4話 面談作戦
朝日が昇り、生徒の足音が微かに響き始めた頃。
実霞晴嵐学園第二校舎の会議室に朝焼、錬、ルリット、空磨の四人と、藍人、生徒指導教員の高坂政来、そして校長の西浜杢静が集まっていた。
教員たちが、特に指示をしたわけではないが、なぜか正座をしている四人。
昨晩、開かずの扉を求め、地下で煙人間と戦闘になった朝焼たち。
その戦闘の影響で、倉庫部屋の床は崩壊し、そこに保管されていた道具も全て無になってしまった。
あの後、物音を聞きつけ、数人の生徒が集まってきた。
四人は、その生徒たちが呼んだ藍人と救助隊によって救助された。
その後、晴嵐医療班の治療を受け、すぐに回復した四人。
夜も遅かったため、詳しい話は明日ということで今、朝一番で集められたというわけだ。
「ガハハハハハっ。煙人間か。実に面白くて興味深いのう」
「校長、笑いすぎです」
四人が昨晩の出来事を話すと、校長の杢静は爆笑し、それを軽く注意する政来。
「あのー。処罰はどうなりますか?」
「処罰? ああ。そんなものはあらせんよー」
「えっ?」
錬が不安そうに尋ねると、杢静は『何を聞いているんだ』といったような態度で答えた。
四人はその言葉を聞き、思わず声が出る。
「好奇心旺盛、良いことではないかっ。それに、未知の敵と全員で闘い、無事に戻った。倉庫部屋をめちゃめちゃにしたのも元気があってよろしい。がはははははっ」
「校長ー」
杢静の言葉に、藍人と政来がツッコミ気味に声を発する。
二人の心境は、『少しくらい注意しろよ』といったところだろう。
「マジでー? ありがとう、じいちゃん」
「ほっほっ。気にせんでええよー」
朝焼は杢静の右手を両手で包み込むように握り、上下に腕を振った。
良かったー。
てっきり、床の工事費用負担とか、日用品の弁償とか、退学とか、逮捕とかになると思ったけど。
助かったーー。
「しかし、何もなしというのは・・・」
政来も杢静同様に、四人の生徒を責め立てる気はなかったが、日用品及び倉庫部屋を壊したのも事実で、少なからず迷惑を被った生徒もいるため、何もなしということに少し引っかかっていた。
「では、こうしよう。今日と明日、学校が終わったら第四寮の共同スペース、そこの掃除をしてもらおうかのう」
「えーー。掃除ーー。全然いいぜーー。ところでさ、あの煙人間はなんだったんだ?」
「さあ、なんじゃろうなー。気になるなら、調べてみるとええよ」
調べるかー。本とかに載ってんのかな?
図書室にでも行ってみっか。
「ほれ、もうすぐ朝礼が始まるじゃろ。教室に戻りなさい」
「はい。失礼しましたーー」
四人は会議室を後にした。
「良かったね。重い罰じゃなくて」
錬は安心した声を漏らした。
会議室の中では、三人の教員がまだ会話をしていた。
「校長。煙人間の正体、本当にお心当たりはないのですか?」
「ほっほっほ。ないこともないんじゃがのう。まあ、答えも大切じゃが、それよりも大切なのは“なぜ?”じゃよ。疑問がなければ答えもないからのう」
藍人の問いに、杢静が答えた。
一限の授業が終わり、休み時間。
朝焼は錬と教室の後ろ、スクールロッカーの近くで話している。
「うーん。どうすっかな?」
「どうしたの? 朝焼」
「いやー。どうやって全員を調査しようかなって」
「調査? なんの?」
「クラスメ・・・。えっ? 何が?」
やべ。つい話しちまうとこだった。
でも、どうすっかなー。
いきなり全員と話すのもなー。目立つような気がするし。
朝焼は、昨日思い浮かんだ、クラスメイト面談作戦の実行を試みていた。
「よく分からないけど、手伝おうか?」
「マジでーー。手伝ってくれんのかーー?」
「う、うん」
錬、優しいなー。
「俺も手伝おうか?」
「ルリットも手伝ってくれんのかー?」
「うん」
ルリットー、いい奴だなー。
「朝焼ー。なんだ? また何か企んでいるのか? 飯か? 美味い食べ物か? 俺も手伝うぞー」
「おうー。空磨ー」
空磨ー。相変わらず声がデカくて騒がしい奴だなーー。
でも、三人が手伝ってくれたら、俺が目立つこともない。
三人の力を借りるか。
朝焼は、クラスメイトの簡単なプロフィールを知りたいと話した。
それを聞いて錬は、一人が四人に話を聞けば全員を網羅できると提案した。
四人は、それぞれが話しかける人を決め、機会を伺った。
朝焼の担当は出席番号三番塔山昂大、十三番レアン・フーパー、十六番葉築琴音、十八番柚風惣夜になった。
昼休み。
「塔山君ー。一緒に飯食おーぜ」
朝焼は、教室で昼食を取っている昂大に話しかけた。
昂大は背も高くガタイがいい。
体格はルリットに似ている。
髪の毛は灰色で耳に掛からない程の長さの男子生徒。
「うん、いいよ」
「サンキュー」
朝焼は前の席に座り、昂大の方を振り向き、今朝購買で買った鮭おにぎりを開けながら話しかけた。
「塔山君はどこ出身?」
「ここだよ」
「ここ?」
「そう、実霞中心の少し南」
ああー。実霞晴嵐があるここね。
「じゃあ、趣味とかある?」
「うーん、特に無いかな」
その後も二人の会話は少し続いた。
昂大の口調は穏やかで優しく、ゆったりとしているな。
そして、優しい笑顔を向けてくれる。
少し話してみたところ、おっとりって感じかな。
「希山君。そこ、どいてくれる?」
「んっ? げっ・・・」
朝焼が声のする方を見ると、朝焼が今座っている席の所有者である志野原梨菜が声を掛けてきた。
志野原梨菜・・・。真面目でしっかり者な印象。
委員長タイプ・・・。
「は、はい。すぐにどきます」
朝焼はすぐに立ち去った。
午後の訓練の休憩時間。
朝焼は出席番号八番嶺内編紗と十四番桐内ひなこと会話しているレアン・フーパーを呼んで話しかけた。
レアンはオレンジ髪のショートカットで、おでこを出している女子生徒。
虹彩もオレンジ色をしている。
「ごめん、急に呼んで」
「大丈夫だよー」
「ちょっと話したくて、レアンはどこ出身?」
「イナミラだよ」
イナミラか。確か、大陸も違うよな。
んー。でも食が有名みたいな話をどこかで聞いたような。
あー、そうだ。悠が言ってたんだ。
「イナミラって飯、旨い?」
「うん。すっごーい美味しいよー。特にピザとかパスタとか。でも、桜月もご飯美味しいよね」
「へぇー。そうなんだ」
ピザとパスタかー。
いいなー。
桜月ではあんまり食べる機会がないからなー。
そういえば、この前特製明太スパとかいうおにぎりを食べたな。
ん? パスタとスパゲッティって何が違うんだ?
まあいっか。
「じゃあさ、趣味はあったりする?」
「あるよー。写真を撮ることー」
「写真? どんな写真を撮るの?」
「色々だよ。景色とか建物とか」
「へぇー。すげー」
写真かー。撮ったこともねーや。
朝焼は休憩時間いっぱい、レアンと会話をした。
レアンは話しやすかったな。
明るいし、あと素直そうだった。
終礼が終わると、朝焼はすぐに葉築琴音に話しかけた。
琴音は翡翠色の髪の毛でお団子の髪型が特徴の女子生徒。
「葉築さん。少しだけ時間貰ってもいい?」
「うん。どうしたの? えぇーと、希山君」
「ちょっと話したくて。葉築さんはどこ出身?」
「出身は実霞だよ」
「中心地?」
「ううん。北の方だよ」
「そっか、趣味とかはある?」
「えぇーと、絵を描くのは好きだよ」
「絵かー。俺も絵描くのは好きだけど下手なんだよなー」
「ふふっ。そうなんだ。私も上手くないけど好きなんだ」
葉築さんは少し人見知りっぽいな。
でも、ちゃんと話してくれたし、優しくていい子だな。
放課後、朝焼は柚風惣夜に話しかけるため、室内の第五訓練所に足を運んだ。
「おっ。柚風君。今ちょっといい?」
「ん? 希山君。いいけど、どうかした?」
「ちょっと話したくて、柚風君はどこ出身?」
「実霞の東の方だよー」
「そっか。趣味とかは何かある?」
「うーん、なんだろう。趣味かは分からないけど、星空を見るのは好きだよ」
「星ーー。好きなのか?」
朝焼の声が急に大きくなり、惣夜との距離も近くなる。
「えっ。う、うん。好きだけど・・・」
「あっ。ごめん」
星が好きなのか。
凛も好きだったから、昔は俺もよく星を眺めてたなー。
それもあって、つい大声を出しちまった。
・・・。あれ、ちょっと待った。
今って何時だ。
「やべーー。掃除があんだったー。ごめん。ありがとう。またなっ」
朝焼は、第四寮の共同スペースの掃除をすっかり忘れていた。
「はあはあ、とうちゃーく」
「じゃねーよ。どこ行ってたんだよっ?」
「あはは。ごめんごめん。ちょっとな」
既に掃除を始めていた空磨が朝焼に問いかけた。
その後、朝焼はしっかりと掃除を行った。
ロビー、通路、大浴場と。
掃除を終えた朝焼は、自分の部屋に錬とルリット、空磨を呼んで作戦(ただ話すだけ)の結果を聞いた。
まず最初に錬から。
錬は出席番号二番志野原梨菜、十一番河上かのん、十七番山下寧、二十番深太刀奏と話してくれた。
志野原はまあ、なんとなく想像はついていたが委員長タイプらしい。
しっかりしていて真面目だと。
河上さんは明るくて少し天然ぽいと。
山下さんはなんかゆる〜い感じらしい。
深太刀君は兎に角言葉が少なく、少し暗い雰囲気らしい。
次にルリット。
ルリットは一番暮野段、八番嶺内編紗、九番追沢伸徒、十九番良夜夕葉と話してくれた。
暮野君は、一番好きな魚はイワシらしい。
嶺内さんはカレイが好きだと。
伸徒は鯖、良夜さんは秋刀魚が好きだと・・・、ってなんの話?
てか、伸徒のことは結構知ってたな。
最後に空磨。
空磨は四番村園茉菜香、五番ヌナト・シーパー、七番遠藤りのか、十四番桐内ひなこと話してくれた。
村園さんには、話しかけると「声が大きい。周りに迷惑です」と言われ相手にされなかったと。
ヌナト君とは話せたが、ほとんど空磨が喋っていたと。
りのかは、まあ俺の方が知っているし、話してもらう必要なかったな。
桐内さんには、話しかけると逃げられたらしい・・・。
・・・。
ルリットの情報はよく分からねーし、空磨に至っては何も情報無くね。
ん? てか、そもそもこの作戦自体意味なくねー。
スパイがちょっと話したぐらいでボロ出さないだろうし、クラスにいるかも分かんねーし。
まあ、でもクラスメイトのこと、よく知れたからいっか。
七人のことは知れてないけど。(ルリットと空磨が話した、りのかを除いた七人)
次の日。
「今日は化学からだ」
藍人が授業を始める。
はあー。スパイのことは今考えても分かんねーし。
次は、あの組織の情報集めだな。
情報ってことは資料室にあんのかな?
「では、ここの化学反応式を朝焼」
んー。流石に図書室にはないだろうし。
いくら晴嵐に情報が集まりやすいといっても、俺の欲しい情報は簡単には手に入らないだろうしなー。
てか、資料室ってどこにあんの?
「朝焼ー」
そもそも第二校舎の構造も把握できていないしなー。
今日、冒険すっか。
んっ。そうだ。夜なら探索しやすいな。
「あーーさーーやーー」
「あっ? ・・・」
「あっ? じゃねーーよ。さっきから聞いてんだろっ」
「な、何を?」
「こーこーのー、化学反応式ー」
「え、えーっと、ごほん。X=2」
「・・・。じゃあ、ルリット。代わりに答えて」
「Y=2」
「・・・。さっきから数学じゃねーんだよっ」
藍人の大声が教室に留まることなく、第二校舎中に響き渡る。
この後、朝焼とルリットには宿題が出された。
夕日が真っ赤に染まる頃。
朝焼と錬、ルリット、空磨は昨日に引き続き、第四寮共同スペースの掃除をしていた。
数十分経つと掃除は終わり、朝焼は外に出て第二校舎を見つめる。
んー。まだ早いか。
よし。明日、明後日は休日だし、十時にしよう。
名付けて、夜中に学校侵入作戦だ。
十時に侵入開始。
毎度のごとく、何も名付けていないが朝焼は時間が来るまで部屋で準備を始めた。
まずは懐中電灯、黒い上着及びズボン、手袋、ニット帽、マスク、そして針金の準備だな。
んー。ニット帽と手袋、マスク、針金が無いか・・・。
待てよ。確か今日俺とルリットに出された宿題のプリントに・・・。
あった。クリップ。
これを伸ばせば。
針金はもう一つ必要だ。
ルリットに貰うか。
朝焼はルリットの部屋に行き、クリップを譲ってもらった。
あとは、ニット帽と手袋、マスクだな。
まあ、ニット帽は無いかもだけど、手袋とマスクは一つくらい倉庫部屋にあるだろ。
朝焼は倉庫部屋に足を運んだが。
・・・。そうだ。そうだったーー。
どっかの誰かがぶっ壊しちまったんだ。
仕方がない。ニット帽と手袋、マスクは諦めるか。
朝焼が準備を終え、少し時間が経過すると、作戦決行の午後十時を時計の針が回った。




