9(A)
目の前で一点を見つめて固まってる人がいる。
目はギンギン、口元はアワアワ。
西園寺先輩、完全に処理落ちしてる。
怯えた子犬みたいで、ちょっと可愛い。……先輩だけど。
「白川の誕生日の日さ、黒瀬は“直帰”って言ってたのに。
でも18時くらいに“飲みに行きませんか?”って連絡が来てさ」
「20時くらいに“まだ飲んでる?”って聞いてきましたよね」
「うん。合流して店行こうと思ってた。……けど、その途中で花屋があってさ。
“ちょっといいですか?”って、黒瀬、花買ったんだよ」
あの日のこと、私もちゃんと覚えてる。
あのとき、この人が花を持ってた理由。
正直、私も少し疑問だった。
でも澪がすごく喜んでたから、それ以上深く詮索しなかった。
「俺さ、アイツに“白川と紗夜ちゃんのとこに合流する”って言ってなかったんだよね」
「……え?」
「黒瀬って……白川の誕生日、知ってた?」
沈黙が落ちる。
その沈黙が意味することを、私も、先輩も、もう分かってる。
「……花買った時、“何用?”って俺聞いたんだよ。そりゃ聞くだろ?
男ふたりで飲みに行く途中に、花なんて普通買わねえし。
……俺、口説かれるのかなって思ったもん」
「……」
「……くど…」
「一旦、進みましょう」
「そしたら、“家に飾る用?”って疑問形で返されたんだよな」
――黒瀬湊って、本当にすごい。
全部“偶然”のふりして、ちゃんと“意図”がある。
無自覚なふりして、手は抜かない。
「黒瀬が白川に花渡すとき、俺思わず“え?”って声出たわ」
「……ああ、謎のカットインはそういうことだったんですね」
急に、西園寺先輩が立ち上がる。
嫌な予感しかしない。
「よし、黒瀬に事情聴取だ!」
「その前に、まず澪に聞いて黒瀬くんとの関係をちゃんと整理しましょう」
「そっか!! やっとパズル完成したあああああ!!
紗夜ちゃん!ありがとう!!」
――勢いよく叫んで、次の瞬間、へな〜っと椅子に沈む。
……やっぱりこの人、子犬みたいで可愛い。
でも、澪のこととなるとちょっと厄介な犬。
私の仕事は、澪の気持ちがちゃんと報われるように
遠くから見守って、時々リードを引くこと。
そして、暴走気味なこの子犬のリードも、時々引いてあげること。