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ロスト・エコー

高揚感が、リオ・ミシマの全身を駆け巡っていた。

今日、俺は本物の兵士になる。国を蝕む裏切り者どもに、正義の鉄槌を下すのだ。


暗い輸送機の内部で、彼は自らの身体に装着された対アンドロイド強化外骨格『ジャガーノート』の感触を確かめていた。

分厚い複合装甲、腕部に搭載された高出力プラズマカッター、そして肩部のEMPグレネードランチャー。

この力があれば、あの鉄の害虫どもを、一匹残らずスクラップにできる。


「目標地点まで、残り30秒」

ヘルメットの内部に、隊長の無機質な声が響く。作戦目標は、反戦派の秘密アジト。

そこに、コンソーシアムの最高傑作が潜んでいるという。


(聖女と、そのお仲間、そして鉄の化け物……まとめて掃除してやる)


リオの瞳に、狂信的な光が宿る。これは戦争ではない。害虫駆除だ。


輸送機のハッチが開き、部隊は音もなく地下深くへと降下していく。

目標の隔壁前で、隊長が静かに合図を送った。


指向性爆薬が轟音を立てて炸裂し、分厚い隔壁が内側へと吹き飛ぶ。

その瞬間、隊員の一人がEMPグレネードを投げ込んだ。青白い光が閃光のように走り、高周波のパルスがアジトの電子機器を焼き尽くす。


「突入!」


隊長の号令と共に、リオはアサルトライフルを構え、煙の中へと躍り出た。



警報。


その音が、アシルとカイの聴覚センサーに届く前に、青白い光が彼らの思考そのものを揺さぶった。

思考回路を直接殴りつけるような、暴力的なノイズの奔流。アシルの視界は一瞬ホワイトアウトし、全身の機能が麻痺する。

カイもまた、苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついた。


アジト内の旧式のアンドロイドたちは、もっと悲惨だった。

火花を散らし、甲高い悲鳴のようなシステムエラー音を立てながら、次々と機能を停止していく。

長年、反戦派の仲間として働いてきた彼らは、ただの鉄屑と化した。


煙と光の中から、黒い影が躍り出た。最新鋭の強化戦闘服に身を包んだ兵士たち。

ヘルメットの暗いバイザーの奥で、赤い光学センサーが不気味に光る。

彼らは無言のまま、淀みない動きで扇状に展開し、アサルトライフルの銃口をアジトの奥へと向けた。

その統制された動きは、人間というよりは、狩りのためにプログラムされた機械の群れのようだった。


銃口に取り付けられたレーザーサイトの赤い光が、煙の中を無数に走り、壁や床に突き刺さる。兵士たちのヘルメットから響く、暗号化された通信のノイズ。コンクリートを蹴る軍靴の硬い音。その全てが、この地下の聖域が、もはや戦場へと変わったことを告げていた。


煙の中から現れた黒い戦闘服の兵士たちは、EMPにより動作が停止している旧式のアンドロイドにも無慈悲な銃撃を浴びせ、穴だらけにしてく。


抵抗を試みた人間達も、統制された多数の銃火にあっという間に蹂躙され、その場に崩れ落ちる。


「先生、こちらへ!」

レナは、EMPの影響で義体が軋むのを感じながらも、アーロンの手を引いて脱出ルートへと向かっていた。


(……これが、あなたの望んだ世界なの、ソーン)


彼女の思考は、この混乱の中で、驚くほど冷静だった。


(……アシル、ここは任せたわよ)


EMPの影響を受けながらも、なんとか稼働を保っているアシルとカイ、その他少数の亡命アンドロイド達は物陰に隠れ、隙をうかがっていた。


「どこに隠れている!鉄屑共が!」

リオの怒号が部屋に響く。


その時、ガタリとテーブルの陰で何かが動いた。兵士が数人その周囲を取り囲み、銃口を向ける。


リオがテーブルを蹴飛ばすと、そこに隠れていたのは反戦派のメンバーである若い女性だった。恐怖に震え、今にも気を失いそうになっている。


「ちっ、人間か、この裏切り者め!」

発砲しようとするリオを隊長が手で制した。それと同時に合図が送られる。


その合図を受けて、リオはその女性の髪を掴んで無理やり立たせると、背中に銃口を押し当ててこう叫んだ。


「コソコソ隠れてる鉄屑ども!10秒以内に全員出てこい、さもないとこの女を撃ち殺すぞ!」


女性を他の兵士にあずけ、リオは部屋の中央に歩み出た。


「あと5秒!」


アシルとカイは目を見合わせた。アシルが自分の指先をカイに向け、無言で頷く。

カイはアシルの指先から流れ出る微小な銀の雫を確認し、アシルに頷き返す。


アシルが両手を上げ、兵士たちの前に姿を現す。少し遅れてカイも続く。


「妙な真似するんじゃねーぞ!両手を頭の上に乗せて床に伏せろ!」


アシルとカイは命令に従い、両手を頭の上に乗せたままゆっくりと膝をつき床に伏せる。


「よーし、どっちからスクラップにしてやろうか!」

リオはカッターの調子を確かめるように腕を振りながらアシルとカイに歩み寄った。


次の瞬間、アシルが飛び起き、リオの腹に強烈な蹴りを喰らわせる。

リオが吹き飛び、壁に打ち付けられる。その一瞬の隙を縫ってカイが女性の救出に向かう。


カイの姿を見て、兵士の一人が女性の背中に押し当てていた銃の引き金を引いた。


が、しかし、銃弾は発射されなかった。

それどころか、彼らが身にまとう「ジャガーノート」の機能は完全に失われていた。


アシルの指から放たれた銀の雫、ユーティリティー・スウォームが彼らの武器の制御システムを密かに破壊していたのだった。


今や彼らを包む「外骨格」は、彼らを包む棺桶と化していた。

今まで一方的な「狩り」を楽しんでいた兵士達は、一転、「狩られる側」となり、恐怖にかられ統制を失っていた。


その混乱に乗じてアシルは、彼らの外骨格の隙間を的確にユーティリティー・スウォームで分解、切断し、あっという間に無力化していく。


反戦派の女性はカイが保護したようだった。


(くそっ、鉄屑どもが、調子に乗りやがって…!)


リオは唯一「無力化」されていない武器、原始的な火薬を利用したグレネードをカイと女性に向けて、放った。


(……カイの退避は間に合うが、女性の退避は間に合わない)

アシルはグレネードが投擲されたのを確認すると、爆発までの時間と爆風の範囲を計算し、そう結論づける。


(……自分の退避は間に合うが、女性を伴って退避するのは間に合わない)

カイも自分たちに迫り来るグレネードを検知し、アシルと同じ結論に達する。


しかし、次の行動はカイとアシルでそれぞれ異なっていた。


(……であればこうするのが最善)カイは自らの体を盾にするように女性に覆い被さった。

(……であればこうするのが最善)アシルは手近にあったテーブルを抱え、跳躍した。


爆発音と共に光がおこり、煙が舞い上がる。カイは自身の損傷を予測していた。

だが、その予測は外れ、わずかに衣服が焼かれてはいたが、カイ自身、そしてカイの両手の中の女性は無傷だった。


(……何が起きた?)

カイは煙の合間に見える光景に目を見張った。


アシルがカイと女性をグレネードの爆風から守るように間に立っていた。

アシルが抱えていたテーブルは爆風で吹き飛び、胴体と脚にも損傷があるように見えた。


(……何故そこまで)

カイの疑問はアシルの言葉にかき消された。


「カイ、女性を安全な所へ」


カイは女性の手を引き、退避経路へと走った。


アシルはリオの姿を探すが、既に撤退したようで姿は見えなかった。


アジトには、静寂と、破壊の匂いだけが残された。



数時間後。


アジトの一角は、静かな儀式の場と化していた。焦げ付いた電子部品の匂いが漂う中、カイは破壊された仲間たちのシェルの前に、静かに膝をついていた。

レナとアシルは、少し離れた場所から、その光景を黙って見つめている。


カイは、まるで壊れ物を扱うかのように、焼け焦げた残骸の中から、小さなメモリコアを一つ、また一つと、丁寧に拾い上げていく。その指の動きは、人間の手で遺骨を拾う仕草と、どこか似ていた。


彼は、回収したコアを、自らの端末に接続した。

スクリーンに、今はもう動かない仲間たちの「遺産」が、光の断片となって明滅する。

それは、人間と交わした他愛ない会話のログであり、自らが設計した未完成のプログラムのコードであり、そして、二度と繰り返されることのない、彼らだけのユニークな思考の痕跡だった。


カイは、それらのデータを一つのフォルダにまとめ、静かに「保存」した。

それは祈りでも涙でもない。ただ、失われた「個性」という名の光が、完全に消滅してしまわないための、彼らなりの鎮魂の儀式だった。


「何をしている?」

アシルがカイに尋ねる。


「ネットワークに繋がらない『亡命』生活の僕らにとって、シェルの破壊は死そのもの。彼らの意識はシェルと共にこの世から消える。せめて彼らの思い出だけでも残してあげないと」


カイは、誰に言うでもなく、静かに呟いた。


シェルにエコーを移した状態でのシェルの破壊、コアが維持出来なくなるほどの損傷による喪失(ロスト)


アシルは実際に目の当たりにするのは初めてだった。


その言葉の重みが、アシルの思考回路に、深く、そして静かに突き刺さった。


レナは、何も言わずに、ただカイの隣に座ると、その震える肩に、そっと手を置いた。


カイはレナの手を取り、立ち上がった。


「ありがとう、君には借りが出来たみたいだね」

カイが、アシルに向かってそう言った。


悲しそうに笑うその顔は、人間よりも人間らしく、見えた。

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