大な角ほど、強い魔力と権威の象徴となる。皇子は紅葉のような小さな手のひらを空に伸ばし、私の角を掴もうとした。その指をひょいとかわし、私は腕を組んだ。


「小さいな。まだほんの赤ん坊ではないか。魂の色もよく見えない。本当にこの子なのか?」


「僕の魂鑑定を疑うんですか?」


 歴代の皇子たちは、魔力の発現が始まる十五歳を過ぎてからニコラスの魂の片鱗を見せた。赤子の魂は白く輝きすぎていて、色を判別しにくいのだ。


「あと十年もすれば魂の色もはっきりするだろう。私は精霊の庭で休暇を過ごすとしよう」


 もうすぐ季節は冬になる。温暖な精霊の庭で花酒でも飲みながらゆっくり過ごすとしよう。転移の術式を組み始めた気配を察したのか、ユミルが慌てた様子で私を引き止めた。


「だ、め、で、す!!!バーティミアス様!アルテミス様は他の側妃たちに命を狙われているんです!!昨晩も刺客が三人来ました。このまま放っておいたら殺されてしまいます!それに、こんなみすぼらしい場所で、食事だって他の宮殿で廃棄された残飯みたいなものを召し上がってるんですよ!?」


「ふむ、でも私は――」


「エルデガルダ様とラインハルト様に言いつけますよ」


 戦場の女神エルデガルダ、賢王ラインハルトはアストラニア帝国の先代皇帝。かつての主であり、私のお気に入りの子たちだ。ふたりは生前の善政を評価され、死後に精霊へと昇華している。


「……おお怖い。私を脅すのか?」


 実際、エルデガルダが怒ると怖い。ラインハルトはもっと怖い。ユミルはぴょんと立ち上がり、鼻をひくつかせて宣言した。


「おふたりはいま月の都で休暇中です。バーティミアス様が職務を放棄し、命の危機に瀕している皇子を見捨てたと報告いたします」


「……ウサギの前足は、幸運のお守りだったかな、ユミル?」


「鹿の角は、たしか腹下しに効くんでしたよね?」


 私の指先を、ユミルはぴしゃりと払いのけ、毅然とした顔で言い返した。小さな手脚でふんぞり返る仕草はなんとも微笑ましいが、今は全く可愛いと思えない。悔しいが、どう見ても形勢はこちらが悪かった。


「……私は何をすればいいんだ?」


 しぶしぶ問うた私の言葉を聞き、ユミルはにっこりと微笑んだ。




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