8話 オリテン自由時間
実霞と隣接する地域、露松。
露松にある梅露広場宿舎内の食堂に実霞晴嵐学園一年生の姿があった。
そう、夕食の時間だ。
食堂は中央に多数の料理が並べられた長テーブルが、一台縦向きに配置されており、それを中心に、左右に三台ずつ、長テーブルが横向きに配置されている。
左右に配置されている長テーブルには、生徒たちがクラスごとに分かれて座る。
オリエンテーション合宿一日目の夕食はバイキング。
一年一組の生徒たちが、中央の長テーブルの周りに集まり、料理を選んで皿に載せている。
朝焼はルリット、空磨と共に食べる料理を選んでいる。
うわー、美味そうだな。
腹もペコペコだしな。
おー、唐揚げだ。
昼に食ったけど美味かったからなー。
おー、肉じゃがもあるぞー。
サラダも美味そうだなー。
どれを食べようか迷うけど、まずはー。
「おおー。魚ーー。美味そーー」
う、うるせー。
普段の五倍くらい声が出てるな。
お魚大好きルリット君はタラやぶりの煮付けに夢中のようだ。
「肉だーー」
こっちもうるせー。
こっちはいつも通りの声量だが。
空磨は骨付き鶏もも肉のローストチキンやハンバーグに夢中だ。
「うわーーお。フライドポテトだーー」
朝焼もつい声が出る。
料理を取り終えた朝焼たちは席に着いた。
朝焼の席は左隣にルリット、正面に空磨、左斜め前に錬と、いつメンで固まった。
全ての生徒が料理を取り終え、席に座り号令を待った。
「いただきます」
その言葉が鳴り響き、一斉に料理を口に運ぶ生徒たち。
朝焼は口に料理を運びながら、他の生徒が食べている料理に視線を向けた。
ルリットは、タラの煮付け、ブリの煮付け、カレイの煮付け、サバの煮付け、えびの天ぷら、キスの天ぷら・・・って、魚ばっかじゃねーか。
空磨は唐揚げ、骨付き鶏もも肉のローストチキン、ハンバーグ、肉じゃが・・・って、こっちは肉ばっかか。
錬は、グリーンサラダ、シーザーサラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダって、サラダばっかじゃねーか。
錬は、自分で作る弁当のバランスは良かったじゃん。
朝焼は、三人が食べている料理を分析したが、三人ともアンバランスだった。
とは言っても、朝焼が取った料理も、ハンバーグ、唐揚げ、肉じゃが、フライドポテトとアンバランスなのだが。
朝焼とルリット、空磨はすぐに食べ終え、ご飯の御代わりをした後、それぞれ一度目と同じ料理を御代わりしに行った。
「わー。飛藤君だー」
朝焼たちが料理を装っていると、周りからそんな声が聞こえてくる。
御代わりに来ていた洋那の姿を見て、周りにいた生徒がその声を発していた。
みんな洋那のこと知ってんのか?
「飛藤洋那。好きな食べ物は肉じゃがっと」
ん?
なんだ?
朝焼が声のする方を振り向くと、伸徒が朝焼の横に立ってメモ帳に文字を書いていた。
「何やってんの?」
「ふっ、情報収集さ」
「情報収集? お前も探しているのか?」
「ん? 何が?」
「・・・。いーや、なんでもない」
朝焼は、伸徒の情報収集という言葉に強く反応したが、伸徒のキョトンとした顔を見て、自分の目的とは関係ないと考えた。
「ふっ。情報は大切だぞ。情報こそ至高の宝だ」
「・・・。あっ、そうなんだ・・・」
なんかすげードヤ顔で話しているな。
「でも、飛藤洋那のことはみんな知っているよね」
「そうなの?」
伸徒によると、洋那は今年晴嵐学園に入学した新入生の中で、特に実力が高いと学園中で話題になっているらしい。
飛藤洋那、春風雫季、奈村誘紫。
この三人が今年の新入生で特に実力が高く、学園中に名前が知れ渡っていると。
洋那、凄いんだな。
洋那は昔からネヴォントだったけど、まだ幼くてヴォーネが宿ってはいなかったからなー。
斬を放っている姿とか、見たことないや。
少し時間が経過し、夕食を食べ終えた生徒たち。
ここからは、明日の午前九時まで自由時間。
朝焼は少し部屋で休み、その後、外に出て暗くなった森の中に足を運んだ。
今日の球転がし。
良夜さんと深太刀君、凄かったな。
斬だけなら俺もちょっとは自信あったんだけどなー。
俺はネヴォントだけど、ベズンズは発現してないし。
それどころか、ベガズすら使えないし。
その分、ヴォーネが宿ってからは斬を鍛えてきたはずなんだけどなー。
斬エネルギーとかいうのも上手く感じ取れないし。
となると、斬の威力を上げるには、ヴォーネの質を上げるしかないか。
でも、どうやって上げるんだ。
仏頂面堅物教師がすぐにはどうしようもないって言ってたし。
うわぁー。
もう考えたってしょうがねー。
朝焼は動きながら、森の中にある岩や小川に向かって斬を放ち続けた。
よし、次はあの岩に向かって・・・。
「いってーー」
朝焼が、狙いを定めた岩に向かって斬を放とうとした時、誰かの頭と朝焼の頭が衝突し、声が重なった。
「ルリットーー」
「朝焼ーー」
その誰かは、朝焼と同じように、動き回りながら斬を放ち、修行を行っていたルリットだった。
二人は、動きながらお互いに斬を放つ修行を行うことにした。
朝焼とルリットは、動き回りながら手刀で斬を放ち続けた。
斬の向きは縦だったり横だったり斜めだったりと、その時に合わせて適切な向きで斬を放っている。
相手が縦に放ってきたなら縦以外、横なら横以外と、斬同士が確実に衝突するよう放っていた。
朝焼とルリットの斬は、威力がほとんど互角で、衝突するとどちらの斬も消滅していた。
ルリットと斬の威力は互角か。
でも、斬のスピードはルリットの方が速いし、斬を飛ばすコントロールもルリットの方がうまいな。
朝焼が放った斬は、時折木々の隙間をきれいに通り抜けることができず、木々に衝突することがあるが、ルリットの放つ斬は木々に衝突することなく、木々の隙間を通り抜けている。
しかし、ルリットの放つ斬は時折朝焼まで届かずに消え去ることがある。
ルリット、斬の距離エネルギーを調整しているのか?
確かに、特訓するなら何かを変えないとだよな。
斬エネルギーを全て出し切ることを意識してやるか。
いーや、そもそも斬エネルギーを上手く感じ取れねーんだよな。
だから、斬エネルギーを出し切ることも、斬の速さや距離を調整することも、意識してできないんだよなー。
んー。
だとしたら、今やるべきは斬を飛ばす時のコントロールか。
つっても、コントロールはどうすればいいんだ?
・・・。
そうだ。
「ルリット、一回ターイム」
「ん? どうした?」
「ルリット。斬を飛ばす時のコントロールの仕方を教えてくれっ」
「コントロール?」
「そっ。どうやってコントロールしてんの?」
「狙ったところに放つだけだよ」
「・・・。いや、確かにそうだけど」
感覚で覚えるタイプのルリット君・・・。
でも、狙った方向へ飛ばすのはやっぱり慣れなのかな。
「朝焼も狙ったところに放てているじゃん」
「いや、そんなことないよ。現に結構木にぶつかっているし」
「それは速いスピードで動きながら放っているからじゃない?」
「えっ?」
動きながら?
そうか。
その場に止まっていたり、相手に対して真っ直ぐ前方に動きながらだったら、斬を狙った位置に飛ばせていた。
狙った位置に飛ばせていなかったのは、それ以外の方向に速く動きながら斬を放つ時だ。
いいや、狙った方向に飛ばせていなかったんじゃなくて、速く動きながらだったから、それで狙いがずれていたのか。
なるほど、ルリットのおかげで分かってきたぞ。
「ルリット、再開しようぜ」
二人は再び、お互いに向かって斬を放ち始めた。
二人は平行に移動しながら斬を放ち合った。
まずは、ルリットがどう放っているのか観察しよう。
・・・。
ルリットは、斬を放つ時、一瞬移動スピードが遅くなるな。
そうか。
恐らく、斬のコントロールは慣れだ。
でも、慣れないうちは速く移動すればするほど、斬のコントロールがずれる。
だから、ルリットは斬を放つ時に移動スピードを緩めて、できるだけ狙いにずれがなくなるようにしているのか。
よし、俺もやってみよう。
朝焼は早速、ルリットと同じように、斬を放つ瞬間、移動スピードを緩めた。
なるほど。
かなりずれがなくなり、狙いやすくなったな。
おまけに、スピードを緩めたことで、相手の狙いもずらせている。
朝焼とルリットはしばらく修行を続け、やがてヴォーネが尽きた。
「ぐうー」
朝焼とルリットの腹が同時になった。
「ルリット、飯食おーぜ」
「そうだね」
二人は一旦修行をやめ、腹を満たそうとしたが。
「あれ、でも飯なくね」
ここは森の中に位置する宿泊地。
この宿舎に自動販売機はあり、飲み物は売っているが、食べ物は売っていなかった。
朝焼は、前日の夜に急いで準備をしたため、携帯食は持ってきていない。
ルリットも携帯食を持ってきていなかった。
二人はとりあえず一度、宿舎に戻った。
一年一組男子部屋に足を運ぶと、鍛錬を終えた錬の姿があった。
朝焼とルリットは、錬に夜食の相談をすることにした。
その結果、南西の森を抜けた先にお店があることが判明し、朝焼とルリット、そして錬も一緒に、そのお店へ向かうことにした。
南西方向に森の中を進む三人。
懐中電灯を持つ錬を先頭に話しながら歩いていると、段々錬のテンションが上がっていった。
「錬って夜行性?」
「えっ? 違うと思うけど、なんで?」
「いや、勘違いかもしれないけど、今凄いノリノリだから」
「今はワクワクしてるよ」
「だろー。やっぱり」
「うん、だってここの森、夜になると幽霊が出るって言われているらしいし、会えないかなぁってワクワクしてるんだっ」
「えっ、幽霊・・・」
「幽霊ーーー」
朝焼は錬と普段通りに話していたが、幽霊が出るという言葉を聞き、朝焼とルリットは全身を震わせながら叫んだ。
「ゆ、幽霊? そ、そんなの。い、いるわけないだろ・・・」
「そ、そうだよ。いないいない」
「ははははは・・・」
全身と声を震わせながら朝焼とルリットが会話し、ぎこちない笑い声を発する。
幽霊の存在を否定した朝焼とルリットだったが、幽霊の話を聞く前より明らかに近い距離で歩き始めた。
一人楽しんでいる錬を先頭に、右後ろにルリット、左後ろに朝焼がピッタリとくっついて歩いている。
そのまま少し歩くと、三人の近くで右側から、何かが迫って来る様な物音が聞こえてきた。
「ぎゃあああああ」
右側を歩いていたルリットは飛び跳ねながら悲鳴を上げ、同じく悲鳴を上げていた朝焼と抱き合った。
「おっ。おっ。何かな。幽霊かなっ」
一人テンションが上がっている錬は、懐中電灯の光を、音がする方へ向けた。
それと同時に、木々の間から何かが姿を現した。
「で、でたーーー」
「うおおおおおお、気合いだーーー」
「わあーーー・・・。って、空磨かよ」
朝焼とルリットは、抱き合い、大量の汗を顔から流しながら叫んだが、空磨の姿を見て叫ぶのをやめ、ツッコんだ。
空磨は一人で鍛錬を行っていたところ、三人と遭遇した。
三人は、夜食を買いに行くことを話し、お腹を空かせていた空磨も一緒に、お店へ行くことになった。
しばらく南西に進み、森を抜け、少し歩くとすぐにお店が視界に入った。
四人は、カップラーメンを買い、近くの公園で食べることにした。
朝焼は豚骨味、ルリットはさば味噌煮味、錬は野菜炒め味、空磨は激辛スンドゥブラーメンを買った。
さば味噌煮味って、そんな味あんの?
野菜炒め味も何?
食べたことねーや。
スンドゥブに関しては、初めて聞いたわ。
「わぁー。星が綺麗だよー」
錬は、カップラーメンを食べながら夜空を眺めた。
本当だ。
綺麗だな。
錬の声を聞いた朝焼は、表情筋が緩み切なそうな表情で夜空を眺めた。
公園で、綺麗な星空か。
悠と凛とよく見た景色だな。
夜中まで遊んで、疲れ果てて倒れると、その疲れを癒すように星が輝いていた。
まあ、日によっちゃあ、シャワーを浴びることもあったし、先生の怒りが光り輝き鳴り響くこともあったな。
「かっ、かれーー」
朝焼が昔のことを思い出していると、カップラーメンを食べていた空磨が叫び声を上げた。
「これ、いつもよりかれーんだけど」
「空磨、このカップラーメン、辛さレベル五って書いてあるよ」
「辛さレベル? なんだそれ」
「なんで、いつも食ってんのに知らねーんだよっ」
空磨がカップラーメンを不思議そうに眺めていると、錬が空磨の持っているカップラーメンを見て答えた。
いつも食べているのに、辛さレベルの存在を知らなかった空磨に朝焼と錬がツッコんだ。
しばらくして、四人全員がカップラーメンを食べ終えると、四人は宿舎に向かって歩き始めた。
行きと同じ道を歩いている面々。
行きと同じ様に、幽霊にビビりまくる朝焼とルリット。
先頭を歩いている錬に、朝焼とルリットは全身を震わせながら、くっついて歩いている。
そんな風に、歩いている四人の近くから物音が鳴り、黒い影が動いた。
「で、でたーー。今度こそでたーー」
朝焼とルリットは大声を上げた。
「・・・。なんもいねーぞ」
空磨はそんな二人を見ながら、冷静に答えた。
「いや、物音だけじゃなくて、人影が・・・」
「誰もいねーぞ。もしかして、朝焼、ビビってんのか?」
「べ、別にビビってねーし。早く行こーぜ」
朝焼は、空磨の両肩を後ろから掴み、空磨を盾にするようにして、走り出した。
ルリットはそんな朝焼の両肩を後ろから掴み、二人に続いて走り出した。
錬は三人の後ろをスキップしながら軽く走り、宿舎へ向かった。
そんな四人を見つめる不穏な視線が森の中に潜んでいた。
朝焼たちがいる南西の森とは異なる、北の森中。
小川が流れ、蛍がその小川や付近の木々を照らしている。
その小川の近くに、水色のパーカーと白いズボンを着用した少年が、斜め上を飛んでいる蛍を眺めている。
「颯ー。行くよー」
その少年、真兎颯が声のする方へ振り向くと、同じ年くらいの少年三人の姿があった。
黒いジャージとネックウォーマーを着用している少年、敷谷痲古戸、クリーム色の羽織と紺色の袴パンツを着用している昏渓喬呀、そして、颯に声を掛けた、濃い青色と黒色のブロックチャック柄のシャツと黒い長ズボンを着用している柄御詞唱巻。
颯は、三人と共に、宿舎とは反対の方向へ歩き出した。




