2(N)
ある日の、ランチタイム。
社内のカフェテリアは、ざわついた空気と笑い声で満ちていた。
「……白川さんに、すっごいそっくりな人がいてさ〜」
耳に飛び込んできた名前に、手が止まる。
女子たちのグループトーク。いつもの、他愛もない噂話のひとつ。
「後ろ姿とか雰囲気とか!マジで双子かと思ったもん。あまりにも似すぎてさ、『白川さん?なんでこんなとこに?』って声かけちゃったの。そしたらさ、全然違う人で!てか、全然可愛かった〜!」
「やっば!それ普通に失礼じゃない?!」
「しかもね、その人、黒瀬さんのこと知ってたの〜」
……その瞬間、心臓が静かに跳ねた。
“黒瀬さんを知ってる”
“白川さんにそっくり”
偶然か、必然か。
神様が、最後のチャンスを差し出した――そんな気がした。
「……湊って呼んでた!下の名前で!ちょっとワケありっぽくない?!」
その名前に、全身がざわつく。
女子たちの無邪気なおしゃべり。
その何気ない一言一言が、私のなかの何かを、確実に熱くしていく。
使えないかと思ってたけど――
使わせてもらう。しっかりと、計画的に。
「えー!なにそれ、気になる〜」
微笑んで輪に入れば、皆が私を歓迎するように席を空けてくれる。
きっとこれが、最後のチャンス。
“湊先輩”から白川さんを引き剥がす、たったひとつの方法。
__________
後日、わざとらしくセッティングした「偶然」の出会い。
待ち合わせた場所に現れたその人を見て、私は一瞬、息をのんだ。
――白川さんに、似てる。
雰囲気も、佇まいも。でも、もっと洗練されていて、大人っぽい。
“白川さんの未来形”って言ったらしっくりくるかもしれない。
「……白寄深青さん、ですか?」
「ん? はい、そうですけど……」
「……わたし、湊先輩……あ、黒瀬先輩の部下で」
「湊? あ、この前も名前出てきた!同じ会社の子か〜」
笑うと、目元に儚い影が差す。
やっぱり、ただの“知人”じゃなさそう。
「……先輩、下の名前で呼ばれるの、嫌みたいで……」
「えっ、そうなの?」
小さく首を傾げるその仕草さえ、絵になる人だった。
「……付き合ってた、とか……そういう関係だったんですか?」
少しだけ沈黙があって、
深青さんは困ったように笑いながら、手で顔を仰ぐ。
「そんなに綺麗な関係じゃないよ。……恥ずかしいけど」
その仕草に、胸の奥がざわついた。
綺麗じゃないって、それはつまり――。
「……多分、湊先輩、まだ深青さんのこと……好きだと思います」
「……えっ?」
深青さんの目がわずかに見開かれる。
「……そっくりな人に、好意を抱いていて」
「忘れられない人だって、言ってました」
ほんとは言ってない。けど、そう“見える”ように話すのは得意だ。
真実なんて、都合よく切り取れば、いくらでも形を変える。
ヒロインは――私なんだから。
それを証明するためなら、
白川さんにも、深青さんにも、私の“舞台”に上がってもらわなきゃ。
波が静かに満ちていく。
嵐の前の、張りつめたような静寂の中で、私は静かに笑う。




