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「……ここで、ずっと立ち話する気?」
「……だ、だって。散らかってるし……」
視線を泳がせながら、ちらっと部屋の中に目をやる。
床には、さっきまで散々悩んだ服たちが散乱している。
どれを着れば少しでも可愛く見えるか――
何度も試しては投げ出して、結局どれも選べずにいた証拠が、丸見え。
恥ずかしさで顔が熱くなる。
こんなの、見られたくなかった。
「……悩んでる」
黒瀬くんが小さく笑って言う。
声のトーンは穏やかで、責めるでも、からかうでもなくて。
「……だって」
「何回も入ってるんだし、いまさらじゃない?」
さらっと、そんなことを言う。
たしかに、何度か来たことはあるけれど……それとこれとは話が別。
言い返せずに黙っていると――
「澪ちゃん、入れて?」
その一言と一緒に、黒瀬くんが首を傾げて、ふっと笑った。
……やめて。
そんな顔されたら、心臓の持ちようがない。
いいよ、って言ってないのに、するりと私の横をすり抜けて、
まるで当然のように、家の中に入っていった。
呆然としながら振り返ると、
彼はもうリビングに腰を下ろして、部屋を見渡していた。
「服、いっぱい」
足元の服たちを見て、声に少しだけ笑いが混じる。
ああもう、恥ずかしすぎて死にそう。
「……だから、散らかってるって言ったのに」
「うん、言ってた。でも可愛いじゃん、こういうの」
服に囲まれた空間で「可愛い」って何!?
私はもう、感情が忙しすぎる。
彼の手が伸びて、山のような服の中から一着を拾い上げた。
「これ、いいじゃん。白のワンピース」
「……え?」
「似合いそう。可愛いし」
その言葉に、胸がきゅうっとなる。
まっすぐに褒められることなんて、あまりない。
それが黒瀬くんからだと思うと、体温が一気に上がる気がした。
「……それに、する……」
おずおずとそのワンピースを受け取って、脱衣所に向かう。
着替えている間も、ずっと心臓がバクバクしてる。
たった一言「似合いそう」って言われただけなのに、
その服は、もう特別な一着になった。
でも――
黒瀬くんの自然な甘さに触れるたび、
少しだけ、胸の奥がチクリと痛くなる。
こんなふうに、彼はたくさんの女の子に優しくして、
きっと、何人もの心を奪ってきたんだろうなって。
鏡の前で一度深呼吸して、リビングに戻る。
黒瀬くんが、にっと笑った。
「いいじゃん。やっぱ、似合うね」
「……ありがとう」
うまく笑えているか分からないまま返すと、
彼が、ふと思い出したように口を開いた。
「ねえ、あれしてよ」
「……あれ?」
黒瀬くんは、頭の後ろで手を束ねる仕草をした。
「ポニーテール?」
「それ!」
「……やだ」
「やだじゃないでしょ。俺がやってあげる」
え? 今、なんて?
驚いて動けない私をよそに、
黒瀬くんは棚からヘアゴムとクシを取って、
スタスタと私の目の前に座り込む。
「後ろ、向いて」
低くて優しい声。
いつものクールなトーンより、少しだけ甘い。
どこまでも強引で、どこまでも優しい。
それがずるいって、何度も思うのに――
結局私は、逆らえない。
胸の奥で、何かがほどけるような、
それでいて結ばれるような、不思議な感覚が広がっていく。




