3話 VS煙人間
実霞晴嵐学園第四寮一階倉庫部屋の地下。
朝焼と錬、ルリット、空磨の視線は一つの場所に集まっていた。
黒色と紺色が混じった煙が外へ捌けると、何かが四人の視界に入ってきた。
黒色と紺色の煙で人間の様な姿をしている何かは、煙で形成された甲冑を身に付けている。
なんだ、あれは。
生物なのか、違うのか。
見た目から、煙人間と言ったところか?
ん?
「全員避けろー」
朝焼は、目の前にいる何かを煙人間と名付け、その煙人間が四人に向かって斬を放ってくることを予期し、声を上げた。
煙人間は右手の手刀で横一文字に五メートル程の斬を放ってきた。
それを、朝焼、錬、ルリットは飛ぶなりしゃがむなりして避けたが空磨は避けることができず、腹部に命中した。
「空磨ー。大丈夫か?」
「ぐっ。ああ」
なんとか立ち上がっているが、恐らくかなりのダメージだ。
てか、いきなり攻撃してきやがったぞ。
あいつはなんなんだ?
しかも、多分閉じ込められたな。
朝焼は地下スペースの側面、天井、床全てを黒色と紺色の煙が覆っているのを見てそう考えた。
煙人間は、再び先ほどと同じ様に特大の斬を放ってくる。
朝焼と錬、ルリットは再びそれを避けたが、空磨は避けきれず胸部に命中した。
「空・・・。ぐはっ」
「うっ・・・」
朝焼は斬を受けた空磨に視線を向けたが、不意に後方から飛んできた斬が朝焼に直撃した。
ルリットと錬の後方からも斬が飛んできて、二人にも命中する。
煙人間はまたまた同じ様な斬を放つ。
空磨は左膝を床につけ、座り込んでいるため、今回放たれた斬が命中することはなかった。
朝焼、錬、ルリットの三人は再び特大の斬を避け、追撃に備えすぐに振り返って後方を向く。
「ぐっ・・・」
しかし、今回は右から斬が飛んできて、三人に命中する。
なんだ? 特大の斬は確かに避けきっているはず。
奴は最初の位置から動いていない。
追撃で斬を放ってもいない。
じゃあ、この追撃はなんだ?
二回の追撃、一回目は後方から、二回目は振り返って右から。
追撃が飛んでくる方向に共通点はない。
だが、二回の追撃に一つだけ共通点がある。
まあ、俺の感覚だが突き上げられるような感触。
ってことは下から放たれている。
床からか?
だが、床は黒い煙で覆われていて何も見えない。
「ルリット。僕の方へ床と平行かつすれすれで斬を放って。朝焼はそれを避けて」
真ん中にいる錬が右にいるルリットと左にいる朝焼に指示を出す。
「わかった」
ルリットは思いっきり膝を曲げてしゃがみ込み、床に触れるか触れないかのぎりぎりのところで朝焼たちがいる方へ斬を放った。
朝焼と錬はジャンプしてそれを避け、床に視線を向けた。
すると、斬の衝撃で煙が数秒捌ける。
「影」
煙が捌けた先にあったのは影だった。
ってことは影から追撃がきているのか?
朝焼と錬は影を確認したが、すぐに黒い煙が再び床を覆う。
さらに、煙人間が同じ様に斬を放ってくる。
一発目は三人とも避け、影からの追撃に備えるが、煙で影が見えず、今度は前方の下から飛んできた。
「ぐほっ」
影の位置が変わっている?
あいつの能力か。
「錬、ルリット。あいつ、影の位置を変えているぞ」
「うん。でも、多分それだけじゃない」
「どういうことだ?」
「さっき見た影はかなり小さかった。影のどの部位から斬が放たれているかは分からないけど、今の追撃は床を底辺にかなり角度が小さかった」
「・・・。何言ってんだ?」
「要は影の大きさも変えているってこと。恐らくあいつは、影を作り出して操作している。そして、斬を放つとその影から追撃で斬が放たれる。そういう能力だと思う」
錬、すげーな。
だが、どうする。
影の位置も大きさも変えられ、しかも黒い煙で床が見えない。
例え煙を捌けても再び床に広がる。
「下の煙は俺がなんとかするよ」
「ルリット。でも、どうやって?」
ルリットは両手で拳を握り、胸の前で合わせた。
「ふぅー。ルビイ」
ルリットがそう呟くと、ルリットの体中を赤いオーラが包み込む。
そのオーラはまるで宝石の様に輝いて。
「ルリット?」
「長くは持たない。あいつは頼んだぞ」
ルリットは床に向かって右拳を振り下ろす。
「いっ・・・」
すると、衝撃波で床の煙が吹き飛んでいく。
朝焼と錬の髪の毛も強風に吹かれた時の様になびく。
すげー。床の煙が捌けていく。
それも広範囲の。
そんなことができるって事は、とんでもない威力で拳を振るっているんだな。
でも、煙を捌けさせ続けるには床を殴り続ける必要がある。
しかも、あの威力で。
てか、あんな強烈なパンチ、床が持たないんじゃねーの。
急いであいつを倒すしかないな。
「錬。いくぞ」
「うん」
錬は目を閉じ深呼吸をした。
「すーはー。VF2・・・オン」
錬が小声でそう呟くと、錬の肌色が少しだけ紫っぽくなった。
「錬?」
確か錬はヴィーリア。ウイルスや細菌の力を使う宿り人。
ウイルスか細菌の力を使ったのか。
朝焼と錬は煙人間に接近しようと試みる。
煙人間は毎度と同じような斬を放ってくる。
朝焼と錬はそれを避け、すぐさま床にある影を確認し、追撃の斬を避けるもしくは斬を放って打ち消した。
追撃の斬を避けた錬は煙人間に向かって右手の手刀で右上がりの斬を放つ。
その斬を煙人間は飛んで避けた。
錬、小テストの時とは比べ物にならない威力だな。
それどころか、空中で瞬時に姿勢を変えて追撃の斬を避けるとは。
身体能力が凄い向上している。
これがヴィーリアの力か。
「くっ」
そんな声が後方から聞こえてくる。
「んっ。ルリット・・・」
ルリットは床に打ち付けた拳の衝撃で、一発目の特大の斬は打ち消したが、追撃の斬をもろに食らった。
床に煙が広がらないように右拳と左拳をタイミング良く交互に打ち付けていたルリット。
煙をどかすことに集中していたため、追撃の斬に反応できなかった。
「くっ。斬」
朝焼はルリットの状況を見て早急に決着を着けようと慌てて斬を放った。
しかし、そんな滅茶苦茶に放った斬は煙人間に当たらず、簡単に避けられる。
煙人間は避けた直後に斬を放った。
朝焼と錬はそれを避け、追撃に備える。
影を見て追撃を避けた二人は煙人間に斬を放とうとするが。
「ぐはっ」
「くっ」
影は一発の斬を追撃で放った後、すぐに位置を変え、二回目の追撃を放ってきたのだ。
朝焼と錬は前方から斬を受けたため後方へ飛ばされ、折角縮めた煙人間との距離が広がった。
くそっ、元の位置まで戻っちまった。
連続で追撃の斬を飛ばせるのか。
それじゃ、距離を縮めるのは困難だぞ。
「朝焼、錬。俺が一気に奴との距離を縮めさせるから、その後は頼んだぞ」
「ルリット。どうする気だ?」
朝焼とルリットの会話の途中で、煙人間が斬を放ってくる。
朝焼と錬はそれを避け、影に注目したが。
「うわーー」
ルリットがこれまで一番の威力で右拳を振り下ろすと、途轍もない衝撃波が発生した。
それにより、朝焼と錬は前に吹き飛び、その影響で影からの追撃を置き去りにして一気に煙人間に接近した。
しかし、ルリットは完全に無防備になり、それに加えルリットの足元は崩れかけていた。
さらに、高威力のパンチを放ち続けていたため、スタミナもあまり残っていなかった。
煙人間が放った斬は衝撃波で消滅したが、影からの追撃は避けきれない。
ルリットは影からの追撃を直に受けた。
「ぐはっ」
しかし、追撃は一発で終わらず、二発目が飛んでくる。
(まずい・・・)
ルリットは動けず、追撃の斬が直撃しそうになるが。
「くっ・・・」
「空磨・・・」
影からの追撃で、身動きを取れていなかった空磨が身を挺して、ルリットに向かって飛んだ斬を受け止める。
それと同時に、空磨自身に向かって飛んできた斬も受け止める。
しかし、さらに三度目の追撃が二人を襲う。
それぞれに向かって飛んできた二発の斬。
その二発の斬を再び空磨が受け止めた。
「く、空磨ーー」
空磨はその場に倒れ込んだ。
一方、朝焼と錬は吹き飛びながら煙人間に接近していた。
煙人間は朝焼と錬に向かって斬を一発ずつ両手それぞれの手刀で放つ。
朝焼が自分に向かって飛んでくる斬を、斬で打ち消そうとすると、横から斬が飛んできて、朝焼に向かっていた斬を打ち消した。
「朝焼ー。あいつは任せた」
錬は、自分と朝焼に向かう影からの追撃を斬で打ち消す。
朝焼は錬の言葉を聞き、煙人間に集中する。
煙人間は朝焼に向かって斬を放つ。
「ふぅー。斬」
朝焼は全力の斬を放った。
二つの斬は衝突したが、朝焼の放った斬の威力が上回り、煙人間の放った斬は消え去った。
朝焼が放った斬は、そのまま煙人間に命中した。
煙人間は後方へ吹き飛び、そのまま壁に打ち付けられ、その場に倒れ込んだ。
「錬っ」
朝焼が錬の方へ振り向くと痩せ細った錬の姿があった。
錬はその場に座り込んでいる。
「大丈夫かっ?」
「うん。大丈夫・・・だよ」
ウイルスや細菌の力を使った代償か?
かなり疲弊しているな。
次に朝焼は、離れた位置にいるルリットと空磨に視線を向けた。
「ルリットー、空磨ー。大丈夫かー」
「はあはあ。俺は大丈夫だよ」
「俺も、へーきだ・・・」
朝焼の言葉に、ルリットと空磨が順に答える。
ルリットは立ち上がれているが、空磨はその場に座り込んでいる。
ふぅー。取り敢えず、全員無事だったか。
良かった。
朝焼は、ほっとした表情で三人を見た。
そして、視線を煙人間に向けた。
ん? なんだ? 煙人間が膨張している。
・・・。まさかっ。
「ルリットー、まだ動けるかー?」
朝焼は大声で呼び掛けた。
「ああ。動けるよ」
「俺が天井に向かって思いっきり斬を放つ。そしたら、一発どでけぇの頼む。空磨を抱えて」
「・・・。分かった」
ルリットは、煙人間の異変に気がついていなかったが朝焼の言葉を聞いて、天井に視線を向ける。
朝焼は天井、すなわち倉庫部屋の床に向かって両手それぞれの手刀で右上がりと左上がりの斬を一発ずつ、交差するよう同じ位置に放った。
倉庫部屋の床は崩壊し、瓦礫が崩れ落ちる。
ルリットは再びルビイを使用し、上空へ本気で右拳を振り上げる。
そのパンチの風圧で崩れ落ちてきた瓦礫を全て吹き飛ばした。
そしてすぐに、朝焼は錬を、ルリットは空磨を担いで思いっきり上空へ飛んだ。
それと同時に煙人間が爆発し、煙が飛び散るが四人には届かなかった。
・・・。爆発したけど、周りの壁とか、特に崩れてないし、もしかして何もしなくても被害なかったか?
煙人間が爆発して、煙が飛び散ったが、飛び散っただけで何も起こらなかった。
朝焼とルリットは、地下室の床に着地した。
「はあ。なんともなかったな」
「うん。でもどうする?」
「そうだな・・・。ここから出れねーし」
朝焼とルリットは、崩壊を免れたほんの僅かな倉庫部屋の床の一部を見て、軽くため息をついた。
「そういえば、朝焼。凄い斬だったね」
「それを言ったら、ルリットのパンチの方が凄かっただろ」
「だって、朝焼、テストの時より全然凄かったから」
「んー? テストー・・・」
やべーー。そうだ。俺、身を潜めてたんだったー。
まあ、でもそんなこと言ってられる状況じゃなかったし。
・・・。やべ、口調が・・・。
「えぇーっと、田暎廼君と白刻君、大丈夫?」
「・・・。なんだ、その口調?」
「えっ?」
朝焼の話し方に空磨がツッコんだ。
「希山君。いつも急に口調が変わるよね。温厚な口調になったり、フランクで親しみやすい口調になったり」
「そうそう。いつも急に変わる」
続いて、錬とルリットも朝焼の口調の変化について言及した。
朝焼のおかしな口調の変化は、三人に気がつかれていた。
「ちょっと待て。それを言ったら、錬だってさっきは名前で呼んでたのに、今は希山君に変わってるじゃん」
「あれは、緊急時だったから」
「いーよ。ずっと名前で呼んでくれて」
「そう? ありがとう」
錬も朝焼を呼ぶ時、名前だったり苗字だったりで呼び方が変わっていた。
「でも、なんで口調変えたり、テストで手抜いてたんだよ?」
空磨は長座位で両手を後ろにつけ、くつろぎながら尋ねた。
「・・・。まあ、色々あってな」
「ふーん。まっ、言いたくないなら詳しくは聞かねーよ。ただ、俺には本来の口調でいいからな」
「うん。僕にも、普段の朝焼の口調でお願い」
「俺もいつもので」
「分かった。って、ルリット。それじゃあ、飲食店の常連客みたいだぞ」
空磨、錬、ルリットが順に朝焼に言葉を掛けた。




