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偶像の鋳造

アジトの襲撃から1ヶ月ほど経ったその日は、連合共和国全土が喪に服す日だった。


『シャドウ・ウィルス事件』追悼式典。

40年前に流された血と涙を、人々が決して忘れないための、国民的な儀式。


式典は、厳かに進行していた。


ネオ・キョウトの慰霊碑の前で、レナ・デュランは、世界の視線を一身に浴びていた。

彼女の表情は、悲しみに満ち、しかし未来への希望を失わない「聖女」そのものだった。

だが、その完璧な仮面の下で、彼女の思考は氷のように冷え切っていた。


レナが壇上に上がり、純白の花束を慰霊碑に捧げる。その姿に、会場からすすり泣きが漏れた。


その、瞬間だった。


群衆の中から、男が現れ、壇上のレナに向かって爆発物を投擲した。


「アンドロイドの操り人形に死を!」

その声と共に、爆発物がレナの至近で爆発した。


その音に半瞬遅れて放たれる悲鳴と怒号。会場はパニックに陥る。


レナは、辛うじて爆発の直撃を回避していた。彼女の電子脳と生体融合義体が、常人離れした反射神経で爆発を回避していたのだった。


だが、テロリストが投げた二つ目の爆発物が、彼女を逸れ、参列していた母親の手から離れた、幼い少女の足元へと転がった。


誰もが息を呑んだ、その刹那。


二つの影が、少女に向かって同時に躍り出た。


一つは、レナ。


そしてもう一つは、群衆の中にいた、旧式のアンドロイド。


レナは、少女に覆いかぶさり。

アンドロイドは、レナと少女をさらに庇うように、その身を盾にした。


轟音。閃光。爆風が、三人を包み込む。


煙が晴れた時、世界は奇跡を目撃した。


少女は無傷だった。


彼女を守ったアンドロイドは、黒焦げになり機能を停止している。

そして、その二人を抱きしめるように庇っていたレナ。爆風で背中の衣服は吹き飛び、彼女の身体の半分が、生身の肉体と融合した美しい義体であることが、世界中のメディアのカメラの前に晒されていた。


その姿は、人々に40年前の記憶を呼び起こさせた。


「聖女の再来」

「伝説のアンドロイドが、再び奇跡を起こした」


その映像は、瞬く間に連合全土に共有された。


人間の悪意から、アンドロイドと聖女が、か弱い命を守った。

そのあまりにも劇的な物語に、民衆は熱狂した。


反アンドロイド感情に染まっていた世論は、一夜にして反転し、レナ・デュランを絶対的な平和の象徴として崇め始めた。



その夜。新しいアジトの一室。


レナは、表情一つ変えずにスクリーンを見つめていた。隣には、アシルが静かに佇んでいる。

二人の後ろではアーロンも虚な目でスクリーンを見つめていた。


レナが見つめる壁のスクリーンには、自らを「聖女」として熱狂的に報じるニュース映像が、繰り返し流れていた。


『あなたの旧式アンドロイドっぷりもなかなか堂に入ってたわよ』

レナが秘匿回線でアシルに話しかけた。


『龍の断片での経験が役に立った』

アシルは淡々とそう答える。


『しかし、爆薬が少々多かったようだ』

損傷が治りきっていない自身の体を見ながらそう呟く。


『予測の範囲内だよ』

ユウトが答える。


『あなたももう少し爆発物の場所、なんとか出来なかったの?女の子が危なかったじゃない』


『あの人混みとパニックの中、最適な爆発場所を瞬時に見つけるのは中々困難だ。ユウトのナビゲーションのおかげだ』


『あの女の子が、お母さんの手を離しそうな気がしたんだよね』


『なに、未来予知でもしたって言うの?』


『いや、未来予測プログラムと、僕の直感さ』


『スウォームでの大幅な軌道修正は難しい。あれがあの時点のベストだった』


『まあ、結果オーライね』

レナは事もなげに言い放つ。


『切るわよ、長時間の利用は発覚のリスクを高めるんでしょ?』


『わかった』


『じゃあねー』

ユウトの緊張感の無い声と共に回線が切断される。


「アーロン、テロリストの彼、大丈夫でしょうね?」

レナが後ろで頭を抱えているアーロンに向けて声をかけた。


「あ、ああ…『本物』の強硬派の狂信者だよ…彼から足がつくことは無いはずだ…」


「そう、流石ね」

レナが、相変わらず顔色ひとつ変えずに答える。


「……これで、盤面は動いたわ」


レナは、誰に言うでもなく、冷たく呟いた。


「ここからが、本当の戦いよ」



マーカス・ソーンは、書斎のスクリーンに映る「奇跡」の瞬間を、無言で繰り返し再生していた。グラスの中の氷が、カランと虚しい音を立てる。


(……見事なものだ)


自作自演。それはすぐに分かった。

だが、その完璧な演出は、彼の計算を遥かに超えていた。

あの女は、アーロンが40年前に作り上げた「聖女」という偶像を、自らの手で、より強力な神話へと昇華させてみせたのだ。


(飼い犬の付属物と思っていたが、いつの間にか犬どころか、飼い主にまで牙を剥くようにまでなったか)


ソーンは、初めてレナ・デュランという駒を、真の敵として認識した。

これは、もはや政治ではない。神話と神話の戦いだ。

そして、神話を殺すには、より強力な神話を用意せねばならない。彼の老いた瞳の奥で、新たな、より冷酷な計略の炎が静かに燃え上がった。



リオ・ミシマは、熱狂する周囲の客たちから離れ、一人呆然とテレビ画面を見つめていた。


(…嘘だ)


アンドロイドが、人間を庇って壊れていく。

その光景は、彼の記憶の奥底に焼き付いた、両親が見殺しにされたあの日の光景と、あまりにも似ていて、そしてあまりにも違っていた。


(あんなものは、ただの計算の結果だ。あの少女の生存確率が高かった、ただそれだけだ……!)


彼は必死にそう自分に言い聞かせた。

だが、スクリーンの中で、少女を抱きしめるレナの姿と、黒焦げになったアンドロイドの残骸が、彼の信念を根底から揺さぶっていた。

憎むべきはずの光景が、なぜ、これほどまでに心を乱すのか。

彼は、その答えの出ない問いから逃れるように、残っていた安酒を、一気に喉の奥へと流し込んだ。



アーロン・ケインは、レナとアシルの背後で、顔を覆ったまま、ただ静かに震えていた。


(……また、やってしまった)


40年前、彼は少女を救い、自身の罪を隠蔽するために嘘をついた。

そして今、その少女自身が描いた、さらに巨大な嘘の舞台を、彼は自らの手で整えてしまった。

スクリーンの中で「聖女」と賞賛されるレナの姿は、彼には、自らの罪が作り出した、最も美しい怪物のように見えた。


(これが、私の贖罪の果てだというのか……)


彼の魂は、もはや救いようのない場所まで沈んでいく。

レナが始めた地獄巡りに、彼はどこまで付き合わされるのだろうか。

アーロンにはもう、何が正しくて、何が間違っていたのか、判断がつかなかった。

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