9話 しっぽ取りと不審な男
露松の梅露広場にある宿舎。
一年一組の男子部屋。
はあはあ・・・。
その恰好・・・。
その紋章・・・。
あの組織・・・。
待て、待てーー。
消えた?
どこに行った。
くそっ。
・・・。
なんで急に、悠が俺の前に・・・。
ああ。
そうか・・・。
いつものか。
悠、なんでそんな視線で俺を見る。
なんでそんな、悲しそうな目で。
笑ってくれ。
何か喋ってくれ。
悠、声を聞かせてくれ。
悠。
悠ーー・・・。
「朝焼っ、朝焼っ」
「悠ーーーーー。はあはあはあ」
「朝焼、大丈夫?」
「だいじょーぶか。朝焼っ」
目を覚ますと、錬が心配そうに呼びかけてくれていた。
空磨も心配してくれていた。
「ああ、大丈夫」
また、いつものか。
朝焼はぼーっと窓から外を眺めた。
オリエンテーション合宿二日目になった。
この日は、午前に講習、午後に学年全体でレクリエーションを行うらしい。
午前の講習は、歴史や生物、ベガズの使い方や斬技の説明など、多岐にわたった。
講習が終わり、昼食を取った生徒は、休憩時間を挟み、午後二時半に梅露広場宿舎前に集合した。
そこで、午後に行うレクリエーションの説明が行われた。
そのレクリエーションはしっぽ取り。
このレクリエーションは各クラス一人ずつが集まり、六人一チームで行われる。
しっぽは各チーム代表者一人がつける。
しっぽとしてビブスを使用し、ズボンに挟む。
チーム同士でしっぽを奪い合い、しっぽがなくなったチームは脱落。
奪ったしっぽは、しっぽをつけていない生徒がつけ、六人中五人がしっぽをつけたら、そのチームは勝ちとなる。
フィールドは梅露広場を囲う森、足を踏み入れてから森が途切れる二キロ先まで。
そして、斬技のみ使用可。
チーム分けは、各クラスの出席番号が同じ生徒同士で分けられた。
朝焼は、十五と書かれたオレンジ色のビブスを上半身に身に付け、同じビブスを着ている生徒と集まった。
朝焼のチーム、出席番号十五番のチームメイトは二組の男子生徒、梶炭於、三組の女子生徒、宮登南奈、四組の男子生徒、伏見裂警渡、特晴コースである五組の男子生徒、榑嘴太啼棋、同じく特晴コースである六組の女子生徒、間錐鎮歌となった。
六人は、一人ずつ、ざっくりと自己紹介をした。
自己紹介を聞いた感じ、梶君はリーダータイプ、宮登さんは表情豊かでコミュ力高め、伏見裂君は人見知り、太啼棋は頼れるお兄さんタイプ、間錐さんは落ち着いていて気配り上手。
まあ、ただの第一印象だけど。
朝焼は、初対面だが太啼棋と話が合い、既に名前呼びになっている。
少しすると、五分間の移動時間が設けられ、五分後、レクリエーションが始まった。
朝焼たち十五班は、鎮歌がしっぽをつけることになった。
十五班の方針は、まずはしっぽを他チームから一本奪い、このゲームの残機を増やすことに決まった。
十五班は、他チームを探し続け、少しすると四班と遭遇した。
十五班と四班はしっぽを巡り、戦闘に入った。
しっぽを取ればいいんだろ。
じゃあ、しっぽをつけたあいつを狙えばいいのか。
朝焼は、しっぽをつけている生徒に横一文字の斬を右手の手刀で放った。
その生徒は、朝焼の斬に反応し、左手の手刀で斬を放ち、その斬は朝焼の放った斬を消滅させ貫通した。
やべっ。
朝焼は、なんとか右に移動し、その斬を避けた。
・・・。
すげー威力だな。
あくまで、これはレク。
相手の様子から、今の斬は本気で放ってはいない。
俺も本気ではなかったけど、簡単に貫通してきたな。
多分だけど、しっぽをつけたあいつは特晴コースだろう。
朝焼は再び、しっぽをつけた生徒を狙って斬を放とうとするが、右斜め前から朝焼に向かって斬が飛んできた。
朝焼は、ぎりぎりそれに反応し、飛んできた斬に向かって斬を放とうとするが、後方から斬が飛んできて、朝焼に向かっていた斬を消滅させた。
十五班のしっぽをつけている鎮歌を護衛する太啼棋が右手のデコピンで斬を放ち、朝焼をカバーした。
太啼棋。
マジかよ。
すげー威力だな。
デコピンでこの威力かよ。
さっきのしっぽをつけた相手といい、これが特晴の生徒か。
さて、どうやってしっぽを取るか。
四班のしっぽをつけた生徒の周りには護衛が三人いる。
残りの二人は、こっちのしっぽを狙う、攻撃部隊ということか。
んっ、あれ。
じゃあ、こっちのチームはどうなってんだ。
えーっと、太啼棋と伏見裂君が間錐さんの護衛で、梶君と宮登さんが攻撃部隊か。
・・・。
あのー、俺はどっちですか?
てか、俺だけ勝手に動いちまったのか・・・。
ま、まあ。
俺も攻撃部隊ってことでいいんだよね。
でも、どうやってしっぽを奪うか。
相手の護衛は三人。
こっちの攻撃部隊も三人。
ただ、相手はしっぽをつけている生徒を合わせると四人。
ってことは、こっちも護衛側が人数有利ってことだよな。
なら、あんまり深く考えねーで、暴れまくるか。
考えたって、よく分かんねーし。
よしっ。
朝焼は、しっぽをつけている生徒に近づいて斬を放った。
しっぽをつけている生徒は、斬を放ちそれを消滅させ貫通、朝焼に向かって斬が飛んでいく。
朝焼はその斬を避けるが、すかさず護衛の一人が朝焼に向かって斬を放つが、朝焼はその斬も避けた。
昨日のルリットと特訓していた時も感じたけど、なんか僅かに、斬に反応しやすくなったな。
斬の音を聞いた途端、身体が反応しやすくなっているような。
気のせいか。
まあいいや。
兎に角、暴れまくって注意を引こう。
朝焼は、しっぽをつけている生徒と、護衛に向かって、無作為に斬を放ち続けた。
しっぽをつけている生徒と、護衛三人は、朝焼を注視したが、護衛二人に、梶と宮登が斬を放ったことで、護衛二人は朝焼に向けていた視線を逸らした。
朝焼は、途切れることなく連続で斬を無作為に放ち続けた。
(あいつ、当てる気あるのか。馬鹿か、あんなに斬を放って、ヴォーネの無駄使いだろ)
しっぽをつけている生徒は、そう思いながら朝焼に視線を凝らした。
すると、視野が狭くなったしっぽをつけた生徒の背後に鎮歌が移動し、素早くしっぽを奪った。
十五班の護衛チームの太啼棋と伏見裂が相手の攻撃部隊を引き止め、その隙に鎮歌が移動していたのだ。
無事、しっぽを奪い残機を増やせた十五班。
話し合いの結果、梶がしっぽをつけることになった。
十五班は、再び他チームを探し始めた。
しっぽはチームで五本つければいいってことは、あと三本奪えばいいのか。
んっ?
衝撃音がするってことは、他チーム同士が争っているな。
十五班は、衝撃音がする方へ向かって走り出した。
その途中で、黒いマントを羽織っている男と遭遇した。
ん?
誰だろう。
梅露広場には、宿泊している人間以外、人はあんまり訪れないって聞いたけど。
今、宿舎に泊まっているのは、実霞青嵐の一年生だけだし。
普通に観光かな。
観光するような場所、ないけど。
それか、迷子か?
迷子だったら、道教えた方がいいよな。
まあ、聞いてみるか。
朝焼は、その男に近づいて話しかけた。
「おい、迷子か?」
「・・・」
目は合ってんのに、何も答えねーな。
その男は、朝焼を見た後、周りにいた十五班の生徒の方へ視線を向けた。
「面倒だな」
「あっ?」
男は、小声で呟いた。
「朝焼ー。避けろー」
太啼棋?
はっ・・・。
男は、朝焼の顔正面目掛けて右ストレートを放った。
朝焼は、太啼棋の声を聞き、なんとか頭を左に倒してそれを避けた。
しかし男は、突然のことで動きが鈍い朝焼の右側面の腹部目掛けて左拳を振るった。
くっ。
ダメだ。
これは避けらんねー。
朝焼は、その攻撃に気づいてはいたものの、避けられないと悟ったが、朝焼の右斜め後方から、太啼棋が男に向かって縦一文字の斬を放った。
男は、太啼棋の放った斬に反応し、朝焼への攻撃をやめ、後方へ下がりながら左手の手刀で横一文字の斬を放ち、太啼棋の放った斬と打ち消し合った。
「こいつ、いきなりなんだよ。てか、誰だよ」
「分からないが、攻撃してきたってことは敵だろ」
朝焼の声に、右隣へやってきた太啼棋が答えた。
敵?
敵って、なんのだ?
「こ、ここは一旦引いて、みんなに知らせようよ」
「五人は広場へ向かえ」
「太啼棋はどうすんだよ」
「俺は、奴を倒す」
「俺も戦うぜ」
伏見裂が引くことを提案したが、太啼棋と朝焼は残って戦うことに決めた。
「それなら、みんなで戦おうよ」
「いいや、四人は広場に戻って、このことを先生に伝えてくれ」
(こいつが何者か分からない。それに、こいつ一人とは限らない。仲間がいるかもしれない。そもそも、なんで攻撃してきたのかも分からない。今は情報が無さすぎる。朝焼は言ったところで聞かねーだろうから、せめて四人は広場に戻って、このことを先生に伝えてほしい)
梶は、全員で戦うことを提案したが、太啼棋はそれを断った。
「行こう」
鎮歌は、太啼棋の考えを理解したように広場へ向かって走り出した。
梶、宮登、伏見裂も鎮歌に続いて走り出した。
(よし。あとは、他の生徒にもこのことを伝えられるのがベストだな。すぐ全員に伝えることはできないが、数人にでもいいから、このことを伝えたい。んっ)
太啼棋がそう考えていると、男は太啼棋に向かって右上がりのスピードが速い斬を放った。
太啼棋は膝を曲げ、左下に身体を屈ませてそれを避けると、男は太啼棋に接近を試みるが、朝焼が二人の間に入り、男に右ストレートを放つ。
男は左下前へ軽くしゃがんでそれを避け、右拳で朝焼の腹部を殴った。
「ぐはっ」
朝焼は、それをもろに食らい、二、三歩後退した。
そんな朝焼の顔目掛けて、男は左拳をフック気味に振るったが、左拳が朝焼の顔に当たる前に、朝焼の右斜め後ろから太啼棋が男の左腹部に左足の横蹴りを当てた。
男は、十メートルほど後退すると、朝焼と太啼棋に向かってスピードの速い横一文字の斬を右手の手刀で放った。
やべえ。
間に合わねーぞ。
朝焼は、速い斬に反応が遅れたが、太啼棋は左手のデコピンで縦一文字の斬を放ち、二つの斬は衝突して消え去った。
(片方は大した事ないが、片方は中々厄介だな)
「HE2、オン」
男がそう呟くと、男の皮膚の下で何かが動き始め、少しすると動きは収まったが、男の肌色が紺色に変化した。
こいつ、ヴィーリアか。
男は、腕を下ろしたまま右手首を曲げ、軽く開いた右手の人差し指を軽く曲げた。
すると、朝焼と太啼棋の近くにある木の枝数本が伸び、朝焼と太啼棋に絡み付こうと動き出した。
朝焼は右手首が枝に捕まったが、瞬時に左手の手刀で斬を放ち、枝を切った。
太啼棋は自分へ向かってくる枝を全て避け、右手の手刀で威力エネルギーを多く含んだ左上がりの斬放った。
スピードも、そこそこ速かったが、男は上空に飛んでそれを避け、そのまま二人に横一文字の斬を右手の手刀で放った。
枝を切ったばかりの朝焼は、反応に遅れた。
「ホルン」
太啼棋は右手を口の前に動かし、ペットボトルに入った水を飲む時の様な形を作ると、右手の中に角笛が現れた。
太啼棋がその角笛を吹くと、朝焼と太啼棋の前に、最大直径一メートルほどの波紋が広がり、男の放った斬がそれに触れると、斬は崩壊した。
「何っ」
男は驚き、少し硬直した。
朝焼は、その隙に両手それぞれの手刀で斬を一発ずつ、計二発放った。
男は、一発は避けたが、二発目は避けられず命中し、後退した。
(今、追い討ちで斬を放っても距離があり避けられる。でも、朝焼のおかげで僅かな隙ができた)
太啼棋は角笛を吹いた。
(晴嵐生徒に告ぐ。正体不明の敵を確認。レクは一旦中止し、各自警戒を)
太啼棋は角笛を吹きながら、心の中でそう唱えた。
その言葉は、角笛の音を聞いた生物の頭の中に響いた。
「敵?」
人知れずチームメイトとはぐれて迷子になり、朝焼たちの近くに一人でいるルリットはその言葉を聞き、辺りを警戒した。
「敵? ここに?」
同じく朝焼たちの近くにいる錬たち六班は、レクを止め辺りを警戒した。
他にも角笛の音を聞いた生徒は、全員レクを止め、警戒態勢に入った。
ただし、太啼棋が吹いた角笛の音は、森の一部、つまり近くにいる生物にしか届かず、広場には到底届かなかった。
さらに、角笛の音を聞いた全ての生物に太啼棋が心の中で唱えたメッセージが届くため、目の前にいる男や、近くに潜んでいるかもしれない敵にも伝わってしまう。
(こいつ。チッ、面倒なことになったな)
男は、右手で頭を掻いた。
すげー。
頭の中で声がしたけど。
今の、太啼棋がやったのか。
太啼棋が角笛を吹き終え、男に視線を向けると、男は太啼棋に向かって左上がりの斬を放っていた。
太啼棋は左手の手刀で縦一文字の斬を放ち、打ち消し合う。
男は、太啼棋との距離を縮めながら、左手の人差し指を軽く曲げると、地面から太くて長い根が二本、太啼棋の両足に絡み付く。
太啼棋は右手に握っている角笛を二回素早く吹き、二つの小さい波紋を作り出し、二本の根に一つずつ波紋を当て、根を粉々に破壊した。
男はその間に、太啼棋に接近しながら左上がりの斬を右手の手刀で放つが、男の右斜め前から、朝焼が右手の手刀で横一文字の斬を放ち、打ち消し合った。
しかし、男は朝焼には目を向けず、太啼棋に接近し、近接戦に入ろうと試みる。
太啼棋は、接近してくる男を見て、角笛をさっきまでとは違う音で吹いた。
それにより、最大直径一メートルほどの波紋が男に触れると、男は後方へ、トランポリンで跳ねる時の様に、弾かれて飛んでいった。
三十メートルほど後退した男に向かって、朝焼は接近し、右足で蹴りを放ち、男の左頬に命中した。
「ちっ、カスが」
男が右手の人差し指を少し曲げると、朝焼の背後にある木の枝が数本伸び、朝焼の両手首に絡み付く。
男は、朝焼に向かって左手の手刀で横一文字の斬を放とうとするが。
「斬技、斬打」
男に急接近していた太啼棋が、右ストレートで斬打をタイミング良く男の腹部に当てた。
「ぐはっーーー」
男は後方へ吹っ飛び、やがて岩に背中から衝突した。
危なかった・・・。
かなり太啼棋に助けられたな。
それにしても、すげー威力だな。
これが斬打か。
おっ。
男は戦闘不能になり、それにより朝焼に絡まった枝も元に戻った。
朝焼と太啼棋は男に近づき、尋問しようとしたが、男は気を失っていたため、できなかった。
「こいつ、なんだったんだ?」
「さあな。こいつ一人ならいいんだが・・・」
朝焼の質問に太啼棋が答えたが、その瞬間に、近くでいくつかの衝撃音が鳴った。
「んっ? この音は」
「ああ。どうやら一人じゃないみたいだな」
朝焼は音に反応し、太啼棋は敵が他にもいることを悟った。
「くそ。太啼棋は左の方に」
「朝焼はどうするんだ?」
「俺は右に行く」
「いや、ここは共に行動した方がいい。敵の人数も正体も分からないんだ。単独行動は危険だ」
「う・・・。確かにそうだな。右行くぞ」
「おう」
朝焼と太啼棋は、衝撃音が鳴る方へ向かって、走り出した。




