第4話「ゼオ村」
さてさて、ガラたちの冒険は進んでいきます。
霧に包まれたサーティ平原の広大な湿地帯は、伝説の魔物「ベヒーモス」の出現によって、人が立ち入ることの出来ない場所へと変貌していた。
古代史の文献にその存在が記されているが、実際にその姿を目にした者は、その圧倒的な巨大さと、禍々しさに、ただただ逃げるしかなかったという。
『…あ!あった!ここにあり申した!』
マコトは、ベヒーモスが現れる直前までガラが担いでいた荷物袋を見つけ出し、手にとった。
前足で吹き飛ばされた時に、見失ってしまっていたのである。
袋の中身を確認したドロレスは、天を仰ぐように失望した。なぜかというと、マングー村で貰った「マリルの特製ドリンク」が、ほとんど割れて中身が出てしまっていた為である。
かろうじて、一本だけが残っており、ガラたちはそれを4人で分けることにした。
『ふぅ、これでも無いよりはマシだな』
『あいたたた…元気になるけど、さすがに傷までは癒えないね』
『手足の震えが止まった。もう歩くのもやっとだったのに、かような飲み物があったとは…』
『美味しい!もっと飲みたい…』
ガラたちは、満身創痍であった。ガラは腕を脱臼しており、ドロレスは肋骨を数本折っている。セレナはベヒーモスの角の一撃を喰らって、腕が上がらない。マコトは、気力のほとんどを使い果たし、今にも倒れそうである。総じて泥と血で誰が誰だか分からない。
そして、沼地はまだ続いているのであった。
しかしながら、幸いなことに、あの立ち込めていた霧は次第に晴れてきており、所々木漏れ日さえ注いできたのである。
『なんか雰囲気が変わってきたような気がしないか?』
ドロレスは、あたりをキョロキョロと見回した。
『うん、きっとあのデカブツが原因だと思うよ!倒した瞬間、あの嫌な気配が消えたんだ』
セレナはベヒーモスから感じ取っていたおびただしい邪気が、すっかりなくなっていると感じた。
『あのイモムシ野郎も出てこなくなったな…』
ドロレスを飲み込んだワームもすっかり姿を見せなくなったのであった。
マコトはマリル特製ドリンクでびっしょり濡れた地図を手に取り、目を凝らして確認した。
『…あとしばらく行くと…結構大きい村に出ますぞ!』
『ほっ…よかった…てことは、医者や回復魔法使いいるかな…』
ドロレスは肋骨を押さえながら話すので、しっかり声が出せないようだ。
『よし、あと一踏ん張りだ。行くぞ!』
ガラは心の中で、「魔物よ出るな」と念じていた。最早ガラたちには、ワーム1匹すら倒すほどの力は残されていなかった。まさに、命からがらであった。
しばらくすると、次第に地面に踏ん張りがきくようになってきたのを感じた。とうとう、沼地から抜け出したのである。
しかし、辺りは日が暮れて次第に暗くなってきている。早く村に辿り着かなくては、いよいよ生死に関わってしまう。
その時、ガラたちは、目の前に柵のようなものを見つけた。
『ここじゃ!確か…「ゼオ村」であったな!』
マコトは地図を確認した。
その時であった。村の入り口に誰か立っている。ガシャガシャと何やら鉄のような物がぶつかったりこすれたりするような音がした。
『なんだ?おめえだぢ!なにしに来たど!?』
ガシャガシャと鳴っていたのは、その男が身に付けている甲冑であった。しかし甲冑というには、あまりにも歪な形をしている。まるで色々な種類の甲冑の部品を、無理矢理繋ぎ合わせたかのような歪さである。そして、今にも折れてしまいそうな槍を持って構えていた。
男はがっしりとした体躯であったが、顔付きはどこか幼い感じがする。
『ああ、あたしたちは旅人さ。トトへ向かってんだ。この村にちょいとばかり寄らせてもらえないかな?』
ドロレスは、脇腹を押さえながら必死で笑顔を作っている。
『おう?おまえだぢ沼地から来たのか?魔物の仲間じゃないのか?』
男は槍をグイッとドロレスに向けた。
ドロレスは槍を手でどけるようにして言った。
『魔物は倒したさ、見たら分かるだろう?それで皆怪我してんだ。この村は大きそうだな。どこかに医者や回復魔法師はいるかい?』
しかし、男は槍をドロレスに向けたままである。
『お、お、おまえだは、沼地から出てきたんだど!そんな人間みたこどないど!怪しいど!』
男はよく見ると体をガタガタ震わせている。
その時、村の奥から声がした。
『ボンゾ!ボンゾ!何してんだ?』
村の奥から出て来たのは、小柄の男である。どうやらハーフリングのようだ。
『ボンゾ!おっかさんが心配してたぞ!そろそろ暗くなるから帰って来いってさ』
そう言うと、ハーフリングの男は、ガラたちに気がついたようだ。
『やや!旅のお方だとは!失礼!こんな寂れた村に何の用で?』
ドロレスはここまでの経緯を話した。
『あたしたちマングー村から平原を越えて来たんだ。魔物たちとやり合ってこのザマさ。どこか休める場所はあるかい?』
ハーフリングの男は、慌てたように甲冑の男に言った。
『こうしちゃいられない!ボンゾ!このお方たちをおっかさんに見せてやれ!俺は村長さんを呼んでくる!』
そういうとハーフリングの男は村の奥へ走っていった。
甲冑の男はガラたちを村の奥へ案内した。地図上では大きな村であったが、村の中に入ってみると、崩壊して空き家になった家屋や、店の跡地などがほとんどであった。
そして、一軒の小さな家の前に着いた。甲冑の男はドアをドンドン叩く。
『かあちゃん!かあちゃん!おでだ!帰ってきたど!旅のしと連れてきたど!』
すると、ドアが開き、一人の女性が出て来た。50歳くらいで、ふくよかな体型に、エプロン姿である。どうやら料理の手を止めて出て来たようだ。
『こらボンゾ!夕飯の支度前に帰っておいでって、何度も言ってるじゃないか!暗くなると魔物が出て来て、食われちまうよ!』
ふと女性は、奥にいるガラたちに気が付いた。
『わっ!ビックリしたよ!ボンゾ!この人たちはどうしたんだい?』
『旅のしとだ!沼地から来たんだ!モビーが話して、かあちゃんに見せてやれって!』
女性は、どうやら甲冑の男の母親らしい。名前を「ペイジ」といった。甲冑の男は「ボンゾ」という。ゼオ村に二人で暮らしているそうだ。
ペイジは、ドロレスたちの様子を見て、すぐに家に招き入れた。湯を沸かし、体を拭くように勧めてくれた。
『ありがとう。助かったよ!あたしはドロレス、こいつはガラ、セレナにマコト。』
ドロレスは今までの経緯を話した。
ペイジは、うんうんと話に聞き入っていた。どうやらゼオ村に来る旅人は数年ぶりらしい。しかも、沼地を越えて来た者は、ここしばらくは誰一人としていなかったそうだ。
すると、ペイジの家のドアをノックする音が聞こえた。先程のハーフリングの男が村長を連れて来たという。
村長は人間種の女性であった。年齢は70歳くらいであろうか。しかし体付きはしっかりしており、高い身長に短い白髪、青いバンダナを首に巻いている。そして腰には短剣を差していた。
『これはこれは、旅のお方たち。ゼオ村へようこそ。あたしはプラント。この村の村長をやっているんだ。どうやらうちの村のボンゾとモビーがあんたらを入れたようだね。で、本当に沼地からやって来たのかい?』
『ああ、俺らはマングー村から平原を越えてきた。どうやらあの魔物たちのおかげで沼地を通る者は居ないようだな。』
村長のプラントは、何か話したそうだが、とりあえずガラたちに何か食べ物を持ってくるといい、家から出て行った。
ペイジは、ドロレスたちの様子を見て言った。
『あらあら、あなたたち、怪我してるみたいね。どれ、こちらにいらっしゃい。』
ペイジは少しゆったりした椅子にドロレスを座らせた。
『あたしゃこう見えてもね、昔は「ルカサ」で“宮廷魔術師“だったんだ。白魔術さ。』
ペイジはドロレスの脇腹に手をかざし、何やらぶつぶつと念じ始めた。すると、ドロレスの脇腹がぼんやりと白く光り始めた。
『…なんだか温かい…うわっ!あばらの痛みが消えた!』
『久しぶりにやってみたけど、うまくいったみたいね。さぁ、お次はどなた?』
ペイジは次にセレナを椅子に座らせた。またしてもセレナの腕に手をかざし、念じた。
『これは折れてるようだね。どら』
またしてもセレナの腕がぼんやりと光る。
『ああ!動く!全然痛くない!ありがとう!』
そして、ガラも同様に座らせた。
ガラの腕は脱臼している。ペイジは腕を掴むとグイッと、上に捻り上げた。
『これは魔法を使うまでもないよ。ほらっ』
ガキっと音が鳴ると、ガラは腕を動かした。
『いい腕だ。あんた医者もやってるのか?』
ペイジは笑いながら答えた。
『おほほ、ルカサではね。白魔法も医術もやってたよ。そこそこ評判の良い店だったのさ。』
ルカサとは、エルフの国トトの首都のことである。ペイジは肩を落とし、首を振りながら話した。
『だけどね、やっぱりあそこはエルフのお国さ、あたしら人間種にはやっぱりどこか冷たくてね、かつて宮廷でも実力でのし上がってやるって頑張ってたんだけど、嫌になって辞めちゃったの。』
ペイジはボンゾに甲冑を脱ぐように言うと、台所へと向かった。
『今はね、これだけがあたしの希望。あんたたちも食べて行くといいよ。』
ペイジはガラたちを食卓へ案内し、奥から出来立てほやほやのパイを持って来た。甘い香りがあたり食卓いっぱいに広がった。
『わ!かあちゃんのベリーパイだ!今日はついてるよおまえだぢ!』
ボンゾはシャツ一枚で椅子に食卓に座っている。両手にはフォークとナイフを持ち、パイを待ち構えるようにはしゃいでいる。やはり彼は思っているよりずっと若いようだ。
『これはね、クラウドベリーのパイだよ。昔はここゼオ村の名産だったのさ、今ではうちの苗木が最後だけどね。』
ガラたちは腹ペコであった。ありがたくペイジのパイをご馳走になったのである。甘酸っぱい味がパイ生地のバターとよく合う。
クラウドベリーは、主に沼地で栽培される種で、水々しい食感と程よい酸味が親しまれる果物である。
ドロレスは、ペイジの最後の言葉が気になったようだ。
『えっ?こんなうまいベリーがおばさんちしか採れないのか?』
『そうだね。昔は沼地で沢山栽培してたんだ。だけど、大きな魔物が現れてから、誰もやらなくなっちまったのさ。男たちは何度も魔物を退治しようとしてたけど、うちの旦那もね。とうとう、どうにもならなくてね…』
その時、ペイジの家にまた村長のプラントがやってきた。プラントは、獲って来たばかりの動物の肉と、何やら袋を持って来た。肉をペイジに渡すと、ペイジはさっそくその肉をまな板の上にのせ、料理し始めた。
プラントは食卓に座り、何やら物悲しげな表情でガラたちに話しかけた。
『旅のお方たち。いきなりだけど、仕事を引き受けて欲しいんだ』
その瞬間、ペイジは慌てた様子で台所へから出てきた。
『村長さん!いくら何でもそれは急過ぎるよ。この人たちはまだ来たばかりなんだ…
その言葉を遮るようにプラントは言った。
『わかってるよペイジ。だけどもうあたしたちには時間なんて残されちゃいないんだ。もう作物も底を尽きたし、今年の冬は越せない。あんたも分かってるだろう?』
そう言うと村長は持っていた袋を食卓の上にどかっと置いた。
『これは村のみんなで貯めたお金。全部で100トレントある。あんたたち、身なりからすると賞金稼ぎか何かだろう?…お願いだ。沼地の魔物を退治してくれないか?』
村長によると、かつてこのゼオの村は、沼地で育てたクラウドベリーと、ポカロ山脈の鉱山の鉱夫たちで大変賑わっていたそうだ。ところが10年程前から、鉱山や沼地に大きな魔物が出現し、村人たちも手が負えなくなっていった。村の男たちは、沼地を迂回し、都市へ出掛けて行き、賞金稼ぎや傭兵を雇い、魔物退治を依頼していたが、誰一人として、その依頼に応えてくれる者はいなかったのである。資金が足りなくなった村人たちは、有志を募り魔物退治に駆り出したが、無惨にも魔物たちの餌食になっていったのである。ペイジの旦那や、村長の旦那もそうである。プラントは村長であった旦那に代わって、村長を勤めていたのであった。
そして、村からは次第に人が減り、今では村人は20人も居ないという。
『この子はね、ボンゾは父親を魔物に食われちまったんだ。それから昔の戦場の跡地に行っては、兜だの小手だの見つけてきて、こうやって自分で甲冑を仕立てて村を守ってくれてるのさ。勇敢な子なんだ。まだ17歳になったばかりなんだよ。』
『拙者より若いとは…』
マコトが呟いた。
『で、あんたたちも沼地を通って来たんなら見ただろう?馬鹿デカいワームに、あの牛のバケモンを』
村長がそう言うと、ガラたちはゆっくり話した。
『村長さん。もう心配いらないよ。そいつらはあたしたちがやっつけた。』
『ドロレスはちょっとだけ食べられたけどね』
『たしかにあれは普通の人間では倒せない“もののけ“よのう』
『ああ、あのベヒーモスがもう数体いるっつうなら、俺たちはお手上げだがな』
村長とペイジは絶句した。
『ちょ、ちょっと待ってくれ。今、もう倒したって…そう言ったのかい?』
『ああ、そうだよ。なんなら明日の朝確認しに行くかい?』
ドロレスはニコリと笑って言った。
ペイジは、涙を浮かべ、頬を紅潮させて言った。
『ああ神様!なんてこと!こんな日が来るなんて…』
ペイジは、夢中でパイに齧り付いているボンゾをぎゅっと抱きしめた。
『ボンゾ!この人たちは、あんたのおとっつぁんの敵を打ってくれたんだよ!』
ボンゾは食べるのを中断して、ぼーっとドロレスたちを見つめた。
『おとっつぁんの…おでの…わぁ〜!』
ボンゾは、急に泣き出し、ドロレスたちに抱きついた。
ガラは食卓に置いてある袋を持って、プラントに渡した。
『これは取っておいてくれ。これから村を盛り上げて行くのに使うだろうよ』
プラントの頬から涙が流れ落ちた。
その夜、ガラたちはプラントの家に泊めさせてもらった。
ドロレスは素朴だが、ゼオ村の人たちに触れ合い、心の中が穏やかになっていくのを感じた。
マコトは久しぶりの家の中で寝られることに感激している。ガラはメタリカを手入れしながら、考えた。何故ここまで魔物が強大化したのであろうか。エルフのドラゴンに危機が迫っているという老龍ヴァノの言葉が頭をよぎるのであった。
ーーー翌朝、ガラはボンゾと先程のハーフリングのモビーと共に、ベヒーモスの死骸を確認しに向かった。
村に帰ってくるボンゾは頭の上にベヒーモスの巨大な角を掲げていたのである。
村人たちは大喜びした。涙し、抱き合った。そして、ガラたちを出来うる限り最大限にもてなしたのである。ペイジは涙を流して言った。
『この御恩をどう返せばいいのか、分からないよ』
ドロレスは言った。
『おばちゃんのベリーを育てなよ。またしばらく経って来た時に、もっとたくさんのベリー料理を食わせておくれよ』
ドロレスはペイジを抱きしめた。
ガラはプラントに尋ねた。
『なぁ、この近くにスィーゲて人はいるか?』
ガラはルワンゴから預かった手紙を見せた。
プラントは手紙を見てしばらく考えた。
『ドワーフの友達かい?ドワーフは長生きだからね、あたしはよく知らないが、ジョン爺なら知ってるだろう』
プラントは村の外れにひっそりと暮らしているジョン爺という老人を紹介した。老人は、小さくボロボロの小屋に住んでいた。
『ジョン爺!聞こえるかい?あたしだ。プラントだよ!』
小屋の中から老人が出て来た。ドワーフの老人である。ドワーフの中でも小柄で、しわくちゃな顔に白髪と長く白い髭を生やしている。相当な年齢を重ねて来たのが伺える。
ジョン爺という老人は、ガラを見上げて何やら呟いた。
『こりゃたまげた。あんた火の民か?久しぶりに見たわい』
ドワーフという種族は、人のまとっているオーラを感じ取れるようだ。マングー村のルワンゴもそうであった。セレナを見て、見た目とは裏腹なオーラを感じ取っていたのだ。
ガラはスィーゲ・ネグィースのことを尋ねた。
ジョン爺はしばらく考えると、ゆっくりと語り出した。
『スィーゲはな…もうこの世にはいない。だが、息子のニコならおる。ここからさらに北の山の方へ行くと、小さな小屋がある。そこで暮らしとるよ。』
ガラはスィーゲの死去の知らせを聞いて、少し不安になった。しかし、今はトトへの入国の助けになる者は、藁をもすがる思いであったのだ。
『ありがとうよ爺さん。恩に着るよ』
ガラは手紙をしまい。スィーゲの息子、ニコを訪ねることにした。
村ではささやかな宴が行われていた。ゼオ村の復活を祝う宴である。
ガラはジョン爺から聞いた情報をドロレスたちに伝えた。
『よし、とにかく行ってみるしかないね』
その時であった。セレナが何やら神妙な顔をしてガラに言った。
『ガラ…私、昨日夢を見たんだ。何かが私を呼んでいる。でも、誰だか分からない。懐かしい感じがするんだけど、よく分からないんだ。とても悲しそうだった…』
ガラは言った。
『エルフのドラゴンか?』
セレナは分からないという。だが、その声が悲哀に満ちているのは確かなようだ。
一行はエルフのドラゴンに危機が迫っているという言葉を再び認識したのである。
『とにかく急がないとな。魔導士たちもトトへ向かってるかもしれない。』
一行は、ゼオ村を後にし、スィーゲ・ネグィースの息子、ニコが居るとされている小屋へ向かうのであった。
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