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キミ想ウ花束  作者: 桜美 咲蘭
欲望、
92/107

10

「失敗したくないって気持ち、分かる」


静かに、ぽつりと颯先輩が呟いた。

その言葉は、まるで独り言のように小さくて、

けれど、私の心に真っすぐ落ちてきた。


「……別にいいじゃないですか」

「失敗したら、お前ら面白おかしく話すだろ」

「それが嫌な人もいるよ。男って、プライド高いから」


颯先輩は、どこか遠くを見るように言った。

まるで黒瀬くんの気持ちを代弁するみたいに。


「……私は、言わないのに」


そう呟いた自分の声が、子どもみたいで情けなくて、

視線を落として、膝の上で手を握りしめた。


しょんぼり。

でも、なんだろう。

少しだけ、黒瀬くんの気持ちが分かった気がして、

嬉しいような、切ないような、不思議な感情が胸に広がった。


「澪ちゃんさ、黒瀬くんのこと、嫌いになった?」


不意に聞かれた問い。

私はしばらく黙ったまま、考えるふりをした。


「……」


「好きでしょ?」


その声に、無言のまま、小さくコクンと頷いた。

なんでだろう。

あんなに苦しいのに、嫌いになれなかった。


「てかさ、別に付き合ってないんだから、黒瀬の勝手じゃね?」

「はーる、それ言わないの」


颯先輩がたしなめる声に、私は苦笑いしながら呟いた。


「……そんなの、言われなくても分かってます」


もし、私と黒瀬くんがどこかで“ちゃんと”付き合っていて、

そのうえであんな過去を聞かされたなら――

私はきっと、怒り狂ってた。

泣いて、叫んで、彼を嫌いになろうと必死になってたと思う。


でも、実際は違った。

私はただ、一方的に好きでいただけだった。


だから、本当は何も言える立場じゃない。

責める資格なんて、ない。


もし、七瀬さんが言ってたことが事実だったなら――

私は、きっと、初恋を終わらせていた。

それくらい、ぐちゃぐちゃだった。


でも、本人の口から事実を聞いて。

瞬間的に思考はフリーズしたけど、

シャワーを浴びている間に、少しずつ冷静になった。


「俺、来る必要なかったわー」

「そう? 陽がいたから澪ちゃん冷静になれたよね?」

「……はい」

「マジ?」

「……なんでいるんだろうって」

「“ありがとうございます”だろ? ぶっ飛ばすぞ?」



――なんだろう。

この人たちが側にいてくれて、良かった。



颯先輩が「ベッドで寝ていいよ」って言ってくれて、

それを聞いた西園寺先輩が「俺が寝る!」って騒いでたけど、

私はその声を無視して、そっとベッドに潜り込んだ。


私は、ズルい女だ。

颯先輩の優しさを、都合よく利用した。

でも、先輩はそれを責めることなく、

いつも通りの優しさで包んでくれる。


そっと目を閉じる。


たぶん、一人だったら今夜は眠れなかった。

西園寺先輩の不器用だけど確かな優しさと、

颯先輩の何も聞かない包容力に、救われた夜だった。



__________




翌朝――


ピンポーン、と玄関チャイムの音が部屋に響く。


私は静かにリビングを覗いた。

ソファには、2人ともぐっすり眠っていて、

あの喧騒が嘘みたいに静かな空間が広がっていた。


再び、チャイム。

ぼんやりとした頭でインターホンに目を向け、

画面に映った人物に、思わず無意識で解錠ボタンを押していた。


数秒後、玄関のドアを開けると――


そこには、黒瀬くんが立っていた。


変わらないその表情。

けれど、どこか少しだけ、切実な何かを纏っていて。


「……なんで……?」

喉の奥で言葉が詰まる。


「白川。――デートしよう」


え?

思考が追いつかない。


言葉だけがふわっと、鼓膜の奥に残って。

これは――夢なんじゃないかと思った。


でも、目の前の黒瀬くんの瞳は真剣で。

夢じゃない現実が、今、私をまた動かそうとしていた。

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