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10話 影洛

実霞と隣接する地域、露松。

梅露広場周辺の森中で、レクリエーションを行なっていた実霞晴嵐学園一年生が、各地で謎の敵と戦っていた。

北東の森中にいる朝焼と太啼棋は、一人の男を倒した後、衝撃音が鳴る方へ向かっていた。


あちこちで音が響いている。

この辺りには、太啼棋が吹いた角笛の音が届いているはずだ。

ってことは、敵がたくさんいるのか。


朝焼と太啼棋は、少し走ると、衝撃音が聞こえる場所へ行き着いた。

そこには、既に敵と思われる男を、二班の実霞晴嵐生徒が倒していた。

しかし、二班の生徒六人も、かなりダメージを負っている。


(どうするか。二班は全員ダメージが大きい。ここから広場までは距離もあるし、だからといって、このままここに留まるのも危険だ。俺に治癒能力はないし、朝焼も話を聞いた限りない。俺と朝焼を含めた八人で広場まで戻るのが一番いい方法かもしれないが、敵と遭遇した時、二人で六人を守れるか・・・)


太啼棋は冴えない表情を浮かべながら、どう動くべきか、考えていた。

すると、衝撃音を聞きつけていた錬たち六班も、この場所へやって来た。

集まった全員で話し合いを行い、その結果、六班の生徒四人と二班の生徒全員は広場へ戻ることになり、朝焼と太啼棋、錬ともう一人の六班の生徒は、衝撃音が鳴る別の場所へ向かった。

四人が、衝撃音が鳴る場所に到着すると、一班の生徒が、敵と思われる男を倒していた。

一班の生徒は、二班の生徒に比べ、まだ余力が少し残っていたため、一班の生徒だけで広場へ向かった。

四人は、再び音が鳴る東の方へ走り出し、少しすると、四人の生徒が倒れている光景が視界に入った。


伸徒・・・。


「おいっ、大丈夫かっ。伸徒っ」


倒れている生徒の一人は、クラスメイトの追沢伸徒だった。

朝焼は、左膝を地面に突け、伸徒の背中を左腕で支え、伸徒の上半身を少しだけ起こした。


「う・・・。朝焼・・・」


伸徒。

意識はあるけど、重症だな。

くそっ。

俺に治癒能力はないし、錬と太啼棋も治癒はできない。


「誰かー。治癒能力を持った奴はいないかー」


朝焼は、大声で呼びかけた。


「朝焼・・・。急がないと。僕たち九班の生徒二人が、連れて行かれた・・・」

「なんだとっ? くそっ」

「はあはあはあ。朝焼、奴は梅露広場から見て北西にある廃墟群で待つって・・・」

「北西にある廃墟? 分かった。あとは任せろ」


朝焼と伸徒が話していると、朝焼の大声を聞いた十班の生徒がやって来た。

なお、そこに迷子のルリットの姿は無い。

十班の生徒二人は治癒能力を有しており、四人の生徒の治療を順に行った。

朝焼は、伸徒をそっと地面に下ろし、北西に向かって走り出そうとしたが、伸徒が朝焼の右手首を左手で掴んだ。


「待って、朝焼。黒いマントを羽織った男は、三人の生徒を探しているようだった」

「三人の生徒?」

「うん。春風雫季、奈村誘紫、そして飛藤洋那。この三人の名前を口にしていた」

「ってことは、その三人を探しているのか」

「その三人って、確か今年の新入生で、特に実力が高いと言われている三人だよね」


朝焼と伸徒が話していると、錬が三人の共通点を考察した。


ってことは、実力の高い三人が奴らの目的か。


「伸徒。他に何か言ってなかったか?」

「他には何も言ってなかったけど、奴が羽織っていた黒いマントの左胸の位置にマークがあった」

「マーク?」

「うん。濃い緑色の六芒星の中に紺色でEみたいな文字が書かれていた」

「・・・。あっ? それは本当か?」


朝焼は、驚きと怒り気が混じった声を発した。


くっ・・・。

そのエンブレム。

あの日から一度も忘れたことはない。

影洛・・・。

ずっと探していた組織。

悠と凛の命を奪った組織・・・。


朝焼は歯を思いっきり噛み締め、両手が小刻みに震えるほど、手を強く握り締めた。


「・・・。朝焼?」


その今までにないほど怒りに満ちている朝焼を見て、錬は心配そうに声を発した。


北西。

こっちか。


朝焼は、北西に向かって走り出した。


その頃、鎮歌たち十五班の四人は、梅露広場に到着していた。

鎮歌たちは、藍人たち教員に、敵の存在を話した。

しかし、鎮歌たちは、生徒二名が連れ去られていることや、敵が廃墟群にいることを当然知らない。


・・・。

くそっ。

嫌な予感が当たってしまった。

あの大きさの衝撃音。

レクにしてはあまりにも激しい戦闘が行われていると思っていたが。

まさか正体不明の敵だとは・・・。

まずは、生徒全員に敵の存在を知らせなければ。


藍人は赤い信号弾を上空に放った。

信号弾は、爆音と共に赤い弾が光り輝き、梅露広場を照らした。

藍人は続けて、東、西、南、北方向上空にも一発ずつ信号弾を放った。


午前の講習で、信号弾の説明を行なっていたのは不幸中の幸いだな。


名治(なち)先生は広場に残ってください。他の先生方は森の中で生徒を探しましょう」


藍人は教員に指示を出し、一年三組担任の名治を広場に残して、他の教員は手分けして森の中に足を踏み入れた。


森の中にいる生徒は、藍人の放った信号弾に視線を向けた。


「はあはあはあ。赤い信号弾。敵。こいつらか」


南東の森中で三班と十一班の生徒が、二人の男と戦っていた。

しかし、三班と十一班の生徒は、その前にも敵と戦っており、それもあって圧倒的劣勢な状況になっている。

既に、十一人の生徒は力尽きており、特晴コースの一人の男子生徒がボロボロになりながらも、なんとか戦っているが。


「ひっひっひ。さあ、早く答えろよー。飛藤洋那、春風雫季、奈村誘紫。この三人はどこにいる〜? 答えないとー。この女、死んじゃうよー」


一人の男は、一人の女子生徒の首を後ろから、右手で掴み上げながら話した。


「や、やめろ・・・」

「じゃあ、答えろよー」

「ぐはっ」


男子生徒が男に近づくが、もう一人の男に腹部を蹴られ、左膝を地面に突いた。


「う・・・。うぅ・・・」

「ぐっ・・・」


意識が飛びそうな女子生徒を見て、河上かのんはなんとか立ち上がり、男に向かって右手の手刀で女子生徒に当たらないように、縦一文字の斬を放った。


「ひっひっひ。雑魚は寝てな〜」


男は左手の手刀で横一文字の斬を放ち、かのんの斬を消し飛ばして貫通、そのままかのんに向かって飛んだ。


「はっ・・・」


かのんは両手を顔の前に動かしながら、目を閉じる。


(ダメ。避けられない)


しかし、斬はかのんの顔に命中する直前で、かのんの後方上空から飛んできた縦一文字の斬と衝突し、消滅した。


「うん? 誰だぁ〜」


男二人は、上空から地面に着地した生徒に視線を凝らした。


「飛藤君っ」


倒れている生徒たちの視界に入って来たその生徒は、洋那だった。


「んっ? 飛藤? ひっひっひ。じゃあ、お前が飛藤洋那か。じゃあー、こいつを連れ去ればー、俺たちも影洛の一員になれるのかー」

「・・・。あっ? 今なんつった?」

「ひっひっひ。何か言ったか?」

「影洛って言ったのか?」

「ひっひっひ。だったら、なんだよー」


洋那は影洛と聞き、目を大きく開いた。

男は、右手で掴んでいた女子生徒を前方へ投げ飛ばした。

洋那が、女子生徒を右腕で受け止めると同時に。


「HE2、オン」


男二人は、細菌の力を使い始め、肌色が紺色へ変化する。

洋那は女子生徒を地面にゆっくりと下ろした。

男二人は、洋那に向かって右手の手刀で右上がりの斬を放ち、一つの斬には炎が、もう一つの斬には冷気が纏われている。

さらにそれと同時に、男二人は二つの炎の球と二つの氷の塊を、どちらも五十センチほどの大きさで作り出し、洋那に向かって飛ばした。


(まずい・・・。この男二人、さっきまでとは比べ物にならない威力の斬を放っている。加勢しないと・・・)


最後まで男二人と戦っていた男子生徒は、なんとか立ち上がり、洋那に加勢しようとするが。


「斬」


洋那は右手の手刀で横一文字に斬を放った。

洋那が放った斬は、男二人が放った斬を消滅させ貫通、さらに、炎の球と氷の塊も、洋那が放った斬が通過する衝撃により崩壊し、そのまま男二人の腹部に命中した。


「ごはっーーー」


男二人は思いっきり後方へ吹っ飛び、一人は岩に背中から衝突し、もう一人は木々を三本ほど貫通して、四本目の木に背中からぶつかると、ようやく勢いが止まり、その場に倒れた。


(ああ・・・。なんていう威力だ。細菌の力で強化された男二人の斬とベガズを、あんな簡単に粉砕するなんて。これが、飛藤洋那か)


加勢しようと立ち上がった男子生徒は、その場に立ち尽くしながら、そう思った。

洋那は、一人の男に近づいた。


「おい。影洛って言ったな。知ってることを全部話せ」

「はあ・・・はあはあはあ・・・。何も知らない。ただ、三人の生徒を連れ去れと命じられただけだ」

「連れ去る? どこに?」

「梅露広場中央から見て、北西に進んだ先にある廃墟」


影洛・・・。

くっ・・・。


洋那は廃墟に向かって走り出した。


同じ頃、朝焼は廃墟群入り口の門に到着していた。

門を通った先にある廃墟群には、倉庫や古びた団地、教会のような廃墟があった。

朝焼が門を通り抜けると、すぐに一人の男が視界に入ってきた。


黒いマントを羽織っていなければ、影洛のエンブレムもない。

下っ端組織か。


「お前、名前は?」

「お前らが探している奴じゃない」

「じゃあ、用はない。消えろー」

「俺もお前に用はない。攫った生徒と影洛の奴はどこだ」

「かーはっはっは。聞かれて答えるわけないだろー。人質を助けに来たんじゃあ、通すわけにはいかないなー。HE2、オン」


男は、細菌の力を使い、肌色が紺色に変化する。


さっきの奴と同じ力か。


その男は、朝焼に向かって斬を放った。

朝焼も斬を放とうとするが、朝焼の後方から斬が飛んできて、男の放った斬と打ち消し合った。


んっ?

錬。


一人廃墟群へ突っ走る朝焼に、錬はついて来ていた。

さらに。


「ここに攫われた生徒がいるんだろ」


太啼棋も錬と一緒に廃墟群へやって来た。


「人質になっている生徒を早く見つけないと。だから、二人は先に行って。こいつは僕が倒すよ」

「錬。でも・・・」

「それに、朝焼はエンブレムの奴を追ってるんでしょ?」

「えっ」

「こいつにそのエンブレムは無いし、用はないでしょ。だから、早く行って」


錬。

こいつが、さっき俺が戦った相手と同じくらいの強さなら、厳しい戦いになる・・・。

でも、錬の言う通り、この広い廃墟群の中から人質を見つけるには、少しでも早く探し始めた方がいい。

それに、影洛・・・。

うぅ・・・。

どうする。


朝焼は決断できずにいた。


「行くぞ、朝焼」


そんな朝焼の様子を見た太啼棋は、朝焼の左手首を右手で握り、そのまま前方へ走り出した。

男は、朝焼と太啼棋を目掛けて左手の手刀で横一文字の斬を放とうとするが。


「VF2、オン」


錬がウイルスの力を使い、男に急接近し、左頬目掛けて右ストレートを放つ。

男は、斬を放つことを止め、左腕を顔の位置まで上げてガードした。


「かーはっはっは。なんだ? 中々の威力じゃないか」


男は笑みを浮かべ、錬に視線を向けた。

錬の肌色は少し紫っぽくなる。

朝焼と太啼棋は、今の攻防の隙に、廃墟群の中にある道を進み、その場を離れた。


「太啼棋・・・」

「あの子、朝焼の友達だろ」

「ああ。だから、一緒に戦った方が」

「友達を心配するのは当たり前だ。でも、友達を信じることも当たり前だろ」

「ん・・・」

「だから、俺たちも早く人質になっている生徒を探し出そう。そして、お前はエンブレムの男を追え」

「太啼棋・・・」


そうだ。

きっと錬はあいつをぶっ飛ばす。

俺も自分のやるべき事をやろう。

人質になっている生徒を探す。

影洛の人間を見つけ出す。

よしっ。


朝焼と太啼棋は、近くの半壊している団地に足を踏み入れた。


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