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忘れがたき炎の物語  作者: 判虹彩
砂漠のドラゴン編
16/21

第1話「奇妙な街」

クァン・トゥー王国の首都「サーティマ」

賑やかな市場の路地裏を進むと、ひっそりと佇む一軒の酒場があった。

「ヴァンの酒場」という寂れた看板が、苔むした壁に掲げられている。古びたランプが垂れ下がる薄暗い店内には、二、三人の客が静かに酒を飲んでいた。その中でも一際目立つ男がカウンターに座り、サーティマの北方ツォーホク地方産の葡萄酒に舌鼓を打っていた。

男が何故目立つのかと言えば、洗練された白布のブリオーを着用し、王国では、王に認められた者しか扱うことを許されない獅子の頭をあつらったサーベルを腰に下げているということであろう。


その男は、「勇者アマダーン」その人であった。

店主のアレックスは、かつての勇者の戦友であった。彼がひっそりと経営する酒場に、時折り顔を出しては、何やら考え事をしながら酒を飲むのが彼の日課であった。

店主は、アマダーンに話しかけた。


『アマン…最近見なくなったと思えば、ここ1週間くらい毎日うちに来てるな。こんなに荒れてるお前を見るのは、あいつが隊を離れた時以来だ…』


アマダーンは、葡萄酒が入ったカップを見つめてはふっと笑い、葡萄酒を一口グイッと飲み干した。


『また離隊志願者か?』


アレックスは、勇者英雄隊から離隊したいという人間に対しては、何とも思わないアマダーンという人となりをよく知っていた。ただ一人を除いては。

だが、今回のはおそらく違うことで、彼は悩んでいるのであろうとも思った。だから、あえて的外しな質問を投げかけたのだ。


『違う…俺は去る者は追わずだ』


アマダーンは店に入って数時間経つが、始めて口を開いた。

アレックスは、プライドが高い彼が思い悩んでいることを知っていたが、彼がやっと口を開くまで待つということの忍耐力は持ち合わせていた。

時に人間というのは、話す必要のない時は黙って見守ることの方が大事な時がある。

その一言を聞いてアレックスは、少し安堵した。内容が間違っていようがいまいが彼には関係はなかった。ただ、やっとこの誇り高く孤独な男が、会話のきっかけを掴むことが出来たのが良いのである。


『じゃあ、女か?ふん、女ならお前は掃いて捨てるほどいるだろうに』


『違う、アレックス…俺は、今、その、考えてるんだ』


『何を考えてる?お前は富と地位を手に入れた。隣国ももう敵ではない。すべてを手に入れた男が何を悩んでいるんだ?』


アマダーンは、カップに葡萄酒を注ぎながら話し始めた。


『俺は今まで、アングラ様にひたすらに仕えてきた。俺の恩人だし、育ての父親みたいなもんだからな…』


アレックスは、アングラという名が出たことに驚いた。


『任務を失敗したのか?』


『いや、任務は成功した。俺は勇者だ。なんだってやるさ、命をかけてるんだ』




ーーーそれは約1週間前のことであった。



エルフの国「トト」からドラゴンのオーブを奪い取ったアマダーンは、ドラゴンの巫女アズィールと共に、サーティマのクローン城へと辿り着いた。

アズィールは、ドラゴンの姿からエルフの姿に戻り、アマダーンの後について城へと入った。


『英雄隊は?』


アマダーンは、兵士の一人に尋ねた。


兵士は答えた。

『フリン様とチド様は、北方遊牧民討伐へ。フルシアン様、アントニー様は、西方神聖ナナウィア帝国へ交渉へ赴いております!』


『他の英雄隊は不在か…』


勇者英雄隊とは、王国直属の精鋭中の精鋭の集まりであり、勇者を中心とした部隊である。遥か昔に、この世界を魔王の手から救った英雄「勇者」にあやかり、その名が付けられ、各国にそのような勇者と隊が存在している。敵国の王を魔王と称し、「聖戦」という大義を掲げて戦う。単独で動く場合や、軍を率いて攻めたりもする。時に、戦闘以外の交渉毎などにも当たる。クァン・トゥー王国の勇者英雄隊は、他国の同隊よりも頭一つ抜けており、世界最強という噂もあった。


アマダーンが帰還したことを受け、アングラは、トレント王と共に玉座の間で迎えた。


『おお!よくぞ戻った!でかしたぞ!さすがは我が国の勇者だ!』


トレント王は、両手を広げ、興奮気味にアマダーンを称えた。

アマダーンは王の前に跪き、深く敬礼した。


『このアマダーン、一度引き受けた任務、必ずや成し遂げるとお約束致しました』


アマダーンは後ろを振り向き、オーブを抱えたアズィールを指した。


『エルフの国のオーブにてございます』


アングラは、オーブを抱えているアズィールに目をやった。


『アマダーンよ。このエルフの女性は?』


アズィールはオーブを抱えたままお辞儀をし、アマダーンが答えた。


『この女は、エルフのドラゴン、アズィールでございます。サーティマ平原奥の沼地にて遭遇し、仲間になりました』


『な、なんと!!エルフのドラゴンと申すか!!そなた、オーブを奪うどころか、ドラゴンをも味方につけるとは!』


トレント王とアングラは感嘆し、勇者の偉業を心から称えた。

そしてその夜、勇者の帰還と、オーブ奪還を祝してクローサー城で晩餐会が開かれた。

貴族達や、街の有力者達など、様々な人物が集い、宴に酔いしれた。


アマダーンはアズィールの隣に座り、歓迎を受けた。


『凄いわね。エルフの国とはまったく違うわ』


アズィールは、他国の晩餐会に呼ばれたのは初めてであった。


『エルフの国では、あまり宴をやらないのか?』

『そうね、エルフはあまり騒ぐことが好きじゃないもの。時に歌ったり楽器を演奏したりするけど…』


その時、アマダーンとアズィールの背後から何者かが近付いてきた。


『これはこれは、勇者様。お待ちしておりました』


アマダーンは振り返り、その人物に声を掛けた。


『これはボンジオビ博士。例の伝導装置はいかがかな?』


その男の名は、ボンジオビ・ジオン。クァン・トゥー王国における学術者であり、アングラと共に古代魔導王朝の技術を研究している男である。小柄で白髪に白い髭を蓄え、厚いレンズの眼鏡の奥に鋭い眼光が光っている。


ボンジオビは、髭を触りながら笑顔でアマダーンに答えた。


『開発は順調に進んでおります。あとは、装置の起動に関するところでもう少しお時間をいただければと…おや、このお美しいお方はどなたで?』


アズィールは、答えた。


『はじめまして。私はエルフのドラゴン、アズィールと申します。このような素敵な晩餐会にご招待いただき、光栄に存じますわ』


ボンジオビは、アズィールの手に軽くキスをし、葡萄酒が入ったグラスを手渡した。


『ようこそ我が国へ。エルフの竜の巫女殿。これはお近づきの印でございます』


『ありがとう』


アズィールは、グラスを受け取り葡萄酒を口にした。


その時、アマダーンは英雄隊の誰かが帰還したとの報告が入り、席を立った。


『失礼、わが隊の一人が帰還したようだ。出迎えてくる』


アマダーンはアズィールにそう言った。しかし、アズィールは、頭を抑えて目を閉じ、眉間に皺を寄せながら何やらブツブツと呟いていた。


『おい、どうした?』


アマダーンはアズィールの様子がおかしいと思い、肩に手を置いた。その途端、アズィールは椅子から崩れ落ちるように倒れてしまったのだった。


晩餐会は騒然とした。兵士たちがアズィールを抱え、急いで奥へと運んでいった。アマダーンは、戸惑いながらもアズィールの元へと向かおうとした。しかし、そこにアングラが急に目の前に現れた。


『アマン、少し話がある』


アマダーンは眉をひそめ、怪訝な顔をしたが、アングラはアマダーンをバルコニーへと誘導した。


アングラはバルコニーにいる兵士に奥に入れと告げ、あたりをキョロキョロ見回した。そして少し小声でアマダーンに話しかけた。


『アマンよ。心して聞け。伝導装置が完成したのだ。』

『?先程、ボンジオビはあと少しであると言っておりましたが…』


アングラはアマダーンの肩に手を回し、葡萄酒が入ったグラスを片手に話を続けた。


『ふふふ…伝導装置は、実は既に完成していたのだよ。だがしかし、装置を起動させるに肝心な物が足りないことが判明したのだ』

『…それは何です?』


アングラはグラスの葡萄酒を一口グイッと飲み、言った。


『ドラゴンの血だよ』


アマダーンは、少し間をおいて考えた。そして、ハッと思いアングラに言った。


『ま、まさか…!』


アングラは、満面の笑みでアマダーンに答えたが、口の前に人差し指を立て、アマダーンの声を絞るような仕草をした。


『オーブの伝導装置は、完成していたが、うまくいかなかった。しかし、文献をさらに紐解いていくとだな、やはりドラゴンの霊力が最適であると書かれていたのだ。だが、その霊力の源は血であることが分かった。分かるか?しかもその血を使い、深層意識と結びつけさえすれば、人間種の脳でもうまく起動する算段が立ったのだよ』


「オーブの伝導装置」とは、古代魔導王朝の技術を応用し、オーブが持つ生命体への干渉力を増幅させる為に作られた装置である。本来オーブは、ドラゴンの霊力によって作用するとされているが、アングラたちは人間種の持つ僅かな霊力でも作動するように設計した。しかし、理論上作動可能な装置であったが、やはりドラゴンの霊力が必要であると結論が出されたのである。

このことを知っているのは、アングラとボンジオビ博士、そしてトレント王と勇者アマダーンのみであった。


『アマンよ、その事実が判明したのは、お前がトトへ向かった2週間あとであった。しかし、使者を送る前に、お前はドラゴンそのものを連れてきてしまった。ははは!さすがにこれは、奇跡と言える。いや、お前だからこその功績であるな。トレント王にも報告させてもらった。これはかなりの褒美を期待して良いぞ!』


アングラは興奮気味に話したあと、グイッと葡萄酒を飲み干した。それを見てアマダーンは言った。


『もしや、その為にアズィールを…』


アングラは、アマダーンの反応が思っていたのと違い、怪訝な顔をした。


『ん?どうした?まさかお主、あの巫女に何やら思い入れがあるのではあるまいな?』


『あ、いや、滅相もございません。して、今アズィールはどこに?』


アングラはアマダーンをクローサー城地下の研究所へと案内した。


そこには、銅で出来た大きな「窯」のような物が置いてあった。そこからいくつもの配管やバルブ、そして、その中央前方に椅子があり、その左隣りには、小さな台座の上に置かれたオーブ、さらに右隣には台の上に人が寝かされていた。

そして、その寝かされた人物をよく見ると、アズィールであった。アズィールは気を失っており、手足や頭を金属の輪で固定されている。そして、何やら大きな釜から出てきた配管に繋がっている管が、台の上に固定されていた。


アマダーンはその様子を見た時、不思議な感覚に襲われた。何かどことなく心が苦しい気がする。胸が締め付けられるような不快感がするのである。今までどんな胸糞悪くなるような任務を淡々とこなしていった彼にとって、この程度の出来事は意に介さない自信もあった。アズィールは沼地で出会ったとき、好奇心の裏に秘められたどこか寂しそうな表情をしていた。そして、ドラゴンとしての虚しい生き方をアズィールから聞いたアマダーンは、彼女を哀れに思ったのであった。

彼自身、戦争孤児から死にものぐるいで手にした勇者という地位にいる人生であるがゆえに、何にもなく、ただ生きているという空虚な人生程虚しいものはないと思っていた。

「空虚な人生を送るなら、燃え尽きて死ぬ方がまし」

それは彼の人生の教訓であった。



装置の奥からボンジオビ博士が出てきた。


『これはアングラ様、アマダーン様。さっそく準備に取り掛かるとしますか』


ボンジオビ博士は、装置を作動させ、寝ているアズィールの両手首の内側に管を刺した。その時、アズィールの体が少しビクン!と動いた。

そして、台座の上のオーブに何やら銅製の椀のような物を被せた。そして、中央の椅子にアングラが座った。アングラも頭の上に銅製の帽子のような物を乗せた。それらは管で中央の窯に繋がっている。


『よし、準備が出来たぞ』


アングラはボンジオビに伝えた。

そしてボンジオビは、窯に付いているバルブを少しずつ緩め始めた。


すると、窯が揺れ始め、窯の上部に付いている小窓が光始め、その横に付いている穴から蒸気がプシューと出てきた。ゴウンゴウンという音が大きくなっていく。その時、アズィールの体がビクビクと動き始め、管から血液が装置の中に入っていく。アズィールは、苦しそうな表情になり、顔が真っ青になっていく。


『あああああ!!!!!』


アズィールは断末魔の叫びをあげ、目は白目を剥き、口からは泡を吹いた。


アマダーンは、アズィールの様子を見てはいられなくなり、目を逸らした。


その時、中央の椅子に座っていたアングラの様子がおかしくなった。


『ああっ!これはダメだ!』


アングラは、ガタガタと体が震え出し、鼻から血を出した。


『ボンジオビ!止めてくれ!』


咄嗟にボンジオビは、装置を止めた。ゴウンゴウンという音が次第に小さくなっていく。

すぐにアングラは被っていた銅製の帽子を外した。


『…申し訳ございません。もう少し調整が必要ですな』

『だが、何か掴めそうだ。やはりドラゴンの血を使うのは正解だと思う』


アングラは椅子から起き上がり、少しフラフラとしながら、アマダーンの肩に手を乗せた。


『道のりは険しいが、大きな一歩だぞ。なに、あと3日もすれば完全に起動するであろう』


アマダーンは、アズィールを見た。


『アズィール…あのドラゴンの巫女は死んだのですか?』


アングラはアズィールに目をやると、ふっと笑いアマダーンに言った。


『巫女は生きておる。なに、死なせはせんよ。ただ生かしもせん。このまま装置として使っていく』


この一言は、アマダーンにとって衝撃であった。


「ああ、そうか。古代魔導王朝の技術復活の為の礎となったのだ。彼女の人生はまさに誉れであるな」と思い聞かせたが、心の底は、揺れ動いていたのである。


アングラは、アマダーンに長旅の疲れを癒す為に休暇を取らせ、自分は引き続き研究を続けるといい、研究所に籠ったのであった。




それから約1週間後…アマダーンの心は揺れ動いたままであった。


アズィールをオーブの呪縛から解放し、また再びオーブに縛られてしまうという結末。あたかもアマダーンが彼女を騙し取ったかのような結果であった。


ヴァンの酒場を出たアマダーンは、アルコールで意識が朦朧としていたが、頭の中は冴え渡っていた。


このまま彼女を見殺しにするのか?それとも、人々の平穏の為、平和の為に伝導装置を起動させるのを見守るのか?アマダーンは、自らの忠誠心と彼女への思いに揺れていた。彼女なしに伝導装置を起動する方法は無いのであろうか?


その時であった。突然頭が割れるように痛くなったのである。視界が狭まり、足元がフラフラし、膝をついた。


酒を飲み過ぎたかと思っていたが、どうやら違うようだ。アマダーンは、辺りを見回すと、道ゆく人々がすべて頭を抱えて苦しんでいる。子供は泣き喚き、老人は苦しみながら道に倒れ込んでしまった。


『な、何だこれは…!?』


まさかとは思ったが、アマダーンはすぐに察しがついた。


『装置が…完成したのか!』


アマダーンは、魔法効力を無力化する魔法を自分にかけた。


『ヴァイパス!』


完全ではないが、多少頭痛はおさまった。

すると、次第にあたりから笑い声が聞こえてきたのである。先程泣きじゃくっていた子供は、笑いながら踊り、大人たちも笑い合っている。倒れていた老人は、倒れたまま笑っているのである。


これは普通ではない。何か尋常ではないことが起きているとアマダーンは思った。オーブの効果であろうが、街中に笑い声が溢れ、それは異様な光景であった。


アマダーンは、クローサー城へ向かおうとした。アングラにこの異様な光景を伝えるべきであると思ったのだ。


その時、勇者の姿を見た婦人がアマダーンに笑いながら近付いてきた。


『あはは、ゆ、勇者様、ど、どうかお助けください!あはは!何やら笑いが止まらないのです!今朝病気の主人が亡くなったというのに!あはは!』


笑ってはいるが、婦人の目には涙が浮かんでいた。

これがアングラの望んだ世界なのであろうか、いや、まだ実験段階であろう。アマダーンは、すぐに装置を止めるよう嘆願せねばなるまいと思ったのである。



クローサー城が目の前に見えたその時である。


空から何やら大きな影が飛んで来た。それは二つ、いや三つ、無数に増えていくのであった。

その影が次第に大きくなり姿かたちが分かるようになってきた。


『…あいつら!』


その影は、シルバードラゴンと、ホワイトドラゴン、そして空を飛ぶ馬に乗ったエルフたち、即ちエルフの国トトが誇るペガサス騎馬隊と、エズィール、セレナである。ペガサスにガラたちも乗っていた。


『オーブを奪還せよ!!』

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