10(S)
俺の腕を、白川がぐいっと掴んでくる。
なんで俺?
お前は黒瀬の隣、歩けよ。
最初は反射的に振り払おうとした。
けど、全然離さない。
「黒瀬くんのこと今は嫌いなんです」
そう言って、平然と俺の腕を引っぱる。
意味がわからない。
――もう、疲れた。
この謎テンション、意味不明な力関係。
しかもこの人混み。
暑いし、来るんじゃなかった、マジで。
駅前の通りは、すでに屋台の提灯が灯り始めてる。
浴衣姿のカップル、家族連れ、友達同士。
笑い声とお祭りのBGMが混ざって、
まるで空気が熱を帯びてるみたいだ。
後ろから、紗夜ちゃんと黒瀬の声が聞こえてくる。
何か話してる。距離が近い。
今この瞬間にでも、もし黒瀬が紗夜ちゃんと意気投合して、
「俺、有栖川さんのこと、好きかも」なんて、
ふざけたこと言ってみろ。
白川のことも黒瀬のことも、
一生許さないからな。
「お前、黒瀬となんかあった?」
横目で問いかけると、
白川は唇を尖らせて、視線を逸らした。
「黒瀬くん、私のことからかってるんです」
「なんで?」
「……私じゃない人との思い出を、私に言ってくるんです」
「思い出?」
「……ひまわりです」
――ひまわり。
その単語に、一瞬で思い出す。
あの日の居酒屋で、無造作に渡されたひまわりと、
嬉しそうに自慢してた白川の、ひまわり柄のボールペン。
……黒瀬、多分からかってねえな。
本当に白川がひまわり好きなのを知ってて、
純粋に白川に渡したくて渡してるだけだろう。
黒瀬は黒瀬で、白川の気を引こうとしてる――
それくらいの計算はしてそうだ。
全部憶測に過ぎないけど、
変に腑に落ちる。
やがて白川と紗夜ちゃんが「ちょっとトイレ」と言って離れた。
残されたのは、俺と黒瀬。
……気まず。
「お前、紗夜ちゃんに手出すなよ」
牽制するように言うと、
黒瀬は涼しい顔で、
「どうですかね」
――は?
「おまえ……!」
イラッときた瞬間、
黒瀬がすっと目線を上げてくる。
「先輩こそ」
「は?」
「いつまでも白川の教育係、やめてください」
――ああ、腹立つ。
こっちはずっと気を遣ってんのに、
こいつ、明らかに俺のこと下に見てる。
しかもその顔、ちょっと笑ってやがる。
身長のせいか?
舐めんなよ。
睨みつけてたら、ちょうど紗夜ちゃんが戻ってきて、
「何、見つめ合ってるんですか?」
って、笑いながら近づいてきた。
「見つめあってない!もう解散!紗夜ちゃん行くよ!」
「え?ちょっと!」
「じゃあな、黒瀬!俺は紗夜ちゃんと花火見るから!」
勢いのままに紗夜ちゃんの手を引いて、
屋台の列を縫うように早足で歩く。
提灯の明かりが反射する浴衣の裾、
金魚すくいの水音、たこ焼きの香ばしい匂い。
人混みの中で、どこか現実感が薄れてくる。
「先輩!腕、痛いってば!」
「ちょっと我慢して!」
どこまでも余裕な顔してる黒瀬が、腹立たしい。
あんな顔、俺にはできない。
でも――
この子は、俺のだ。
絶対に、離してたまるか。




