12
繋がれた手から、心臓にじんわり熱が伝わってくる。
右手が、あたたかい。
指先まで、しっかり包まれてるのに、決して無理やりじゃない。
ぎゅうってほど強くはないけど、逃げられない程度の“ちゃんとした”力加減。
まるで、「離す気はないよ」って伝えてくれてるみたいで。
……もう、ずるい。ほんと、ずるい。
たぶん、私、今ものすごく顔が赤い。
なのに、黒瀬くんは、何食わぬ顔で歩いてるんだから。
「……どこ、行くの?」
顔を上げられなくて、下を向いたまま尋ねた。
「内緒」
「え…」
「デートってそういうもんでしょ」
さらりと、でも確かに「デート」って言った。
その一言が、爆弾みたいに心の中で弾ける。
まだ慣れない。
恋人みたいな空気にも、手を繋いでることにも、黒瀬くんのこういう自然な“ずるさ”にも。
彼の横顔を見るのが怖くて、それでも気になって、視線だけちらりと横に向ける。
ほんの少しだけ、手を引く力が強くなった気がした。
何気ないようでいて、たぶん、彼も少しは緊張してる。……たぶん。
歩くたびに、手が揺れる。
そのたびに、心も揺れてる。
沈黙ってこんなにドキドキするものだったっけ?
何か話さなきゃ、って思うのに、
昨日あんなに泣いたばっかりなのに、
どうして今日はこんなに緊張してるんだろう。
いや、違う。
「黒瀬くんと一緒にいる」っていうそのこと自体が、たぶん原因。
好きすぎると、息をするのもしんどい。
電車の中。
揺れる車内で、黒瀬くんは吊革を持ってて、私はスマホを握ったまま立ってる。
画面はとっくに暗くなってるのに、ずっと見てるフリしてる。
実は、視界の端っこで、ずっと彼を見てた。
時々、ちゃんと盗み見。
落ち着いた顔。
長くて濃いまつげ。
形のいい唇。
斜めに垂れた前髪の隙間から覗く瞳――
全部が、綺麗で、見惚れるしかない。
ふいに、トン、と肩が触れた。
反射的にびくっとなって顔を向けたら、黒瀬くんもこっちを見てた。
「……大丈夫?」
その声が、さっきより少し低くて、優しくて。
一瞬で、胸がぎゅっと締めつけられる。
「え?」
「風邪とか、ひいてない?」
「……うん、大丈夫」
「そっか」
それだけ。
それだけなのに、鼓動が跳ねた。
なんでこんなに、何気ない一言にドキドキしてるんだろう。
私ばっかり。こんなに意識してるの、悔しい。
電車を降りて、改札を出た頃には、少しだけ人もまばらになってた。
自然と彼の歩くスピードが落ちて、私の小さな歩幅に合わせてくれてるのに気づく。
何も言わずに、そうしてくれるところも、ほんとずるい。
駅の階段を降りた先で、黒瀬くんがふと立ち止まった。
「ここ、曲がったら見えるよ」
「え?」
その言葉に合わせて顔を上げると――
風が吹き抜ける向こう側に、陽を反射して光る大きなガラス張りの建物があった。
……水族館。
ガラスの壁に、キラキラと太陽の光が反射してる。
まるで、光の粒が宙に浮かんでるみたいだった。
「……水族館?」
思わず漏れた声に、彼はコクンと頷いた。
「うん。昨日、調べた」
「……え?」
「白川が喜びそうなところ」
言葉の温度が、心の奥にそっと触れた気がした。
うれしい。
ただの「うれしい」じゃ表せないくらい、胸がいっぱいになる。
昨日の夜、私があんなだったのに、
そのすぐあとに、こんなふうにしてくれるなんて。
優しさが、刺さる。
それが“黒瀬くんの優しさ”だから、なおさら。
今日一日で何回ドキドキすればいいんだろう。
そんなことを思いながら、繋いだ手をもっと強く握った。
そして、一緒に足を踏み出す。
光の粒が降り注ぐ、二人だけの水族館へ――。




