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キミ想ウ花束  作者: 桜美 咲蘭
夏、恋
80/107

11

トイレから戻ると、そこには黒瀬くんしかいなかった。


「……あれ? 西園寺先輩と紗夜は?」


屋台の光に照らされたその顔は、普段通りのクールさ。


「さあ?」


そっけない返事。

しばらくの沈黙が落ちて、浴衣の下の背中にじわりと汗が滲んだ。

夜風は涼しいはずなのに、なぜか変な汗が止まらない。


「……2人になりたいから気を遣えって、怒られた」

「え?」

「西園寺先輩ばっか相手しないで、俺も相手してよ」


その声のトーンに驚く間もなく、

黒瀬くんの手が私の手をとった。

指先からじんわりと熱が広がっていく。

そのまま、繋いだ手を離さずに歩き出した。


「ちょ、ちょっと……手……」

「白川のことだから、どうせはぐれるでしょ」


人の波の中、手を繋いでいるのはたしかに安心だけど、

心臓がうるさくて、それどころじゃない。


「どうせつまんないことで怒ってんだろ?

 もう、怒るの終わり。……せっかく可愛い格好してんだから」


早口で、けれどちゃんと聞こえる声で、黒瀬くんが言った。

視線は前のまま、私の顔は見ない。


……ちょっと怒ってる?

でも、それよりも今のひと言が頭から離れない。


可愛い格好って、今……言った?


いつも通りに聞き流せばいいのに、

素直に嬉しくて、口元が緩みそうになる。


「……黒瀬くん」

「ん?」

「……ちょっと、歩くの早い」


人混みに揉まれて、肩が何度も誰かにぶつかる。


私の言葉に黒瀬くんがやっとこっちを見て、

困ったような顔をして、小さく「ごめん」と言った。


その瞬間から、引っ張られていた歩幅が変わった。

私にちゃんと合わせてくれる。

「大丈夫? 疲れてない?」

その言葉に、思わず胸がふるえた。


そんなときだった。


「あ……」


視線の先、軒先に並んだ出店。

カラフルな小物が並んでいて、無意識に足を止めた。

手を離そうとした瞬間、黒瀬くんがぎゅっと握り返す。


「ん?」

「……可愛いのがあって」

「どれ?」

「……あ、花火、間に合うかな」

「いいよ。気にしなくて」


そのひと言が、どうしようもなく優しかった。


「……ありがとう」


お祭りの魔法だって、わかってる。

似たようなアクセサリーは、街中で半額くらいで買える。


でも、ここで見つけたというだけで、

なぜだか特別に見えるのが、夏の夜の不思議。


「……やっぱり、いいや。行こう!」


私がそう言うと、黒瀬くんが少しだけ表情を動かした。


「白川」

「ん?」

「ちょっと買い物していい?」

「あ、うん」

「ちょっと待ってて」


手が離れて、黒瀬くんがひとりで店に向かう。

離れた手が、少しだけ寂しかった。


黒瀬くんは迷いなく何かを手に取って、会計を済ませて戻ってきた。


「西園寺先輩にあげようかなって思って」

「……あ、先輩に?」

「今日のお礼。頑張ってたし」

「……喜んでくれるといいね!」


アクセサリーの袋を見つめながら、

胸の中にじわっと何かが広がる。


私のために、気を遣って言ってくれたのかもしれない。

そう思ったら、「嫌い」なんて言ったこと、今すぐ消したくなった。


そしてまた繋がれる手。

さっきより少し、自然な手の温度。

人混みを抜けて、少し開けた場所にたどり着くと――


黒瀬くんが、無言で上着を脱いだ。


「ここ、座って」

「えっ、いいよ! そんなの申し訳ないし……!」

「いいから」


少し強引に腰を下ろさせられる。

そして、隣に腰を下ろす黒瀬くん。

肩と肩が、ぎりぎり触れそうな距離。


周囲の喧騒が遠くなる。

空気が一瞬、凪いだ。


やがて――


ドンッ。


夜空に、最初の花火が打ち上がった。


ぱあっと弾ける音と、光の花。

その一瞬、胸の奥がきゅっと締めつけられた。


隣にいるのは黒瀬くんで、

手を繋いでるのも黒瀬くんで――


それが、嬉しくて、

少しだけ、怖かった。


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