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スッピンなのも、寝癖がひどいのも、
そんなの気にする余裕なんてなかった。
玄関の扉を開けたのは、
反射的で、無意識で、
まるで夢の続きに足を踏み入れるようだった。
もしかして、まだ夢の中なのかもしれない。
現実みたいにリアルな、朝の夢。
「……でーと?」
かろうじて出た言葉は、情けないくらい間の抜けた声。
寝起きの頭では考えるのが追いつかない。
目の前にいるのは、黒瀬くんで。
彼は、真顔で――いや、少しだけ、笑っていて。
「デートしよう」なんて、唐突すぎて。
昨日、あんなことがあったばかりなのに。
呆然と立ち尽くす私を見て、
黒瀬くんがふっと笑った。
――ふは、って。
その笑顔に、胸が高鳴る。
伸びてきた彼の手が、私の頬に触れたかと思えば、
そのままやさしく、でもしっかりと引っ張る。
「起きて。朝だよ」
少しだけ痛くて、確かに現実だった。
でも、それ以上に、
その声が、笑顔が、
信じられないくらい優しくて。
……現実だった。
黒瀬くんが、ここにいて。
私を起こしてくれている。
その時だった。
ドタドタと、背後から床を揺らす足音が近づいてきて――
「おらっ!」
私の肩を押して前に出たのは、西園寺先輩。
そのまま、勢いよく黒瀬くんの胸ぐらを掴んだ。
目が覚めるような迫力に、私は一瞬で冷えた空気を感じる。
「泣かせんなよ」
「……はい」
「マジで、次はねえから」
「……はい」
「次またこいつがお前のせいで泣いたら――
お前から奪って、颯のとこ行けって言うからな」
「……分かりました」
黒瀬くんの答えは、どこまでも低く、静かで、真剣だった。
悔しい。
……西園寺先輩、カッコよすぎて悔しい。
でも、ありがたくて、涙が出そう。
「白川。下で待ってるから。準備しておいで」
黒瀬くんが私に“魔法”をかけた。
その一言だけで、全身の血が巡り始めた気がした。
頷いて、部屋へと戻る。
「……行っちゃうのかー」
床に寝転がったまま、颯先輩が寂しそうに言った。
ごめんなさい。
優しさに甘えたままで、利用して。
ちゃんと、感謝を伝えなきゃ。
「……先輩、ありがとうございました」
「え、あら。振られた?」
「……告られてないです」
「うわあ。ずるー」
颯先輩らしい軽さに救われる。
クスッと笑って、バタバタと支度を終える。
玄関には、仁王立ちの西園寺先輩。
睨みきかせて待ってた。
「……黒瀬のこと、襲うなよ」
「もっと言うことないんですか?」
「嫌なことされたら、すぐ言えよ」
「……先輩みたい」
「先輩だからな」
その返しに、ちょっとだけ照れてしまう。
「……えっと、お疲れ様でした」
「なんだそれ!」
「先輩が教育係で良かったです」
「なに急に。キモイよ」
「チッ」
「は? 舌打ち!?」
「デートいってきまーす!」
最後まで西園寺先輩は西園寺先輩だった。
……大好きだ、こういうところ。
外に出れば、昨日の雨が嘘みたいに晴れていた。
ところどころに残った水たまりが、
朝日を受けてキラキラと輝いている。
まるで、今日という日を祝福しているような光。
「……お待たせ」
「待ってないよ」
黒瀬くんはそう言って、柔らかく微笑んだ。
ほんとは、待っててくれたくせに。
そんなところも、優しいんだから。
そして――
歩き出した瞬間、そっと、手を繋がれた。
その手のあたたかさに、心臓が跳ね上がる。
……もう、ダメだ。
爆発しそう。
私は、ほんとに、チョロい女だ。




