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「……これも、シュミレーション済みだったりする?」
「……初めてだけど」
「お、初めてゲット」
くすっと笑いながら言うと、黒瀬くんはちょっと眉をひそめた。
「……そういう目線で過ごすの?」
「うん。そういう目線で過ごすの」
だって――
「黒瀬くんの“初めて”は、ぜんぶほしいもん」
私の“初めて”を、こんなにもさらっていくんだから。
出会ってから何度、心を奪われたか分からない。
だったら、私だって。彼の記憶の中に、ちゃんと爪痕を残したい。
「……ごめん」
ポツリと落ちたその言葉に、少し驚く。
「謝った」
「ごめん」
ギュッ――
繋いだ手に、ふいに力がこもる。
あたたかくて、やわらかくて、まっすぐな“ごめん”。
その手が、心に触れてくる。
ごめんね、ちょっと意地悪しちゃった。
「いいなあ、クラゲになりたいな」
天井を泳ぐクラゲたちを見上げながら、ふと思ったことをつぶやく。
「前も言ってたよ」
「え?いつ?」
「高校のとき」
「……覚えてない」
「俺が覚えてるから、いいよ」
静かなトーンで、さらりと返される。
それだけで、また心臓がきゅっとなる。
私が忘れてたことを、黒瀬くんはちゃんと覚えてる。
過去の私の気持ちを、大切にしてくれてる。
そんなふうに言われたら――好きにならないわけがない。
「イルカショー行こっ!」
パッと顔を上げて言うと、黒瀬くんは少し眉を上げた。
「濡れるかも」
「じゃあ、濡れないところがいい!」
「真ん中……かな?」
それなのに、気づけば会場のいちばん前列。
周りはレインコートの人たちでいっぱい。
多分――いや、絶対濡れる。
でも、こんな時間なら、ちょっとくらいびしょ濡れでもいい。
「一時期ね、めっちゃシャチにハマってたの」
「うん」
「知ってた?」
「うん」
「なんでも知ってるじゃん」
「好きだからね」
ぽつんと落ちるように、何気なく出てきた言葉。
けれど、それはしっかりと、心に届いた。
また、くれるんだ。そういう嬉しい言葉を。
いつも、何気ない顔で。
「……私ね、黒瀬くんのこと、知らないことばっかりだよ」
「……それでいいよ、別に」
「……でも、知りたいよ」
「……全部知っちゃったら、つまらないでしょ?」
「……つまらないって、思った?」
「ん?」
「私の好きなもの、ぜんぶ知って、つまんないなって思った?」
黒瀬くんは、一瞬だけ視線を泳がせてから、ちゃんと私の目を見て言った。
「……知れば知るほど、好きになるよ」
その瞬間、心の中に光が差し込んだ。
水面に反射する日差しみたいに、キラキラと。
波打つ胸の奥で、また新しい“初めて”が灯った気がした。
こんな気持ち、知らなかった。
たったひとことで、こんなにも幸せになれるなんて。
繋いだ手から、今日という一日が宝物になっていく――そんな気がした。




