12話 錬の勢い
露松、梅露広場北西から数キロ先にある廃墟群。
朝焼は、クリーム色をした教会の廃墟前に行き着いた。
その教会入り口付近には、一人の男が立っている。
こいつも、影洛のエンブレムがない。
くそ。
人質もいねーし、影洛の奴も見当たらねー。
「おい、人質はどこにいる?」
「はあはあ、お前はだ〜れ?」
「質問に答えろよ」
「はあはあ、お前はだ〜れ?」
こいつ。
話が通じねー。
しかも、何を興奮しているのか、息が荒れている。
とりあえず、この教会の廃墟に入りたいんだけど。
こいつをやらねーと入れそうにないな。
朝焼は、戦闘体勢に入る。
「なんだ〜。やるの〜? いいよ〜。じゃあ、いっぱい切り刻んであげる〜」
男は、狂気じみた表情で、朝焼に接近する。
朝焼も男に接近していき、お互い右ストレートを放とうとするが。
「うおーーらぁ」
「えっ? ルリットー?」
どこからともなく現れたルリットが、男の左横からその男に右ストレートを放った。
男はルリットの右ストレートを左腕でガードしたが、朝焼から見て左側へ七メートルほど後退した。
「あん? なんだ。援軍か? きーきっきっき。いいよ〜。二人とも切り刻んであ〜げ〜る〜」
男は舌を出し、さっきよりも興奮している。
「ルリット、どうしてここに?」
「迷子になって、敵がいることを知って、そしたらここにいるって聞いて、ここに来た」
「・・・。あ、ああ。そっか・・・」
・・・。
よく分からないけど、心強い。
「ルリット。実は生徒が人質に取られているんだ」
「えっ?」
「だから、ルリットは人質を探しに行ってくれ」
「・・・。だったら朝焼が行った方がいいよ。俺、また迷いそうだし」
「えっ? あ・・・。そう?」
「こいつは、俺が足止めする」
「ルリット。分かった、頼んだぞ」
朝焼は、教会の廃墟に足を踏み入れた。
「なんだよ〜。二人まとめて切り刻みたかったのに、行っちゃうの〜? まあ、いいや。お前を切り刻んでからあいつも切り刻んだ方が楽しめそうだし。き〜きっきっき」
「笑い方、変だね」
「なんだと〜。普通だろ〜。きーきっきっき」
「なんか、性格の悪い猿みたい。柿とか投げたりするの?」
「てめ〜。もういっぺん言ってみろー。猿だとぉ〜?」
「性格の悪い猿ね・・・」
ルリットが話し終えた瞬間、男は左手の手刀で横の斬を放った。
ルリットは瞬時に左手の手刀で縦の斬を放ち打ち消すが、男が既に接近しており、右ストレートを放った。
しかし、ルリットはそれにも瞬時に反応し、同じように右ストレートを放った。
二人の右拳はぶつかり、その反動で、二人は数メートル後退した。
「はあはあ、きーきっきっき」
男の興奮はさらに高まり始めた。
一方、梅露広場周辺の森中では、藍人と伸徒たちが合流していた。
藍人は、治療を受けて少し回復した伸徒から、エンブレムと三人の生徒が狙われていること、二人の生徒が攫われ、人質になったことを聞いた。
「なんだとっ」
まずいな。
影洛が絡んでいるとなると生徒が危ない。
影洛。
桜月に在住する組織。
飛藤洋那、春風雫季、奈村誘紫を狙っているということは、高い実力を持った生徒を仲間に引き入れるのが目的か?
だが、気になるのは人質を取ったにも関わらず、要求がないことだ。
となると、人質は三人を誘き寄せるために攫ったということか?
生徒が攫われ、その理由が自分だと知ったら、三人の生徒は助けに来ると踏んでいるのか?
でも、狙いの三人が来るとは限らない。
だとしたら、奴らは何人来ようが、全員返り討ちにする自信があるってことか。
んー?
では、なぜ下っ端どもは今もなお、森中で戦闘を行なっているんだ?
統率が取れていないように感じるが。
なんにしろ、急いだ方がいいな。
三人の生徒がどこにいるか分からないが、人質と奴らが廃墟にいるなら、廃墟群に向かおう。
「それと先生。朝焼と錬ともう一人の生徒が人質を助けるために、廃墟群に向かいました。あと、ルリットも迷子のようで・・・」
「なんだとぉー。あの馬鹿どもが」
くそ。
まずいな。
相手が下っ端なら、なんとか戦えるだろうが、影洛が相手だと・・・。
藍人は、焦った表情で廃墟群に向かって走り出した。
一方、梅露広場には負傷した生徒や避難した生徒が集まっていた。
特に、治癒能力を持った生徒が多く集まり、負傷者の手当てに当たっている。
「無事だったんだね」
「うん。敵が多くて危なかったんだけど、春風君が助けてくれて」
「私たちも、もうダメだって思った時に、奈村君が助けてくれたんだ」
広場に集まった生徒は、無事を喜びあった。
しかし、度々衝撃音が鳴り響く。
そして、今、爆音が鳴り響いた。
「今の爆発音って」
「多分、奈村君だね」
今でも森中では、教員だけではなく、ツーマンセルやスリーマンセル、またはレクの班六人で行動するなど、生徒たちが協力して敵と戦っている。
そして、敵の狙いである春風雫季と奈村誘紫は、単独で敵を次々と撃退していた。
二人とも、自分が狙われていることを知らないが、圧倒的な実力で、敵を瞬時に倒していた。
一方、廃墟群入り口付近では錬と男が激しい近接戦闘を行なっていた。
錬は岩でできた盾で相手の打撃を防ぎつつ、打撃を繰り出すが、地面に足を突けると、男のベガズで足元が揺れ、バランスが安定せず、それを嫌って上空に飛ぶと、それを先読みしている男の打撃が待っている。
ほとんど互角とはいえ、錬の方が防御に徹する機会が多い。
さらに、錬はウイルスの力を使っていることで、徐々に痩せ細っていく。
しかし、男は細菌の力を使っていても、そのような症状は見られない。
・・・。
あいつは、ヴィーリアの力を使っても、僕よりエネルギーを吸われていない。
そういう細菌かウイルスなのか?
それとも、僕とは違い、ヴィーリアの力を使うことに慣れているのか?
どっちにしろ、まずい。
このまま戦闘が長引けば、僕の方が先に限界がくる。
でも、近接戦闘でも斬の威力も互角で、ベガズでも差を作れない。
「どうしたー? 動きが鈍くなってきたぞー」
男の右フックが左脇腹に命中し、さらに男は錬の右ストレートを右に少しずれて避け、そのまま右腕を両手で掴んで、背負い投げの要領で錬を投げた。
錬は、男から少し離れた地面に打ち付けられた。
「ぐはっ」
男はすぐに左足で錬の顔を蹴ろうとするが、錬は左膝を地面につけた片膝立ちになり、右前腕に岩の盾を生成してその蹴りを防ぐ。
岩は崩壊したが、錬に蹴りは当たらなかった。
錬は立ち上がりながら左ストレートを男の右頬目掛けて放ったが、男は反応して右ストレートを放ち、錬の左拳に当てようとした。
錬は自身の左拳先端に半径五センチ、厚さ三センチほどの岩を生成し、男の右ストレートはその岩に当たった。
それにより岩は崩壊したが、男の右ストレートも止まった。
錬は、男の右ストレートが岩に当たった瞬間に、左ストレートを少し内にずらし、男の顔正面に当てた。
「ごはっ」
男は少し後退したが、すぐに距離を詰め、近接戦に戻る。
打撃でも、ベガズでも決め手に欠けるなら、やるしかない。
二人の近接戦は激しさを増していく。
少し、距離ができると、男は錬の足元を揺らし、錬はそれを嫌い上空へ飛ぶ。
男は、この戦いで何度も有利に働いているその戦法で、上空の錬に接近し思いっきり右ストレートを放つ。
錬はこの戦法に何度も苦戦を強いられていたが、この状況を待っていた。
錬は空中で姿勢を変え、角度三十度くらいの軽い仰向けの体勢になり、男に足裏を向け、長軸三十センチほど、短軸二十センチほど、厚さ五センチほどの楕円体の岩を足裏に生成し、男の右ストレートを受けると同時に岩を足場にして斜め上に飛んだ。
岩は、男の右ストレートを受け、錬が飛ぶと崩壊した。
錬は空中で軽い仰向けの体勢から右腕を軸にくるっと半回転しながら身体正面を男に向け、右手の手刀を構えた。
はあはあはあ。
やるんだ・・・。
回想
オリエンテーション合宿が始まる二日前の休日。
錬は室内の第七訓練所で、ハルシュ板に向かって斬を放ち続けていた。
はあはあはあ。
ダメだ。
やっぱり、斬エネルギーを出し切るという課題について、以前と少しも変わらない・・・。
みんなは、少しずつ、以前よりも出しきれ始めているのに。
僕は授業を受ける前と何も変わらない。
僕の感覚だと、既に八割、斬エネルギーを出しきれているけど、それは昔からで、そこから成長できていない・・・。
「気合いだーー」
ん・・・?
空磨だ。
「空磨。いつからここに?」
「おう、錬。今来たところだ。今日こそ音を鳴らしてやるんだ。うおおおお。気合いだーー」
空磨、凄い勢いだな。
ハルシュ板に斬を当てて、音を鳴らすことを目標にしているんだ。
僕も、音を鳴らせたこと、ないな・・・。
・・・。
空磨。
斬はハルシュ板に届くのもギリギリだし、音が鳴る気配は全くないけど。
凄い真っ直ぐだな・・・。
その日の夜。
錬は鍛錬を終え、寮に向かって歩いていた。
結局、今日も進展はなかったな・・・。
どうすれば進歩できるんだろう・・・。
ルリットが勢いだって言ってたっけ。
勢いか。
勢いよく手刀を振っているつもりなんだけどなー。
それに、他のクラスの人たちが、勢いがコツなわけないだろバカみたいなこと言ってたし。
ルリットのことを、バカなんて思ったことは勿論ないけど、僕とは才能が違うとは思う。
だから、勢いでどうにかできるのかなって。
「おっ、錬」
「ん? 朝焼」
錬が寮へ向かっている途中で、特訓帰りの朝焼と偶然会った。
二人は近くのベンチで少し話すことにした。
「錬も特訓してたのか?」
「うん。訓練所で」
「そっか。俺さー、斬エネルギー全く感じねーんだけど、どうやったら感じれっかなーって悩んでいてさー。錬は斬エネルギー感じんだろ?」
「うん。斬エネルギーは感じるよ」
「いいなー。そういえば、小テストの時も、錬は斬のコントロール上手かったよな。ぎりぎり壁に届かないところで消えたし」
「あれは、偶然だよ。そもそも、斬エネルギーを全て出しきれていないんだから、それで壁に届くぎりぎりで斬が消えちゃったら、それは距離エネルギーの調整ができていないってことだよ」
「うーん・・・。そうか? それも込みで計算してたんじゃないの?」
「えっ?」
「錬は自分が出し切れる斬エネルギーを知っているから、それを含めて、ぎりぎり壁で斬が消えるように距離エネルギーを調整していたんじゃねーのか?」
「それは・・・。どうだろう・・・」
「きっとそうだろー。偶然で、あんなちょうど斬が消えるわけねーって。それってさ、すげーことだぜ。斬エネルギーを出し切ることよりも、もっと難しいことだろ。だから、すぐ斬エネルギーも出し切れるようになるって」
「そんなことはないと思うよ。現に全然進歩しないし・・・」
「そりゃー、成長には個人差があるだろ」
「個人差・・・。才能だよね・・・」
「才能もかもしれねーけど、他にもさ。例えば、元々斬エネルギーを八十パーセント出しきれている奴と、三十パーセントしか出しきれていない奴だったら、三十パーセントしか出せていない奴の方が成長し始めるのは早いんじゃねーか?」
「・・・」
「まっ。俺はそもそも斬エネルギーを感じないんですけどねーー。ははは・・・」
朝焼は右拳を握り、顔の位置まで上げて、ぎこちない笑い声を発した。
回想終了
朝焼の言う通りだ。
才能だけじゃない。
僕は晴嵐に入学してから、勝手に周りと自分を比較していた。
言われたことをすぐにできるルリットや良夜さん、深太刀君。
斬エネルギーを感じていないけど、斬の威力が高い朝焼。
斬をまともに放てていないけど、決してめげず、諦めないで何度も挑戦する空磨。
晴嵐には凄い人がたくさんいる。
僕には、才能も無ければ、強い心も持っていない。
でも、大切なのは才能だけじゃない。
朝焼が教えてくれた、僕の長所を生かすんだ。
僕が出し切れる斬エネルギーを八割だとして、距離エネルギーは男に届くギリギリの量を、速度は相手も空中にいるから、そこまで速くなくても避けられない。
残ったエネルギーは全て威力エネルギーに。
そして、今ここで試すんだ。
ルリットが、教えてくれたコツを。
勢い。
このコツをバカだと笑っていた他クラスの生徒がいた。
でも、一番バカなのは、友達がくれたアドバイスを試しもしていない僕だ。
「うおおおおお」
錬は深く考えず、斬エネルギーの内訳だけ整え、あとは勢い任せに思いっきり右手の手刀を振るい、横一文字の斬を放った。
「くっ。ここで斬か。しかし、お前の斬では俺を倒せない」
男は右手の手刀で縦の斬を放った。
(斬の威力は互角。奴は細菌かウイルスの力を使ってかなりエネルギーを消費している。体力か、スタミナか、何を消費しているかは分からないが、ガキってこともあって、まだ慣れていないんだろう。俺はまだ体力もスタミナもヴォーネも余裕がある。どうやっても俺の勝ちだー)
「・・・。何っ?」
勝ち誇った表情を浮かべていた男だったが、自分の放った斬が消滅し、錬の放った斬が自分へ向かってくるのを見て、驚きの表情に変わる。
今錬の放った斬は、普段八割しか出せていなかった斬エネルギーが、九割出せていたこともあり、それに加え、エネルギーの内訳が上手く、錬が今まで放ってきたどの斬よりも威力が高かった。
元々、二人の斬は互角だったが、今回放った斬は錬の方が威力が高く、男の斬を消滅させて貫通、そのまま男の腹部に直撃した。
「ぐわぁーーーーー」
空中にいた男は背中から思いっきり地面に打ち付けられた。
「あ・・・。あぁ・・・」
男の意識は失いかけ、そこから動けず、戦闘不能になった。
「はあはあはあ」
なんとか倒せた・・・。
けど、僕ももう・・・。
錬の身体はかなり痩せ細り、その場に倒れそうになる。
ごめん、朝焼。
もう、手を貸しに行けないや・・・。
・・・。
ん?
誰かの腕が・・・。
身体の正面から倒れそうになる錬を、そこにやって来たクラスメイトのヌナト・シーパーが右腕で受け止め、その場にゆっくりと下ろした。
うぅ・・・。
なんだ。
体力が戻ってくる・・・。
いいや、回復している?
錬はゆっくりと目を開ける。
すると、そこには、錬の胸の位置から十センチほど上に離した空中で、開いた右手と左手を交差して治癒のベズンズを使用する、クラスメイトの葉築琴音の姿があった。
「は、葉築さん?」
「あっ。田暎廼君。気が付いた?」
「う、うん」
「よかった」
錬の狭ばった視野が徐々に回復すると、その視界には、クラスメイトのレアン・フーパー、嶺内編紗、遠藤りのかの姿もあった。
「みんな、なんでここに?」
「それが、桐内さんが連れ去られたって聞いて」
「な、なんだって?」
錬が尋ねると、ヌナトが答えた。
なんだって。
桐内さんも人質に。
だとしたら、人質は二人じゃないのか。
う・・・。
すぐに探しに行きたいけど。
でも、スタミナが・・・。
「田暎廼君、まだ無理しない方がいいよ」
「で、でも・・・」
「私、体力は少し回復できるけど、スタミナは回復できなくて・・・。ごめんね」
「ううん。手当てしてくれてありがとう。葉築さんのおかげで意識もあるし、助かったよ。でも、急がないと・・・」
スタミナがほとんど尽きている錬は、無理矢理立ち上がり、人質を探しに行こうとすると、それを琴音が止めた。
「田暎廼君はここで少し休憩して。今動く方が危ないよ。桐内さんは、私たちが探しに行くから。田暎廼君はしっかり回復してから探して。ねっ?」
「う、うん。分かった。ありがとう」
編紗の言葉を聞き、錬はゆっくり腰を下ろした。
みんな、どうか気を付けて。
錬は廃墟群にある道を進む五人を見て、そう願った。




