2話 開かずの扉
月明かりが校舎に一点の光を照らす頃。
ほとんどの生徒は寮に戻っていた。
朝焼は実霞晴嵐学園敷地内にある購買で、明日の朝食で食べるおにぎりを選んでいた。
うーん。何の具材にしようかなー。ツナ、鮭、昆布、唐揚げ、それとも特製明太スパ・・・。
特製明太スパって何?
まあ、いつもの唐揚げとこのよく分からない特製明太スパにするか。
二つのおにぎりを手に持ち、レジへ向かうと偶然洋那と遭遇した。
洋那も明日の朝食とレモンティーを買いに来たようだ。
街灯の光が、風に揺らされるロウソクの火の様に、頼りなく付近のベンチを照らしている。
朝焼と洋那は、微かに照らされたベンチに腰を下ろした。
二人は、入学して始めて受けた授業内容や学園生活について会話を交わし始めた。
「洋那たちは今日の訓練、何やったの?」
「斬技の練習。主に斬打の」
斬打。すげーな。
確か、打撃が相手に命中すると同時に、そこから斬を放つ斬技だよな。
斬を外には出さず、エネルギーを斬の形に変え、外に放つ前にタイミング良く打撃を当てることで、その打撃の威力が上がるっていう。
詳しくは知らねーけど、そもそもパンチやキックで斬を放てないとお話にならないってことだろう。
俺は手刀でしか放てないからなー。
そもそも、今日の午前の授業で担任が言ってた、斬エネルギーはどうのこうのとかいう話もよく分からないし。
「すげーな。俺は思うように斬も扱えねーからなー」
「俺だって、満足に扱えねーよ」
「えっ? そうなの?」
目と口を大きく開き、驚いた表情で尋ねる朝焼の顔を見て、洋那は軽く微笑んだ。
「朝焼たちは、何か試験みたいなのをやらされてたな」
「えっ? 見てたのか?」
「休憩時間の時に、たまたま通りかかった。そしたら、なぜか手を抜いて斬を放つ朝焼君の姿が視界に入って来た。そういう課題だったの?」
「う・・・。いやー、そういう課題ではなかったけど・・・」
洋那もきっと、ゴールは俺と同じだよな。
一瞬誤魔化そうと、そわそわしていた朝焼だったが、すぐに落ち着いた。
「洋那はさ、なんで晴嵐に入ったの?」
「・・・」
「あの組織を追ってんだろ?」
「・・・。ああ。追ってる」
「俺も追ってる。あの日からずっと。それで、ある情報を掴んだ」
「情報? なんの?」
「あの組織の人間が、もしかしたらこの学園に入学するかもっていう情報だ。まあ、スパイってとこだな」
「なんだとっ」
今まで、表情を大きく崩すことなく話していた洋那だったが、始めて崩れ、おまけに声の大きさも上がった。
そう、それこそがこの学園に来た理由。
晴嵐の入試試験の数ヶ月前に、俺の協力者からその情報を聞いた。
そもそも、この学園にスパイを送る事は、珍しくないらしい。
実霞晴嵐は、実霞内では勿論、桜月国内でも名の通った組織。
そして、実霞は様々な地方と友好関係にある。
そのため、様々な情報が、特に、実霞政府とここ晴嵐には集まる。
十ある桜月国の地方で実霞の様に、情報が集まりやすい地方は他にも二ヶ所存在する。
彼岸、熊呑、そして実霞。
この三つの地域は、桜月三大地方と呼ばれている。
その三つの地域で、情報が集まりやすい地方組織の警備は厳重で、情報管理も厳密に保護されている。
ただし、実霞晴嵐を除いて。
実霞晴嵐は自由がモットーの組織。
肩書きは実霞政府軍と並ぶ地方実力組織ということにはなっているが、実際は晴嵐に所属している宿り人が集う、宿り人のギルド的な立ち位置だ。
晴嵐にも、警備部は存在し、情報も保護しているが、他組織に比べてかなり緩い。
そして、情報は下部組織的なポジションの晴嵐学園にも回ってくる。
それを狙って、スパイが送り込まれるというわけらしい。
実霞政府軍直系の学校では、身辺調査も厳重に行われるらしいが、晴嵐学園ではほとんど行われない。
入試試験さえ通れば入学可能。
そもそも、ほとんどの学校や地方組織は、その地方出身者以外は入れないらしいけど。
実霞晴嵐は例外。地方が違うどころか、他国の宿り人も受け入れる。
流石、自由な地方組織。
まあ、これら全部、俺にはよく分かんねーけど。
一つ分かっているのは、あの組織のスパイが同じ学園にいるかも知れないってことだ。
朝焼は、自分でもよく理解できていないこの話を洋那に話した。
「なるほど・・・。可能性はあるな」
「そうっ。だから、俺も静かに身を潜めて、そいつを探っているってわけ」
「朝焼・・・。お前が身を潜めるって、無理だろ」
「そうそう、無理無理・・・。って、はあーー。無理じゃねーだろ。今のところ順調だ」
えっ? 順調だよね?
授業中も静かだし、人と話す時は丁寧に小声で話しているし。
まあ、そもそもまだ昨日と今日の二日しか経ってないけど。
「ふっ。俺も少しは探ってみるけど、まあ頑張れ」
「おう。あっ、そうだ。遠藤もこの学園にいるぞ」
「遠藤? ああー、遠藤りのか?」
「そう。遠藤りのか」
「ふーーん。へぇーー。良かったじゃん」
洋那は、ニヤニヤした表情で朝焼の左肩に右手を軽く乗せた。
「何だよ。その顔」
「ええー。だって、朝焼君。昔、惚れてたじゃん」
「はっ、はあああああ? 何が?」
「ビビって話しかける時も、モジモジしてたもんなぁ」
「はあー? 普通に話しかけてたしー」
「例えば?」
「おはよう、とか」
「うんうん、朝礼かっ」
「さよならー、とか」
「うんうん、終礼かっ」
「いいケツしてんなー、とか」
「うんうん、失礼かっ」
「いつも俺の前に現れるよなーとか」
「うんうん、幽霊かっ」
「・・・。そこは、妄想かっとか、幻覚かっだろ」
「・・・。それじゃあ、掛かんねーだろ」
「えっ? 何が?」
二人のしょうもないやり取りは終わり、話は戻った。
「昔の話だ。昔のはーなーしー」
「はいはい。じゃあ、また持ってかれないようにねっ」
ぐぬぬ。
そのまま朝焼と洋那は共に寮へ戻った。
自分の部屋に戻った朝焼は、窓から夜空を眺めた。
やっぱり、洋那も追っていたのか。
それにレモンティー。
凛がいつも飲んでたなー。
まっ、俺の口には合わないんだけど。
・・・。今日は星が綺麗だな。
日が昇り、一限が始まろうとしていた。
「ふわーぁ」
今日は、社会からか。
朝焼は既に眠気に襲われ、目には微かな涙が姿を現している。
そんな様子を授業が気に留めるはずはなく、長い子守唄が始まった。
開始一分で机の上に組んだ両腕を乗せ、その腕に額を着け、睡眠体勢に入った朝焼。
まだ、眠りにはついていない為、藍人の声が耳に入って来る。
だが、その内容は、朝焼が既に知っている内容だった。
現代では八つの大陸と十六カ国の国が存在する。
しかし、国と言ってもそのほとんどは統制が取れておらず、地方ごとに分裂している。
桜月国も国としての統制は取れておらず、十の地方それぞれに政府が存在し独立している。
というよりは、元々は十の地方それぞれが一つの国だったらしい。
それが、約三百年前に桜月国として併合されたと。
その併合は、武力行使によるものではなく、十の国が合意したことで成り立ったという。
そして近年では、様々な組織も誕生した。
特に、国や地方で壁を隔てず、同じ考えや思想を持つ者同士が団結して創られた組織が、近年増加しているという。
その要因は、近年作り出されたヴォレフォンの存在だ。
ヴォレフォンは、他人のヴォーネを登録することで、遠く離れた場所から通話できる機器の名称。
ただし、登録できる数はそう多くはない。
それでも、ヴォレフォン生成前に比べると、他国や他地方との個人的な繋がりが保ちやすくなり、それが組織の増加に繋がったとされている。
ここまでの内容は、朝焼の耳に入ってきたが、その後の話は夢によってかき消された。
午前の授業が終わり、朝焼はこの日も錬とルリットと共に、学食で昼食を取っている。
「今日の社会の授業、面白かったね」
錬のテンションがやたらと高い。
どうやら、社会が好きみたいだ。
「確かに、面白かったよね」
「えぇー。ルリットはずっと寝てたじゃん」
「・・・。耳には入ってきたよ」
「えー? でも、頭には入ってないでしょー。ちゃんと授業を受けないと神隠しに会っちゃうよ?」
んっ? 神隠しに会っちゃうってなんだ?
それを言うなら。
「えっ? それを言うなら、雷に斬られちゃう、じゃないの?」
そうそう、それそれ。
って、追沢伸徒。いつの間に。
三人で昼食を取りながら話していると、朝焼の左隣に同じクラスの追沢伸徒が座っていた。
「そうとも言うよね。追沢君は実霞の南部出身なの?」
「えっ? うん、そうだけど。なんで分かったの?」
すげー。錬はエスパーか何かか?
それとも、そういうベズンズ?
あと、伸徒は南部出身なんだ。
俺も南部出身だから、地元近いのかな。
「何か悪い事をした子供に言う言葉があって、それは実霞北部と南部で異なるんだよ」
へえー。そうなんだ。
南部が「雷に斬られちゃう」なら北部が「神隠しに会っちゃう」なんだ。
ということは、錬は北部出身なのか。
「雷に斬られちゃう」か。
じゃあ、もしかして。
「錬・・・。田暎廼君、北部では、神隠しに会っちゃうって言われる理由とかあったりするの?」
「ええーー。興味あるのーー?」
「いっ・・・。う、うん」
凄いテンションが高い。
目もキラキラ輝いているし。
「あるよ。北部では悪さをすると、焉天梦狗様に連れて行かれちゃうって言われているんだよー。因みに、南部では悪さをすると雷斬鬼閻様が怒って、雷で斬るとか、雷を落とすって言われているよね。因みに因みにー、みんなはしえんって知ってる? 実霞地方に古くから伝わる伝承で、四体の恐ろしい妖怪の事を指す言葉なんだけど、その内の二体が焉天梦狗と雷斬鬼閻なんだよ」
「へ、へぇー・・・」
錬、話が止まんねーな。
しかも、何かを聞いて欲しそうに見てくるんだけど・・・。
聞いた方がいいよね・・・。
「他の二体は?」
「興味あるー? 興味出てきたー? 一体は、実霞東部に伝わる酒宴咆呑という妖怪でお酒を飲む時に二回器を天に向かって掲げないと、火事になっちゃうっていう伝承が伝えられているんだよー。もう一体は、西部に伝わる豪獅猿魔という妖怪で、狂っている状況や人に対してごうしだねって言うんだって」
へぇー。なるほど。普通に勉強になるな。
実際、南部にある俺の地元では「雷に斬られちゃうよ」って言われてたし。
ちょっとした事でも、地域によって色々変わるのか。
東部に行くことがあったら気をつけないとな・・・。
って、俺まだ酒飲めねーや。
それにしても・・・。
錬、止まんねーな・・・。
社会とか、こういう伝承とか好きなのか。
しえんの話が終わっても、伸徒が興味津々に、色々と聞くから、止まる気配がねーんだけど。
えぇーと。何々ー?
今度は神様の話かなー?
四大天使? それは、みんな知っているよ。
帝獣ー? それは、全然知らない。
何ー? 人魚姫? 昔話かな? それとも絵本?
んー? 隕石を割ったドラゴン? それは絶対何かのおとぎ話だろー。
この後も、伸徒が次々に質問するため、全く落ち着く気配がなく、あっという間に時間が過ぎていった。
一時間が経過した頃。
はあー・・・。やっと終わった。
二時間ある昼休みも、後三十分位だし。
いや、確かに面白かったけど、流石に少し長いよ・・・。
残りの昼休みは、錬の暴走も収まり、ルリットの母国、アスワレドの話を聞いたり、自称情報通の伸徒の話を聞いたりして過ごした。
この昼休みで、三人の事を良く知れたなー。
あっ、そうだ。これだー。
スパイを炙り出すには、まず人の事を知らないと。
そうと決まれば、まずはクラスメイトだな。
名付けて、クラスメイト面談作戦だ。
名付ける意味があるのか、そもそも、何も名付けていないが、朝焼はクラスメイト全員と話す事を決めた。
が、午後は訓練があるため、それは明日になりそうだ。
「よし、今日から斬の鍛錬を重点的に行うぞ」
「はい」
藍人の掛け声で午後の授業が始まった。
藍人はまず、斬の威力の上げ方について話し始めた。
斬はまず、体内でヴォーネを斬を放つためのエネルギー、斬エネルギーへと変換させる必要がある。
一発の斬を放つための斬エネルギーへと変換できる量には限界があるため、エネルギー量による威力の底上げは不可能。
変換できる量は小指程度。
ただ、この小指程度の変換限界量は一発の斬を放つための変換限界量であって、体内に保持できる斬エネルギーの限界量ではない。
つまり、斬を連続で放ったり、同時に複数の斬を放つ場合などは、一発あたりの斬エネルギー量を体内にいくつか作り出し、保持できる。
まあ、保持と言っても直ぐに放つことにはなるが。
斬の威力を上げるためには、ヴォーネの質と斬エネルギーを構成する三つのエネルギーの使い方で決まる。
ヴォーネの質が良ければ、単純に威力は高くなるが、これは今すぐに、どうこうできる問題ではない。
今、斬の威力を上げるためには、斬エネルギーに含まれる三つのエネルギーの使い方を熟知する必要がある。
斬エネルギーは、威力エネルギー、距離エネルギー、速度エネルギーによって構成されている。
威力エネルギーは威力と僅かな距離を、距離エネルギーは距離と僅かな速度を、速度エネルギーは速度と僅かな威力を出す役割がある。
単純に威力の高い斬を放つなら、威力エネルギーを多く含ませればいい。
ただし、微量でも三つの力(威力、距離、速度)が揃わないと斬は形成されない。
つまり、少なくとも二つのエネルギーを斬エネルギーに含まないと斬は放てないということだ。
例えば、威力エネルギー七割、距離エネルギー三割で斬エネルギーを生成すれば、威力が高く、距離は少し短く、速度はかなり遅い斬を放つことができる。
三つのエネルギーのコントロールが上手くなれば、状況に応じて適切な斬を放つことが出来るようになる。
だが、それには自身のそれぞれのエネルギーの質を熟知している必要がある。
距離エネルギーをどれだけ含めば、どれほどの射程距離になるか、速度エネルギーをどれだけ含めば、どれほどの速さになるか。
これを熟知できれば、必要最低限の距離エネルギーと速度エネルギーを含めるに済み、他を威力エネルギーに回すことができる。
とは言っても、威力エネルギーは僅かな距離を出すなど、それぞれのエネルギーは他の力も僅かに引き出すため、エネルギーの調整は一筋縄ではいかないが。
斬は、放ち方でも威力が変わる。
特に慣れない間は。
手刀以外で斬を放つ時は、斬エネルギーを斬の形に変換する必要があるため、一工程動作が増えることになる。
その場合、ヴォーネから変換した斬エネルギーを、全て斬の形成に使い切れない可能性が増える。
一方、手刀で放つ場合は、手刀を振るった場所に斬エネルギーが溢れるようなイメージで、そのまま斬の形となるため斬エネルギーを全て斬に使い切ることができやすい。
さらに、手刀で振るって放つ場合は、斬の拡大も行いやすい。
振るった長さが五十センチ程でも、斬が形成されているため、斬の長さを延長しやすくなる。
これらは、斬の扱いが熟達すると、そこまでの差にはならないが手刀で放つのが一番楽ではある。
斬は、斬を放つ時の振り幅でも多少威力が変化する。
手刀で大きく振るえば、それに比例して多少威力が底上げされる。
逆に、デコピンで放つ場合は振り幅が狭いため、手刀に比べると威力が低くなる。
朝焼たち、一年一組の生徒はそもそも、斬エネルギーを全て出し切れていないという。
まずは、生成した斬エネルギーを全て出し切る鍛錬から始めるようだ。
「そこでー、出し切るこつだが・・・」
なんだろう?
何か分かりやすいやり方があるのかな?
「まあ、あれだ。慣れることだな」
「はっ?」
朝焼は、藍人の言葉を聞いて、つい声を漏らした。
慣れだとー?
それって、教師が一番言っちゃいけない事なんじゃあ・・・。
「そもそも、お前らは少なくとも斬を放つということはできている。ということは、斬エネルギーを出し切れていないと感じているはずだ。それを出し切る感覚を覚えることだな」
・・・。
あのー、俺は斬エネルギーを感じたことないんですけど・・・。
朝焼は、両手を胸の高さで開き、掌を見つめた。
藍人の話が終わると、生徒は一斉にハルシュ板に向かって斬を放ち始めた。
朝焼も、斬を放つが、それは本気ではなく、適当に放っている。
朝焼の中では、鳴りを潜める事は目立たないことであり、実力も隠す様にしている。
本気で放っていないけど、やっぱり斬エネルギーの余りなんて感じないなー。
とはいえ、出し切っている感じもしないんだよなー。なんとなくだけど。
「希山君、できた?」
「んっ。ああ、錬。うんうん、全然できない」
「そっか。僕も全然ダメ。斬エネルギーを全然出し切れないや」
いいなー。斬エネルギーを出し切れていないと分かるんだ。
んっ? 今近くから、ハルシュ板の音が響いてきたな。
朝焼が振り返ると、ルリットの姿があった。
ルリットの放った斬か。
すげー威力だな。
昨日の小テストから、ルリットの斬は威力が高かったけど、明らかに昨日より威力が増している。
だが、斬の威力が上がっているのは、どうやらルリットだけじゃないようだ。
「夕葉ちゃん、すごいね」
朝焼が声のする方に視線を向けると、そこには出席番号十九番、良夜夕葉の姿があった。
薄い黄髪でポニーテールがトレンドマークの女子生徒。
とんでもねー威力だな。
良夜さんは昨日のテストでも、一番音が響いていたし、それがパワーアップしたら、それはやばいわ。
そしてもう一人、出席番号二十番、深太刀奏。
薄い赤髪で目にかかる程度の長さで、雰囲気は少し暗めな男子生徒。
この生徒の斬も威力が高い。
深太刀君も凄いな。
ていうか、みんな凄い。
二人ほどじゃないにしろ、昨日より威力が上がっているように感じる。
「くっそーー。できねーー」
いっ・・・。なんだー?
あっ、出た。白刻空磨。
声がバカデカくて気合いが口癖のクラスメイト。
上手くいってないのか。
白刻は昨日も斬の威力がかなり弱かったし、というより壁まで届いていなかったよな。
「くっ・・・。気合いだーー」
声でけーって。
耳押さえても普通にうるせー。
また、気合いだし。
まあ、でもそうだな。気合いだな。
朝焼は、ハルシュ板に向かって斬を放ち続けた。
しばらくして、今日の訓練が終わり、終礼が始まった。
「既に承知の通り、五日後から新入生オリエンテーションが始まる。二泊三日、露松で行われる。特に持ち物はないが、着替えくらいは持ってこいよ」
藍人の言葉を聞き、朝焼はふと思い出した。
そっか、来週からオリテンがあんのか。
露松って、確か実霞と親睦が深い桜月国の地域だよな。
行ったことねーし、楽しみだなっ。
終礼も終わり、朝焼は錬とルリットと共に寮へ向かって歩いていた。
「はぁー。全然できなかったなー」
錬は、今日の訓練で、斬エネルギーを上手く出せなかったことに、落ち込んでいた。
「そんな落ち込むなって。俺なんて、斬エネルギーを感じることすらできないぜ」
そんな錬の姿を見て、明るく励ます朝焼。
「そうだ、ルリット・・・。ルリット君は何を意識して斬を放っていたの?」
「ん・・・。そうだな。勢い」
「はっ? い、勢い?」
俺らの担任と同じようなこと言ってんな。
慣れとか勢いとか・・・。
そういうもんなのかな。
朝焼が、斬を上手く放てていたルリットにアドバイスを求めたが、思っていたような答えは返って来なかった。
「かっかっか。斬も碌に放てねー雑魚が、なんでこの学園にいるんだよ」
朝焼たち三人が話していると、それを聞いていた三人組の男子生徒が軽く絡んできた。
「斬は放てても、そのコツが勢いって。ぷはっ、馬鹿じゃねーの?」
「あっ? んだと」
朝焼は目を大きく開け、力強く、怒気を含んだ声を発した。
「そんなに凄むなよ。斬も碌に放てねー雑魚を相手にする気はねーよ」
「だったら、絡んでこねーでさっさと失せろよ」
「はいはい。言われなくてもー。じゃあ、せいぜい頑張ってね。雑魚三人組」
男子生徒三人組は、去って行った。
なんなんだよ、あいつら。
・・・。ルリットは全く気にしてない様だけど、錬は今の言葉を少し気にしてそうだな。
「ごほん。錬っ。何かこの学校に伝わるお話みたいなのあったりしないの?」
「えっ。あるけど・・・」
「例えばどんなのがあるの?」
「んー。開かずの扉とか・・・」
「開かずの扉ーー。何それー?」
朝焼は、錬に気分転換してほしいと思い、話を振ったが開かずの扉という言葉を聞いて、錬の話を遮るほどテンションが上がり、大声を発した。
その大声には、ルリットの声も混ざって。
実霞晴嵐学園に言い伝わる開かずの扉は朝焼たち一年生男子の部屋がある第四寮の一階、一番左端の倉庫部屋にあるらしい。
朝焼たちは今日の夜九時に、第四寮一階のロビーに集合し、開かずの扉を探索することに決めた。
午後九時、朝焼たちは時間通りに集合した。
「よし、じゃあ行こーぜ」
開かずの扉に心が躍り、本来の口調に戻っている朝焼。
三人はそのまま倉庫部屋に向かって歩き始めた。
その途中、大浴場前である一人の男とルリットがぶつかりそうになった。
「おっと・・・。あぶねー。あれ、クラスメイトじゃねーか。今から風呂か?」
その男はクラスメイトの白刻空磨だった。
「おう、空磨。お前も行くか?」
「行く」
(えぇー・・・。どこに行くか説明してないのに、即答したー。てか、朝焼と白刻君は知り合いなのかな?)
口調だけでなく、性格も普段通りになった朝焼は、そこまで関わりがない空磨を迷わず誘った。
それに即答した空磨の言葉に、錬は心の中で驚いた。
こうして、四人はすぐに倉庫部屋に辿り着いた。
「ここだな」
朝焼は両手を腰に当て、顔を輝かせながら倉庫部屋を見つめた。
「倉庫部屋? あー、ダメだぞ朝焼。盗むのはダメーー」
「あっ? 何言ってんだ。何も盗まねーよ」
勘違いした空磨の言葉を否定し、朝焼は空磨に開かずの扉のことを話した。
四人は倉庫部屋の扉を開け、中に足を踏み入れた。
倉庫部屋は当然のことながら、様々な物が保管されていた。
トイレットペーパーなり、ブラシなり、石鹸なりと、日用品が種類ごとに分類されていた。
「んー。どこにあるんだ。その、開かずの扉ってやつは」
辺りを見渡しても、それっぽいものが見当たらなかった空磨が声を漏らした。
「ふっふーん。なるほどー。流石は開かずの扉」
錬は握った右拳の人差し指を少し開き、それを顎の下に当てながらドヤ顔で話した。
「どういうことだ? 錬」
「ふっふ。つまり、隠し扉さっ」
朝焼が尋ねると錬は右手をグーの形から親指と人差し指を開いた形で、手の甲を上にし、腕を前に伸ばして壁の一部を指した。
「開かねーぞー」
空磨は、早速錬が指した方角の壁を押してみたが何も起こらなかった。
「ちがーう。そこだけじゃなくて、この部屋全体の壁・・・。いいや、右側一面かも」
「えっ? なんで? 壁は四面にあるぞ」
「そうなんだけど、側面四面のうち左とドアのある壁、その対面にある壁は扉があったとしても部屋のスペースがない」
錬の推測に朝焼が尋ねると、錬は理由を話した。
なるほど。
この部屋は一階の左端に位置している。
左の壁の先は外、ドアのある壁の先は通路、その対面にある壁の先は外。
そうなると右側の壁の先しか考えられないという訳か。
ん? 待てよ。
「錬、床も考えられないか?」
「確かに、床も可能性があるね」
「そもそも、開かずの扉なんだし、部屋があるとは限らないんじゃね?」
「なーに言ってんの朝焼ー。扉があったら部屋もあるでしょー」
「いっ・・・。は、はい」
錬、時々勢いが凄いんだよなー。
四人はまず、倉庫部屋の入口から見て右側の壁を、押すことで扉があるか確認していった。
しかし、なかなか見つからない。
んー。ねーなー。
押す。ここも押す。んー、ないなー。
あっ。
「扉なら押すだけじゃなくて、引くもあるんじゃね?」
「んー。そうなんだけど。どうやって引くの?」
「・・・。分かりません」
確かにどうやって引くんだ?
朝焼と錬は、一旦手を止め、扉を引く方法を少し考える。
二人が考え始めてすぐに、何かが動く音がした。
「あっ。あったーー」
右側の壁を押し続けていた空磨が開かずの扉を見つけ出した。
「ほんとだー。すげー。開かずの扉だー」
朝焼、錬、ルリットの声が重なった。
開かずの扉というより隠し扉だが、四人は開かずの扉で認識している。
そもそも、扉というより、押せる壁だが。
入り口となった壁は横一メートル、縦二メートル五十センチの大きさで、奥に一メートルほど押し進むとそこで止まった。
空磨が少し覗いてみると、右側に階段があり地下へと繋がっていた。
「これは、地下に繋がっているー」
四人は、輝かせた目で階段を見つめながら、一斉に声を発した。
しかし、朝焼は何かを思い出し、輝かせた目から、まるで時が止まったかのように目を固めた。
「これって、もしかして古代兵器とかあったりしてー」
「いいや、珍しい魚かもよー」
「いいや、とんでもなく美味い飯があるんだーー」
錬、ルリット、空磨が順に期待を膨らませながら声を発した。
「・・・。気を付けて行くぞ。俺が先に行く」
朝焼だけはさっきまでの態度とは変わり、真剣な眼差しで階段を見つめていた。
四人は朝焼を先頭に、階段を下った。
階段を下り切ると、ちょっとした地下室のようなスペースがあったが、物は何も見当たらず、目に入ってきたのは、黒色と紺色が混じった煙の様な物が広がっている光景だった。
「な、なんだろう?」
錬が少し緊張した様子で話す。
少しすると、その煙は一気に外側へと広がった。
紺の煙は、まるで光の代わりとなるように僅かな明かりを灯していた。
「何かいるぞっ」
空磨の声で、四人の視線はその先にいた何かに向けられた。




