第4話「希望」
突如として、空を覆い尽くした暗雲はたちまち姿を消し、空には満天の星々が輝いていた。
先程の騒ぎがまるで嘘のようであった。
しかしながらセレナやエズィールたちドラゴンは、以前とは明らかに世界の理が変化しているのを感覚的に感じ取っていたのである。
これが魔王の存在する世界なのかと、改めて実感するのであった。
魔王が出現した後、しばらくガラたちはヴェダーと共にサーティマの住民たちの避難を手助けしたが、助けられた住民は、以前のわずか10分の1ほどであった。
そして、どうやら魔王は再び姿を消し、魔物の出現も小康状態になっていった。
そして、ガラたちは近くの都市、パンテラへ向けて住民たちを移動させることにしたのである。セレナやエズィールなどドラゴンの姿に一時は住民たちも恐れていたが、彼らが勇敢に魔物たちと戦う姿を見て、どうやらドラゴンは味方であると認識したようである。
パンテラでは、サーティマからの不穏な状況が伝わっており、街の中はパニック状態になっていた。慌てて荷物をまとめて出ていく人々や、領主館に向けて説明を求めて集まる住民たちなどで溢れかえっていた。
ガラたちは、領主に会い、状況を説明した。領主は、当初、突然やってきた見ず知らずの物騒な輩を相手にしなかったが、ドロレスの姿を見て、信じざるを得なくなったのである。ドロレスは、パンテラでは一目置かれていたからである。
『いいかい、これは緊急事態なんだ。オジー、よく聞いてくれ。これからサーティマから避難民がどっと押し寄せてくる。彼らの住居と、食事が必要なんだ。』
「オジー・ブラウン」パンテラの領主でもあり、ギルドマスター、ギリオス・ブラウンの実の弟でもある。しかしながら、兄弟関係は既に絶縁状態であった。
『まったく、ギリオスのクソ兄貴が死んだと同時にお前も姿を消して、一体何がどうなってんだか訳が分からねえ。そしたら、今度はお前さんがペガサスに乗って、エルフとドラゴンを連れてきてサーティマの避難民を受け入れろだぁ?おいおい、俺の頭ん中はパニックだぞ!?』
オジーは、ギリオス殺害騒動の後、密かに調査を開始し、状況を調べていたが、ギルドの連中は口を揃えて魔導士の仕業であると言っていたそうである。
しかしながら、領主として常に魔導士の監視下に置かれている立場上、それは公にされないまま時間だけが過ぎていった。ギルドは閉鎖され、街には失業者が溢れかえった。中には「闇ギルド」なるものを勝手につくり、商売を始める者まで現れていたそうである。
『魔導士連中は、何をしてんだ?』
ガラがオジーに尋ねた。
『連中は、何か古代の道具を使って向こうの状況がよく分かってるみたいだな。どうやらアングラは死んじまって、今は連絡が取れんらしい。あたふたしてるよ。』
その時、領主の部屋に魔導士が入ってきた。上位魔導士のローブを着用している。
『失礼、領主殿。ガラ、ドロレス、また会ったな』
ガラとドロレスは、魔導士の顔をよく見た。
『あっ!お前はあの時の!』
『魔導士連合ブラインド・ガーディアン参謀長、サンボラだ。あの日の夜のことは、忘れてないぞ』
サンボラは、ガラとセレナが出会った頃、パンテラで指名手配中の彼らを捕まえようとした魔導士であった。
『領主殿、大変重要な客人が来たことを報告する』
サンボラがオジーにそう伝えると、領主の部屋のドアが開いた。
そこには、エズィールとセレナ、ヴェダー。その後ろにクァン・トゥー王国、トレント王とボンジオビの姿があった。
『な、なんと!国王陛下!』
その場にいたパンテラの人間たちが一斉に跪いた。
トレント王は、着の身着のままで来たのであろう、服装はほとんど部屋着のままであった。
『余の格好を見たら分かるであろう。どれほどの事がサーティマで、クローサー城であったか。あれはこの世のものとは到底思えん!アングラがあんな事になろうとは…』
そう言うとトレント王は、頭を抱えふらふらと倒れ込んだ、それをお付きの者が必死で支えた。
『何をしている!直ちに王の寝室を用意するのだ!』
お付きの者がそう指示を出そうとしたが王は静止した。
『よい、よいのだ。余からの願いである。どうかパンテラ領主、オジー殿よ。わがサーティマの民を迎え入れてはいただけないだろうか、同じ国民として、どうかこの願い、国王としてたっての願いである。』
オジーは、跪き、目線を落としながら言った。
『滅相もございませぬ!王自ら願い出るなどと、そうさせてしまったことが、むしろ領主としてこの上なき恥にございます!全力を持って、迎え入れる所存でございます!』
そう聞くと、トレント王は、ガラたちやヴェダーの方に向き直し、言った。
『そして、炎のガラとその仲間たち、またエルフの国トトのドラゴン、エズィール殿と、エルフの精鋭たちよ。この度の騒動、国王として誠に恥ずべきもの、誠に申し訳ない。古代魔導王朝復活計画など、宰相の発案とはいえ、その計画を主導した身、謝罪してもし尽くせぬ。まさかこのようなことになろうとは…』
王は深く頭を垂れた。
ガラ、ドロレスは素直に驚いた。
「若き王は未熟でわがまま、贅沢三昧で浪費家」
そんな評判が国中で囁かれていたからである。
王は続けた。
『そして、トトの者たちよ。貴国のオーブを奪ってしまったこと、まさに貴国を侮辱した行為であり、万死に値する。にも関わらず、命をかけてわが国民を守ってくれた。この上なき深き感謝と御礼をせねばなるまい。』
そして、その場でトレント王、パンテラ領主オジー、ガラ一行、エズィール、ヴェダーを中心に緊急対策会議が開かれたのである。
パンテラは、トレント王を中心とした暫定王国とされ、オジーは宰相に任命された。さらにパンテラに避難民保護区がつくられ、街の外壁の強化が急ピッチで行われることになった。
また、エズィールの発案により、ガラが持ち帰ったトトのオーブを使い、パンテラに魔法の結界が張られる事になった。
アングラと共に古代魔導王朝復活計画の中心者であったボンジオビは、王の計らいにより罪を免れた。それどころかむしろ古代魔導技術の研究をさらに進め、魔王を封印する計画の中心者に任命されたのである。
次から次へと矢継ぎ早に手を打つ王の姿に周囲はその認識を改めざるを得なかったのである。
トトのエルフたちは、ヴェダーを中心にパンテラの防衛を引き受け、ドニータらは事の詳細を報告する為、一旦トトへ戻る事になった。
『ドニータ、アマダーンとアズィールはどうなった?』
ヴェダーが尋ねた。ドニータは、少し沈黙したあと、鎮痛な表情で言った。
セレナが二人を野営へ連れて来たあと、治療を続けたが、アズィールは助からなかったと。そして、ふと目を離した瞬間、アマダーンはペガサスを一頭奪い、アズィールの遺体と共に姿を消したというのである。
『な、何だと!?』
『すまない!もっと早く言うべきだった。だが、既に捜索隊は出している…』
二人の会話を近くで聞いていたエズィールは、二人に歩み寄って優しく語りかけた。
『ヴェダーよ、彼女を責めないでくれ。実は私は既に感じていたのだ。彼女の死を。しかしそれを言ったところで、どうすることも出来ない。避難民の救出こそ最優先だと考えたわが同胞を心から尊敬する。そなた達はエルフの誇りだ。今は捜索隊の報告を待とうではないか。』
魔王の動向は未だに分からない。いつまた魔物の軍勢が押し寄せてくるのか、現場は依然として緊張状態が続いていた。
『ガラ、代わるよ。』
『おう』
ガラとドロレスは、交代で外壁付近の防衛の番をしていた。
『…なぁ、ガラ。ちょっとだけ話さないか?』
ガラは、ドロレスの隣に腰を下ろした。
『ガラ、あいつさ、魔王って、どう思う?』
『…どうって?アマンが…あいつがあんな風にやられるなんてな…もう次元が違うなんてもんじゃねぇよ…』
ドロレスは、クローサー城内の塔での出来事を思い出していた。
『あたしは…確かにあいつは強過ぎだけど…なんか、意外だったんだ』
ガラも思い出した。
『ああ、「まったく悪の化身」て感じではないような気がしたな…』
『そうだろ?あたしの意見を少し聞いてたんだぜ。「お前は面白い」って…不思議な感覚だった。』
そして、ドロレスはもう一つの言葉も思い出した。
『火、風、土、水…か…一体古代の人間たちはあいつをどうやって封印したんだろうな…』
『ボンジオビがそれは調べてるはずだ。だが、何か伝説と違っている部分があるかもしれねぇな…』
星空の下では、魔物の気配一つ無かった。遠くの方では、フクロウの声がする。
『勇者が滅んだ…か…いや、待てよ。おい、ドロレス、エズィールの言葉、覚えてるか?』
ドロレスは、トトの首都ルカサからドラゴンの神殿タンブへの馬車の会話を思い出した。
『あっ!そうだ!エズィールは、魔王と勇者は無にはならないとか何とかいうやつだ!』
『魔王が出て来たってことは、勇者も出て来てるはず…なんて考え方は、楽観的過ぎるか?』
二人の会話から、僅かながらに希望の光が見えたのである。二人はその僅かな希望に賭けてみようと決意したのである。
ーーーそして、夜が明けた。
夜が白んできた頃、パンテラにドニータが放ったアマダーンの捜索隊がやって来た。
ヴェダーは、ドニータらと報告を受けた。
ガラたちは、パンテラの宿の一室に泊まっていたが、朝早くに叩き起こされたのである。
『一体何があった!?魔王の軍勢が!?』
急いで支度をしたガラたちは、領主館に召集された。
『いや、軍勢は一向にやって来ないのだが、捜索隊から報告を受けてな…』
ヴェダーが、真剣な面持ちで答えた。
報告によれば、アマダーンは依然として行方不明だが、捜索隊は、トトからアズィール捜索で派遣された隊と偶然出会ったというのである。
アズィール捜索隊のエルフたちは、アズィールの最期を知り、嘆き悲しんだが、彼らは、砂漠の国「サーバス」より重要な情報を掴んだというのである。
『その重要な情報ってのは?』
ドロレスがヴェダーに尋ねた。ヴェダーが、話そうとした時、会議室のドアが開き、ボンジオビが入って来たのである。彼はやや興奮した感じで話し始めた。
『おっ!揃っているな!失礼!凄いことが分かったぞ!』
ボンジオビは、エルフの報告を受け、慌てて城から持ち出した手帳を開いた。
『その手帳は?』
ドロレスが尋ねると、この手帳は、かつてボンジオビがアングラと共に古代遺跡の調査をしていた時、遺跡から発見された様々な遺物と共に、石板や壁画なども見つかった際、それらを詳細に記録した物だという。
『これを見てみろ!』
それは、壁画を画家に描かせたスケッチであり、出来うる限りそのままを写実的に描いたものだそうだ。その壁画には、四方に四人の人間が、描かれており、それぞれに違う紋章が刻まれていた。
『いいか、これが土、これが水、火に、風だ。この四つのエレメント(要素)を司る人たちの中にもう一人いるだろう?これが、「勇者」だ。この図は、四人のエレメントを持つ四人が勇者と共に魔王を封印したとされる図だ。』
ドロレスとガラは、確かに魔王が「四つの民が揃わなければ自分に勝てない」と言っていたことを伝えた。それはセレナも聞いていた。
『だが、その伝説は昔からばあちゃんがそのまたばあちゃんにみたいに、皆が知ってるお伽話だぜ?それが魔王本人から聞いたってだけだ。問題は、その方法だろ?』
『さよう、そこからが大事なのだ。エルフの報告によれば、サーバスに「勇者の墓」というものがあることが分かったのだ。』
ドロレスは、目を大きく開けた。
『そこには、かつての勇者の秘密が隠されており、魔王封印の方法も伝えられているというのだ。』
ガラたちは、いや、そこにいる皆の顔が一気に晴れた。
『そいつは凄い!…でさ、昨日あたしとガラが話したんだけど、エズィールが言っていたことを思い出したんだ。魔王と勇者は、陰と陽、二つで一つってやつさ!』
エズィールが口を開いた。
『その通り。正義と魔の闘争は、この世が始まってからずっと続いておるのだ。魔があるところに、必ず光が現れる。その逆もまた然りなのだ。魔王が現れた今、勇者は必ず姿を現す。いや、もう既に現れているのかもしれん。』
ヴェダーが話しを続けた。
『ガラは火の民、俺は風の民の末裔なんだ。あと土の民と水の民ってのがいるはず。そいつらも探さないといけないな。』
そこに、マコトが口を開く。
『拙者、わが祖国エイジアにて、水の民の子孫の話しを聞いたことがあり申す。しからば、拙者、水の民を探しに再び故郷へ帰ろうと今決意をした!』
『あとは土の民か…』
ドロレスが顎を触りながら呟いた。
そこに、魔導士のサンボラが話し始めた。
『よろしいか、俺はかつて神聖ナナウィアにいた。そこは、土の神を祀っている神殿がある。そこなら土の民の情報が掴めるかもしれんぞ!』
おお!と一同が唸った。まさに団結の智慧とも言うべき姿であった。彼らの智慧と一念の結晶が、次第に希望を膨らませていったのである。
『問題は、スピードだ。』
ヴェダーが言った。この計画を進めるには、気の遠くなるような時間を要する。しかしながら、未だ魔王の脅威は目前である。そこで、ヴェダーは、エズィールとセレナ、そしてペガサスのスピードを使うという案を出した。彼らの機動力を持てば、移動時間はぐっと縮む。
『それはいい案だ。』
ガラは答えた。しかし、ドロレスは表情が曇った。
『うぅっ!あ、あたしはここに留まって街を守るよ!』
『空が苦手なだけでしょ?』
セレナが無邪気に声をかける。一同が笑い出す。
まさにこの世の終わりとも言うべき時に、一時の笑いが出るという光景は、不謹慎よりもむしろ、絶望から希望へと転じた彼らの心の変化を表していた。希望を失わない限り、人は前に進めるのである。
ーーー時を少し戻そう。
セレナがクローサー城から、アマダーンとアズィールを救出し、ドニータがいる野営地へと運び出したあと、アマダーンは、アズィールの最期を見届けた。
アマダーンは、しばらく彼女の元から動くことをしなかった。彼の頬を涙が伝い、僅かな時間ではあったが、彼は、沼地での出会いを思い出していたのだ。
サーティ平原の沼地では、アマダーンもあの巨大な魔物「ベヒーモス」と対峙していた。攻撃は跳ね返され、絶体絶命のピンチであった時、空から真っ黒なドラゴンが現れ、氷の息でベヒーモスを凍らせたのである。
彼女は、冷酷で生意気そうな雰囲気であったが、どこか寂しげで、孤独であった。
「孤独」
それは、アマダーン本人にも常に付きまとう憂鬱の種であった。そのあまりにも強大な力がゆえの孤独。裏切り裏切られの世界を生きてきた男の性であった。勇者英雄隊は、皆互いに尊敬し合い、切磋琢磨する戦友ではあったが、そのあまりにも想像を絶する任務に耐えきれず、離隊していく者が常であった。それは致し方ないことである。そう言い聞かせ、彼はまた孤独を噛み締めるのであった。
目の前に現れたドラゴンの娘は、自らの生い立ちを話し始めた。アマダーンは、彼女の半生は種類は違えど、お互いに「孤独」を抱えた者同士、何か通じるものがあると感じたのであった。
また時に無邪気に笑ったり、からかってきたりする姿は、人間の少女と何ら変わらない。アマダーンの中に僅かながら「人の心」の温もりが蘇ってきたのである。それは、ガラがセレナと出会って感じたものと同じであった。
アマダーンは、オーブによって自らの命を費やすドラゴンの宿命に、憐れみを感じ、彼女をオーブの呪縛から解き放とうと思った。
しかし、それは叶えてあげることが出来なかったのであった。
『アズィールよ…許してくれ…』
アマダーンは、彼女の遺体を持ち上げ、無くなった左足の先を庇いながらヨロヨロと立ち上がった。野営地のキャンプの中には、いくつかの食料と、水があった。それを持ち出し、エルフの目を盗んで、ペガサスを奪うことなど、彼には造作もなかった。
彼はペガサスにアズィールの遺体を乗せ、走らせた。ペガサスは風を切り、まるで風と一体になったかの様に、凄まじいスピードで飛んで行った。
『こいつは凄いな…』
あっという間に国境を渡り、ペガサスは、神聖ナナウィア帝国と、砂漠の国サーバスの間にあるドワーフの統治している「シーマ自治国」に辿り着いた。
森の中に小川が流れ、その脇に一軒の捨てられた小屋を見つけた。彼はそこにペガサスを降ろし、アズィールを火葬した。そこに、簡易的な墓を建て、彼女を弔ったのである。
その時、彼女の遺灰から何か輝く石の様なものを見つけた。
『…なんだこれは?』
アマダーンはそれを拾い、彼女の形見として首飾りにして身に付けた。その石は不思議な輝きを放ち、それを見つめていると何やら穏やかな気持ちになっていくのであった。
小屋の中で、アマダーンはあの魔王のことを思い出した。
かつて世界最強と謳われた戦士が、まったく赤子同然のようにやられてしまった。しかも、自分に慕い、ついて来たドラゴンの女も奴に殺されてしまったのだ。
彼はその時、自らの非力と情けなさ、そしてまた孤独に包まれた。うずくまり、地面に伏し嗚咽をあげ泣き出した。
次第に夜は明け、朝陽が川面を照らし、反射したその光が小屋に入り、小屋の壁をキラキラと照らした。
彼はどれくらい眠っていたのであろうか。
壁に当たる光で目が覚めた。
彼は小屋から出て川の水で顔を洗い、食事をした。
ペガサスは、静かに寝ている。彼はペガサスを撫でて言った。
『不思議な馬だ。お前をアンジェラと名付けよう。』
アンジェラとは、彼の故郷サーバスの言葉で「風の子」という意味である。
彼はサーバスにも戻る気もなかった。元々戦争孤児として、クァン・トゥーに保護された身である。故郷に戻ったところで、彼の過去のことを知るものはまったくいないであろうし、勇者英雄隊として、サーバスにも攻め入ったことがある彼は、いつどこかで報復に遭うかもしれない。左足を失った彼にとって、それはリスクであったし、それはまた彼にとってどんな周辺国へ行くのも同じことであった。
シーマ自治国は、唯一攻め入ったことのない国であった。彼がここに来たのもそういった理由があったのだ。
このまま身元を隠しながらひっそりと暮らしていこう。彼はそう思い、この日を境に、名前を「アマダーン」から「ダン」へと改めた。
そして、数日が経過したある日のこと、彼のいる小屋に、二人の母子が訪れた。
『もし…よろしければ、この子に食べ物を恵んでやってはくださらないでしょうか?』
彼は驚いて小屋の戸を開けた。一人は褐色の肌に痩せ細った女性、もう一人も褐色の肌に、痩せ細った少年であった。共にサーバスから来たという。
彼はもっている食料を二人に分け与え、話を聞いた。
『ありがとうございます。本当に助かりました。何とお礼を言ったらよいか…どうか、お名前だけでもお聞かせください。』
『俺は…ダンだ。サーバスから何をしにやって来たのだ?』
『私の名前は、ビョンセ。この子はマーズ。私たちは、砂漠のドラゴン、アディーム様のお告げにより、エルフのドラゴンを救う為、やって来ました。』
ダンは驚愕した。砂漠のドラゴンのお告げとは、ガラたちの言っていたことと同じではないか。そして、エルフのドラゴンは…
『エルフドラゴンは…残念ながら、葬ったところだ。隣に墓があるだろう』
それを聞いて、ビョンセは嘆き悲しみ、墓の前で嗚咽をあげた。マーズも涙を浮かべている。
『しかしながら、お前たちがエルフのドラゴンを救うなどと、そんなことが出来るのか?もし生きていたとしても…』
ビョンセは、涙を拭い、立ち上がって言った。
『ええ、私は魔法が使えますけど、大した力もありませぬ。ですが、この子は…まだ9歳ですけれど、大いなる力を持っています。なぜなら、この子は…』
ビョンセは、少年の頭を撫でて言った。
『勇者の血を継いでいるからです。』