第6話「小さなおともだち」
「…!」
「…!」
アラヤ王は、寝室のベッドの中で震えていた。壁越しでは何を言っているか分からないが、廊下を挟んだ向かいのケリー公爵の寝室では、何やらケリー公爵が、召使いの女性を怒鳴りつけているようである。
彼は「ケリーおじさんがまたお酒を飲んで暴れてるんだ」と思った。ここ最近は毎晩のように酒を飲み、召使いを叱りつけている。
そして、そろそろ女性が泣いて部屋から出てくるぞ、と思った。
「…」
バーン!バタム!
タッタッタッ…
アラヤ王は、今年で10歳になる。幼い王は、母親のハンネ妃が幽閉されてから毎晩寂しい夜を過ごしていた。
叔父であるケリー公爵は、ランディー伯爵の意のままに操られこの国を統治している。その統治の仕方は、民にとっては極めて厳しい圧政となり、さらに戒厳令のような法律が施行され、国内はしんと静まり返ったように閑散としていた。
それは城の中でも同じであった。召使いや従者、兵士や門番は、反国家思想を持っていると思われないように、互いに目を光らせていた。過去にケリー公爵やランディー伯爵のいないところで愚痴や文句を言った人間は、密告により処罰された。牢獄に入れられ、厳しい拷問を受け、ほとんどは生きたまま帰ってこなかった。
ハンネ妃は、地下の牢獄に幽閉され、かれこれ半月になる。彼女は過去の不貞行為が告発され失脚したとされているが、真相は誰にも分からなかった。ちなみに、今は亡き先代皇帝トゥームーヤは、ハンネ妃以外にもたくさんの妾をもっていたし、ハンネ妃と彼との年齢差も親子ほど離れていたのである。
彼女は、牢屋の格子越しに、城の様々な人間たちと密かに連絡を取り合っていた。ケリー公爵やランディー伯爵らに反感を持ちながら、ハンネ妃を慕う者たちが多くいたのである。反政府組織のシイルやシャーデら城の外の人間たちとも内通し、情報を共有していた。
アラヤ王はまだ幼い。彼の為にも、この国を正常な国にしなくてはいけない。とハンネ妃はあらゆる策を練っていたのである。
勿論、シイルたちの“救出作戦”も彼女は知っていた。
「とうとうこの日が来たわね…大丈夫。準備は出来てる。」
ハンネ妃は、シイルたちがこの牢から救出してくれるのを心待ちにしていた。あとは、アラヤ王の寝室から彼を連れ出し、城壁近くの“秘密の出入り口”までの経路も確保してある。すべては作戦通りである。手紙によれば、彼らは城の周りの運河から地下へ侵入し、地下墓地からここへと来るはずである。
「コツン、コツン…」
地下牢の奥から足音が聞こえてきた。どうやら一人のようだ。彼女は予定よりも早いなと思った。
地下牢には、壁にかけられた燭台の灯りがぼんやりと灯っているだけで、とても薄暗く、気味が悪かった。通路の奥には階段があり、やってくる人影を通路の壁に映し出していた。
だがハンネ妃は、その人影を見ると少し嫌な予感がした。何故ならば、今彼女が最も会いたいとは思わない人物の姿かたちによく似ていたからである。
しかし、その予感は残酷にも的中してしまった。まさにその人影とは、ランディー伯爵のものだったのである。
ランディー伯爵は、片手にランプを持ちながら、階段を降り、彼女がいる地下牢まで一人でやってきたのである。
ハンネ妃は咄嗟に寝たふりをした。
「コツン…コツン…」
その足音は、彼女の牢の前で止まった。
「寝たふりをしても無駄ですぞ。儂には分かる。」
その低くてしゃがれた声を聞くと、彼女は鳥肌が立った。
「…何の用ですの?こんな夜更けに。」
彼女は、何事もないかのように振る舞った。
ランディー伯爵の顔を見ると、彼女はさらに血の気が引くほどの恐怖感に襲われた。ランプの灯りが彼の顔を下から照らし、化け物のように彼の顔を浮かび上がらせていたからである。
「妃殿下こそこんな夜更けに起きていらっしゃるとは、健康にもよくありませんぞ…」
「何をおっしゃるの?あなたがこんな所に私を閉じ込めたんじゃない!」
彼女は、必死で恐怖心を押し殺し、彼に言い返した。
すると、ランディー伯爵は、物凄い形相で格子をガシッと掴み、強い口調で彼女に言った。
「黙るのだ!この薄汚い女め!貴様、一体何を企んでいる?」
「な、何のことかしら?」
「ククク…今朝、お前のことを慕う侍女がそそうをしてな。少しばかり拷問をしたらすぐに吐きよったわ。愚か者め!貴様ここから出ようとしているな!」
彼女は目の前が真っ白になった。計画がすべてバレてしまったと思った。彼女は力無く膝から崩れ落ちた。
「ククク…この儂に楯突くとどうなるか思い知らせてやるわ。して奴らはどこから来るのかのう?」
彼女は、涙を浮かべて叫んだ。
「必ず!必ずあなたには天罰が下るわ!」
ランディー伯爵はニヤリと笑いながら言った。
「地下墓地から来るとすれば…誠に残念だが、彼らはここに来ることはないであろう。」
「な、何ですって!?」
「地下墓地には沢山の英霊たちが眠っておる。そこを通るには、彼らが行手を阻むであろうからな。だが、そうそう…彼らとて腕に覚えのある連中ばかり。そんじょそこらの騎士とは実力が違うのでな。瞬く間に返り討ちにされるであろうなぁ…」
ハンネ妃は何を言ってるのか分からなかった。
「え、英霊?英霊が蘇るとでも言うの?あなた…何を言って………ハッ!」
その時、彼女はランディーの目が赤く光っているのが分かった。彼女は思わず口に手を覆って後退りした。
「あ、あなた…何者なの!?ランディー伯爵じゃないわね!」
「何を仰る妃殿下。儂は紛れもなくランディー伯爵ですぞ。先代トゥームーヤ帝から代々支えてきたではありませぬか…」
「やはり、おかしいと思ったわ…あなた90をとうに越えているというのに、まるで老いを感じないもの!あなた…悪魔にでも魂を売ったの!?」
ランディー伯爵はニヤリと笑いながら言った。
「いずれにせよ貴様も、アラヤも長くは生きられまい…ケリー公爵が即位すれば、この国は儂のものになる。」
ハンネ妃は愕然とした。まさに万事休すであった。自分の身どころか、息子のアラヤ王までも守ることが出来なかったと彼女は、地面に手をついて涙を流した。
「さてと…幼き王の様子でも見てくるかのう…」
彼女はワナワナと震えた。悪魔によって操られたこの国は、一体どうなってしまうのであろうか。彼女は、ただ涙するしかなかった。
「うぅっ…何てこと…神様…!」
一方その頃、アラヤ王の寝室では…
アラヤ王はぐっと目を瞑りながらベッドの布団の中に潜り、早くケリー公爵のイライラが収まるようにと祈っていた。とてつもなく寂しく、悲しく孤独な夜であった。彼は涙を流した。ここのところ毎晩である。日中は謁見など公務の最中は、自らを殺すように、虚無な表情でただただ時が過ぎるのを待っていた。だが、夜になると堪えていた感情が爆発するのである。彼は今夜も絶望の夜を過ごさなければならなかった。
しかし、その時である。
「…」
何やら小さな声がしたのである。それはケリー公爵の寝室からでもなく、それを隔てる廊下からでもなく、紛れもなく自分の寝室の中から聞こえるような声であった。布団の中に潜ったままの彼は「おや?誰かが僕の寝室に入ってきたのかな?」と思った。そして、じっと耳を傾けてみた。
「…ザクロ、りんごにくるみ…か…どれもこれもシケたものしかないな…ああ、これなんか腐ってやがる!けっ! “バクラヴァ”や“ハルヴァ”はないのかぁ〜?湿気った謎のナッツしかねぇなぁ〜仕方ねぇ…これ食ってみるか…」
アラヤ王は、次第にその小さな声がハッキリと聞き取れるようになっていった。 バクラヴァやハルヴァとは、この国の伝統的なお菓子の名前である。かなり高級なものである為、ここのところ王宮でもあまり見かけなくなったのである。
「何だ?絶対にこの寝室の中に居るぞ!?…何者なのだ?入ってくる時のノックやドアの開ける音さえ聞こえなかったのに…!」
アラヤ王は、ゆっくりと布団を開けて覗いてみることにした。
寝室の中央に置かれたテーブル、その上には果物やお菓子などがたくさん並んでいた。それらは召使いたちが“王のお夜食用に”と、気を利かせて置いておいたものである。だが、同じテーブルの上で何かが動いているのが分かった。
それはまるで小さな小人のようであった。暗がりでよく分からないが、アラヤ王は次第に目が慣れてきた。
この小人は体長5〜8センチくらいで、赤く小さな三角の帽子を被っており、布の小さなチョッキを着て、しっかりとズボンを履いている。それがテーブルの上の食べ物を漁っていたのである。
「(な、な、何だあれは?)」
アラヤ王は、目を丸くしてその小人を見つめた。いつの間にか彼は夢を見ているのかと思った。
「…うっ!オエッ!オエェェ〜ッ!マズっ!ゲロまずだなこれ!ぺっ!」
小人は先程食べた何かを吐き出している。
「…ったく、王宮もしょぼくれたもんだぜ!トゥームーヤの頃はもっとたくさん、色んなもんがあったのになぁ…」
小人はパタっとその場で仰向けになった。しかし口に何かを入れながらモグモグとしたままである。そして、ガバッと起き上がり、アラヤ王の方を向いたのである。
「んっ!?」
アラヤ王は咄嗟に布団を被った。
「(ば、バレた!)」
アラヤ王は、小人と目が合った気がした。でも夢かもしれない。彼は恐る恐るもう一度
布団をゆっくり開けて見ることにした。
その時—
アラヤ王の開けた布団のすぐ目の前にその小人が立っていたのである。
「よっ!」
小人は笑顔でアラヤ王に手をあげて声をかけてきた。
「うっ!うわぁあああ〜っ!!」
アラヤ王は驚いて飛び起きた。
すると、寝室の警備をしていた兵士がドアをノックした。
「殿下!どうされましたか!?」
そして、兵士はドアをガチャっと開けたのである。
その瞬間アラヤ王は、反射的に枕を小人の上に被せて隠した。
「(うっぷ!フガフガ…!)」
兵士はアラヤ王に声をかけた。
「殿下!いかがなされましたか?」
「ああ、うん、何でもないよ。ちょっとうなされただけ!」
兵士はアラヤ王の顔を見てホッとしたようである。
「そうですか。何かあればすぐにお申し付けください…では」
兵士は部屋から出てドアを閉めた。
アラヤ王はゆっくり枕をどけた。
「ぷはぁっ!…おい!王とはいえ、このフランク様を枕で潰すとは!」
やはり夢ではなかった。アラヤ王は、まだ驚いている。この小人は一体何なのか、アラヤ王はかつてハンネ妃に妖精が出てくる絵本を読んでもらったことがあるのを思い出した。
「…き、君は、フェアリー?」
小人は首を振った。
「はぁ?俺をあんなおちゃらけた連中と一緒にすんなよな!俺は“ピクシー”だ!ピクシーのフランクだ。よく覚えておけよ!…言っておくが、お前よりずっと歳上なんだぞ!」
小人はバタバタと動きながらアラヤ王を見上げて喚いている。
アラヤ王は、ふとフランクのほっぺを人差し指と親指で挟んでみた。
「うっぷ!おい!フガフガ!」
そして、手をさっと離した。
「…おい!お前!俺が小さいからってな、やっていいことと悪い事が…」
次にアラヤ王はフランクの首根っこを掴んで持ち上げた。
「おお、降ろせ!!」
そしてパッと降ろした。フランクは尻餅をついた。
「ぐあっ!…おい!くぉら!このガキがぁ!」
「あはっ…」
アラヤ王は、何だか面白くなってつい笑ってしまった。
「ごめん、ごめん、君は何者?何でここにいるの?」
ピクシーのフランクは、先代トゥームーヤ皇帝が少年の頃からこの王宮に棲みついたそうである。最初は誰も自分のことが見えなかったが、ある日トゥームーヤ皇帝が10歳の頃、彼の存在に気付いて親しくなったのだという。それから、彼の秘密のお友達として、話し相手やチェスの相手、またはちょっとした悪戯などに手を貸していたというのである。
「まぁ、いつしか奴は“皇帝”とかいう偉いもんにになってよ、色んなことに目を向けなきゃいけなくなっちまったんだよな。だから次第に俺が見えなくなっていったんだよ。お前さんが生まれる頃には、もはや俺の存在すら忘れちまってたかもしれねえぜ…悲しいよな!」
そして、フランクはすくっと立ってアラヤ王をまじまじと見つめた。
「よお、お前さんはいくつだ?」
アラヤ王は答えた。
「え、僕?…あっ!明日で10歳になるよ!」
フランクは、にやりと笑った。
「やっぱり!お前さんのオヤジも、ちょうど10歳の頃、俺が見えるようになったんだぜ!不思議な力だな!」
そういうと、フランクは手を口に当てて少し声を抑えて言った。
「よぉ、お前さんよ。ちょいとお願いがあるんだよ」
アラヤ王は耳を傾けた。
「俺はよぉ、酒が大好物なんだ!頼むから向かいのケリー公爵の部屋にいって、酒をもらってきてくれないか?」
アラヤ王は首を横に振った。
「ダメだよ!そんなこと僕が言えるわけない!」
「ちっ!だってお前さんは王だろ?王は公爵よりも上なんだぜ?」
アラヤ王はまだ首を横に振っている。
「ダメだったらダメだ!僕が怒られる!」
その時である。何やら廊下の方から声がした。部屋の警備をしている兵士に誰かが話しかけているようである。
アラヤ王はさっと布団に被り寝たふりをした。
布団の中でフランクはこっそりとアラヤ王に話しかけた。
「誰だ?ちょっと見てくるぜ、待ってろ!」
すると、フランクはふわっと宙に浮いてドアをすり抜け、廊下へと出た。しばらくすると、またふっとドアをすり抜けてアラヤ王の布団の中に潜り込んだ。
「あいつ!あのジジイだ!お前さんよ、俺はピクシーとして忠告するぜ!あいつは普通じゃねえ。注意した方がいい。」
アラヤ王は言った。
「あいつ?あいつって誰のこと?」
「ランディー伯爵だよ!あれはランディー伯爵だが、もう別モンだぜ!俺の知ってるランディー爺さんは、もっとこう、とぼけてて、穏やかでよ、優しかったんだ」
「…うん。僕もそう思うよ。あの人が来てからケリーおじさんはどんどん変わっていったんだ。」
ピクシーのフランクは頭をポリポリとかいて少し考えた。
「…なぁ、良いこと思いついたぜ!俺がお前さんをここから出してやる!その代わりに…
フランクはアラヤ王の耳元でヒソヒソと話した。そして、アラヤ王は言った。
「ええっ!?」
—スレイヤ城の地下墓地は、とても広くたくさんの棺桶が並んでいた。それはこの城が出来てから数百年間に渡る歴史の産物であった。神聖ナナウィア帝国のずっと前の王朝から存在していたのである。帝国の兵士たちや城の人間は、はなるべくここに立ち入りたくなかった。薄気味悪く、不気味な空気が立ち込めているし、何より夜な夜な変な音や人の声がすると言った噂が絶えなかったからである。
「…おい、今の聞いたか?」
「あ、ああ…お前も聞いたのか…」
「何かが爆発するような音だったな…ボンて」
「お前、見に行ってこいよ」
「俺が?お前が見に行けよ」
地下墓地への長い階段に通じる格子状の門のところで、見回りの兵士が二人話し合っていた。
二人は、恐る恐るその門を開け、下に降りてみることにした。
カツーン、カツーンと足音が階下に響き渡る。
すると、やはり何か物音がするのである。
「カチカチって…今の聞いたよな?」
「お、おう…何かが動いてる音だ…」
階段は長く下に続いている。兵士の一人が手に持っているランプを下の方にやってみた。
「あっ!しまった!」
その時、兵士はランプを誤って落としてしまったのである。
ランプは、ひゅーと落ちていって、地下墓地の地面にぶつかった。すると、ランプのオイルが飛び散り、辺りに火があがった。
「ああ!な、何だありゃ!?」
何とその火が照らし出していたのは、夥しい数の何かが立っている姿であった。
それは、鎧や兜、盾や剣などを持っているようである。だが、少し様子がおかしい。
「うおおっ!ありゃ人間じゃねえ!」
それはまさしく、肉体の朽ちた骨のみで動いている“スケルトン”であった。スケルトンとは、骨のみで動いている魔物であるが、意志は無いとされている。彼らを操る“ネクロマンサー”という闇の魔法使いがいるとされているが、スレイヤ城のスケルトンは、それらとはまた違ったタイプのスケルトンである。彼らは、生前に戦争で命を落とした英雄であった為、「英霊」として祀られていた。しかし、彼らが葬った人の数が圧倒的であり、それらが長い年月をかけて邪念となって彼らをさらに強力なものに変えていたのである。中には当時の記憶のまま動いている者もいる。
そして最悪なことに、その数体が兵士に気付いたようであった。
「やばいぞ!上がってくる!逃げろ!」
ガシャン、ガシャンと鎧がすれて歩いているような音が下から聞こえてきた。どんどん近くなっているようである。
兵士たちは、血相を変えて階段を駆け上がり、慌てて門を閉めた。
「ひゅーっ、一体何だありゃ?バケモンか?」
兵士は門に鍵をかけて、汗を拭き取りながら、もう一人の兵士の方に振り向いた。
「すげぇもんを見ちまったな」
その時、門の奥から伸びた剣の先が、門の前にいた兵士の腹をグサッと貫いたのである。
「ぐはっ!」
もう一人の兵士は腰を抜かし、叫んだ。
「わぁあああ!で、出たぁーっ!!」
兵士は慌てて上階に逃げていった。
スケルトンは、地下墓地中に溢れかえっていた。
彼らは何かに向かって歩いているようであった。
それは、まさしくハンネ妃とアラヤ王を救出する為に地下から城へ侵入してきた、フルシアンらの方向であった。
〈誰ぞ…我が領地を穢す者は…〉
〈我が剣で葬ってくれる…〉
スケルトンは、何やら怨念のようにぶつぶつと呟きながら歩いてくるのである。
「来たぞ!スケルトンだ!」
「うおっ!何という数!」
フルシアンは、獅子の紋章が刻まれた弓矢を手に取り、矢を放った。
スパン!
何と、スケルトンは飛んできたその矢を剣で払ったのである。
「こいつら、ただのスケルトンじゃないぞ…!」
フルシアンは言った。
「生前にかなり名の売れた戦士たちだろう!」
シイルも剣を構えた。
「ふん!あたいの腕がなるってもんだ!」
フリンは双剣をくるくると回しながら、とんとんと小さく飛んでいる。
カチカチという音が無数に重なり、ザッザッという足音も聞こえてきた。
サンボラは杖を構え、静かに詠唱を始めた。
「古代魔導の真髄を見せてやろう…」
フルシアンは、咄嗟にサンボラを制止して言った。
「ダメだ!魔法で一気にドカンとやる気か?そんなことしたら城中にバレちまう!」
「だが、この数を相手にするのは厳しいぞ?」
シイルが口を挟んだ。
フルシアンは、前にいるネズミがこちらを見ていることに気が付いた。
「…ん、待て。…そうか、なるほど…いい子だ」
「フルシアン?何してるのさ!奴らが来るよ!」
フリンは双剣を構えながらフルシアンに言った。
「こっちに別の道があるそうだ!彼が言ってる!」
サンボラは言った。
「“彼”とはそのネズミか?大丈夫なのか?」
フルシアンは言った。
「信じるしかないだろう?彼はここに住んでるんだぜ?」
フルシアンたちは、そのネズミについて行くことにした。幸いスケルトンたちは足が遅く、彼らのスピードには追いつけないようであった。
「…スケルトンが居るとしたら、どこかにネクロマンサーが居るはずなんだが…」
シイルがそう言うと、サンボラが答えた。
「…これは推測に過ぎないが、おそらくランディー伯爵の魔力によるものだと思う。あの数のストリゴイを操れる程の魔力の持ち主だ。スケルトンを操ることなど容易いだろう」
「なるほど…だが城の人間たちは大丈夫なのだろうな?周り中魔物だらけの城で…」
フルシアンは言った。
「ランディー伯爵が本当にヴァンパイアだとすれば、彼は昼間は活動出来ない。太陽の光に極端に弱いんだ。伝説では太陽の光に当たると焦げてなくなるそうだが、実際は分からない。だが、もしそうでないのなら、わざわざ普通の人間を操る必要なんかないはずだ。ケリーをヴァンパイアにすれば良い。」
フリンは確かにと思った。
「なるほど〜…みんなヴァンパイアになっちゃったら、昼間に動ける人が居なくなっちゃうし、それは一理あるかもにゃ…」
フルシアンの推測は的を得ていた。ランディー伯爵自身、昼間は真っ暗な部屋で静かにしているか、棺桶の中で眠っているしかないのであった。
フリンがエズィールたちと初めて会った時、既に日が沈み、暗くなり始めた頃であった。
ランディー伯爵は、実に狡猾にひっそりと城の中で動き、徐々に周りの人間を利用していたのである。
「帰りはここは通らない。城壁付近に秘密の出入り口がある。ハンネ妃とアラヤ王を救出したら、そこへ向かう!」
シイルが言った。
そして、彼らはネズミの案内通り、地下墓地から上階の地下牢へ向かった。
「よし、ここらに棺桶は無いな。すんなり行けたぜ!」
スレイヤ城は、最下層に地下墓地、さらにその上に地下牢や倉庫。そして地上へと繋がる構造になっていた。ちなみに、アラヤ王やケリー公爵がいる寝室は、城のかなり上部に位置している。
アラヤ王は、ピクシーのフランクの言う通り、ここから出られるものなら出たいと思った。
「君の言う通り、本当に出してくれるの?怒られたりしないかな…」
フランクは言った。
「あのランディー伯爵は化け物だ。お前いつか殺されちまうぜ!ここで俺と会ったことを幸運に思え!」
フランクはそ〜っとドアをすり抜け、アラヤ王の寝室の前にいる兵士を見た。フランクの姿はアラヤ王以外には見えないようである。
兵士は首をコクリコクリとしながらやっと立っているようである。
フランクは彼の耳元で声色を変えて話した。
「よし、交替の時間だ。」
「ふがっ?もうそんな時間か…?分かった…」
兵士は眠い目を擦りながらフラフラとその場を立ち去った。
そして、フランクは寝室の鍵を開けて、アラヤ王に言った。
「よし、今なら出れるぜ!」
アラヤ王は、部屋を出て辺りをキョロキョロと見渡し、恐る恐る部屋を出た。
すると、向かいのケリー公爵の寝室のドアが少し開いていて、彼の寝室の明かりが漏れていたのである。
ピクシーのフランクは、その部屋から漏れ出ている酒の匂いに反応した。
「うっ!…こ、これは…俺の大好物のナリンチェ(白ワイン)の匂い!」
フランクはフラフラとその寝室の方に飛んでいってしまった。アラヤ王は、慌ててフランクを捕まえようとしたが、すっとの寝室の中に入ってしまったのである。
「(フランク!待て!待てってば!)」
アラヤ王は、仕方なくそっとケリー公爵の寝室の部屋を覗いてみた。
するとそこには、酔い潰れて床に寝転ぶケリー公爵の姿があり、飲みかけたワインボトルやグラスが散乱していた。そして、それを立ったまま眺めているランディー伯爵の姿があった。
「やばい!」
しかし、ランディー伯爵はこちらに気付いていないようである。
アラヤ王は、フランクがフラフラと飛んでいるところをガシッと捕まえて、咄嗟に部屋を回り込み、ベッドの下に潜り込んだのである。
「おい!何をする!離せよ!」
フランクはアラヤ王の手の中でもがいている。
「(ダメだよ!じっとしてなきゃ!バレたら殺されちゃうよ!」
アラヤ王とフランクはベッドの下でじっと様子を見ることにした。
するとランディー伯爵が寝ているケリー公爵に話しかけた。
「ふん、夕方の報告がかなり堪えたようだな。小心者め!お前の妹の方がまだ勇敢だぞ…ふん、まあよいわ。お前も妹も、わが手駒に過ぎんのだからな…なぁに、明日の夜には我が軍がサーバスを手中におさめるだろうて…」
「(我が軍だって!?何を言ってるの?)」
アラヤ王は驚いた。だがその瞬間、フランクがアラヤ王の手をすり抜けて、床に転がっているワインのボトルの方へ歩いて行ってしまったのである。
「しまった!」




