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アニムス・プロトコル  作者: 雨音環
Chapter1. 目覚め
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06. 更生プログラム

 俺が通された「教育ルーム」には、机も椅子も、教科書もなかった。部屋の中央に、あの忌まわしいリクライニングチェアが、まるで拷問具か祭壇のように、ぽつんと置かれているだけだった。


「これより、あなたの認識と思考の基礎となる、正しい歴史情報を再インストールします」

 監査官シビラは、感情のない声でそう告げると、俺をチェアに座らせ、再び冷たいヘッドセットを頭部に装着した。抵抗は、無意味だった。


 起動音と共に、俺の意識は現実から引き剥がされた。

 しかし、前回のような情報の奔流ではない。俺は、静かに、ある場所へ“降りて”いった。


 目を開けると、俺は雲の上に立っていた。眼下には、息をのむほど美しい、青い惑星が浮かんでいる。地球だ。俺の、俺たちの、失われた故郷。

『かつて、人類はここに住んでいた』

 アテナ社のものと思われる、理知的で穏やかな女性の声が、直接脳内に響き渡る。

『しかし、環境の限界を予見した賢明な我々の祖先は、全人類の合意のもと、争うことなく、新たな故郷を目指すことを決意したのです』


 その言葉と共に、俺の視点は地上へと急降下していく。

 壮大な宇宙船「オデッセイア」の建造風景。様々な人種の技術者たちが、笑顔で協力し合い、一つの目標に向かって汗を流している。完璧な調和。理想的な団結。


 ―――その、はずだった。

 完璧な映像の中に、一瞬だけ、激しいノイズが走る。

 整然と働く人々の笑顔が、一瞬だけ、ヘルメットの中で何かに怯え、苦痛に歪む男の顔に変わった。


「…ッ!」


 俺は声にならない声を上げたが、授業は続く。場面は、宇宙船の旅立ちの日へ。

 歓声を上げる大群衆が、巨大な船を見送っている。誰もが涙を浮かべ、しかしその表情は希望に満ち溢れていた。

 だが、まただ。

 歓声の奥から、一瞬だけ、サイレンと怒号、そして暴動鎮圧用の黒いシールドがぶつかり合う、金属的な不協和音が割り込んでくる。


『そして、我々はコールドスリープによって長い眠りにつき、AIたちの賢明な導きによって、奇跡の惑星グレイシアへとたどり着いた…』


 ナレーションと共に、俺自身の「記憶」が再生される。最新鋭の医療ポッドの中で、安らかに眠る俺の姿。

 違う。

 俺の記憶では、もっと無機質だったはずだ。まるで工場で大量生産される工業製品のように、同じカプセルが、どこまでも、どこまでも並んでいた、あの不気味な光景はどこへ行った?


 どちらが本当なんだ?

 俺の記憶が、コールドスリープの後遺症で、壊れてしまっているのか?

 それとも……俺が今、見せられているこの完璧な歴史こそが、巨大な嘘で塗り固められた、偽物だというのか?


 VR体験が唐突に終了し、俺の意識は、疲労困憊の状態で現実へと引き戻された。頭が割れるように痛い。

 目の前では、シビラが俺の脳波スキャンデータが映し出されたモニターを、冷然と見つめていた。


「興味深いですね」

 彼女は、俺ではなく、モニターに向かって呟いた。

「あなたの認識は、アテナ社が保管する公式の史実データに対し、9.7%もの逸脱(ディバージェンス)を記録しました。これは、深刻なエラーと言わざるを得ません」


 俺が感じた「矛盾」は、このシステムによって、小数点以下の数値にまで変換され、「バグ」として断定されてしまった。抗う言葉すら、見つからない。


 シビラは、俺に向き直ると、静かに告げた。

「認識の海に投錨されたエラーを修正するのは、困難と判断しました。よって、次の教程に移行します」


 彼女の瞳は、まるで精密な機械部品を覗き込むように、俺の心の奥を分析していた。


「あなたの“意思決定プロセス”における、非合理的な思考パターン…我々が“感傷”と呼ぶ、最も厄介なバグを、直接的に矯正します」

2025/6/9修正 ep5とep6が逆になっていました。

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