6
私だけの時間が止まったまま、
ざわざわと、周囲の時間だけが進んでいく。
黒瀬くんと深青さんのぎこちなさ。
それなのに、自然に重なるアイコンタクト。
――見るだけで、胸が締めつけられる。
どうして。
どうして、こんな気持ちにならなきゃいけないんだろう。
誰も私なんて見ていない。
それなのに、息が苦しい。
心臓の音だけがうるさくて、もう何も考えられない。
聞きたくない。
見たくない。
触れたくもない。
――わたしだけが、まるでこの場にいてはいけない人みたい。
……無理だ。
静かに、椅子を引く。
音を立てないように、気配を殺すように。
「白川さん?どこか行くんですか?」
七瀬さんの声が聞こえた。
でも、聞こえないふりをした。
これ以上ここにいたら、心が崩れてしまいそうだった。
「ちょっと……外、行ってきます」
精一杯、笑ったつもりだった。
でも、声は震えた。目を逸らした。
全部、嘘だって、自分が一番よくわかってた。
足早にその場を離れる。
廊下に出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
ようやく、息ができる。
逃げるようにして歩き出す。
背中を向けていれば、涙を見られずに済む。
それでいい。それでいい――
そう自分に言い聞かせたその瞬間、
「……白川!」
追いかけてこないで。
そう心で願ったのに、
その声は、まっすぐ私を追ってきた。
好きな人に、また会えたんでしょう?
あの人と再会できたなら、もう、私なんていらないじゃない。
そう言いたくても言えないまま、歩き続けようとしたそのとき――
パシッ。
不意に掴まれた腕。
その感触が、私を現実に引き戻した。
「……どうした?体調、悪い?」
低くて優しい声が、すぐ近くで私を包み込む。
なのに、泣きそうになる。ぐしゃぐしゃに、泣きたくなる。
だって――
もしかしたら、このまま、初恋が終わってしまうかもしれないから。
ずっと、私の世界には黒瀬くんしかいなかった。
追いかけて、追いかけて、ただ、想っていた。
だけど――
黒瀬くんの世界には、私じゃない誰かがいるんでしょ?
そっと、ゆっくりと振り返る。
まだ、泣かない。今だけは。
「……私、黒瀬くんのことが、ずっと好きだった」
震える声で、やっと、ちゃんと口にした。
ずっと胸の奥で眠らせていた言葉を、ようやく、届かせた。
時間が止まったように、空気が静まり返る。
今、この一瞬だけでも、
ちゃんと想いが届きますように――そう、願った。




