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花火大会まで、あと1週間のところだった。
黒瀬くんを避ける日々を続けていたけれど——
そんな努力なんて、あっさり意味をなくす。
偶然すれ違ったのは、自販機の前。
「なんかいる?」
「…え?」
「ジュース」
不意に聞かれて、自販機のラインナップに目を向ける彼の横顔。
相変わらず綺麗で、目を奪われそうになる。
「あ、ありがとう」
「ミルクティーでいい?」
「うん…!」
「おっけ」
黒瀬くんの指先がボタンを押し、
落ちてきたペットボトルを拾ったかと思えば——
そのまま私には渡さず、くるりと背中を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと!」
「少しだけ俺の休憩、付き合ってよ」
「……はい」
近くのベンチ付きの休憩スペース。
テーブルを挟んで、私たちは向かい合わせに座った。
“ただの同期”だったなら、
きっと、こんなふうに自然に並んでいたんだろうな。
もし、初めて出会ったのが会社だったら——
それでも私は、黒瀬くんのことを好きになってたのかな?
……ううん、きっとなってた。
どんなタイミングで出会ったとしても、
私は結局、黒瀬くんに恋をする。それだけは変わらない気がする。
「飲まないの?」
「の、飲むよ!ありがとう」
焦ってペットボトルを抱える。
でもそれさえぎこちなくて、情けなくなる。
「…あの、黒瀬くん」
「ん?」
「花火大会のことなんだけど……」
手が、ペットボトルを握る指が、震える。
ちゃんと伝えなきゃ。
怖くても、逃げたくない。
「西園寺先輩と、紗夜も……一緒に来てもいいかな?」
胸の奥が、ぎゅっとなる。
“あ、予定入っちゃってて”とか
“あれ、冗談だったんだよね”なんて言われたら……
どうしよう、って。
「白川」
名前を呼ばれて、ハッとして顔を上げる。
目が合った瞬間、視線が絡んで、
「う…」と、変な声が出てしまった。
無表情な黒瀬くんに見つめられると、ドキドキしすぎて、息が止まりそうになる。
「なに、う、って」
少し困ったように笑ったその表情に、胸がきゅんとなる。
よかった。笑ってくれた……
「いいよ、別に」
「…え?」
「元気なかったから、行けなくなったのかと思った」
「…だって……冗談だったって言われるかもって……」
「なんでだよ」
コトン、と缶をテーブルに置く音がした。
肘をついた黒瀬くんが、頬杖をついて私を見る。
「行きたそうだったから、誘ったのに」
「…すみません」
「俺も、白川と行きたかったし」
その一言で、心臓がきゅーっと痛くなる。
この人は、天然で人の心を奪っていくんだ。
「そうだ。連絡先、教えてよ」
「えっ!?」
「交換してなかったよね? 集合場所とか連絡必要でしょ」
「…あ、うん」
「…なに?嫌?」
「いやじゃない! びっくりしただけ!」
「なんだよそれ」
くすっと笑いながら、黒瀬くんがスマホを操作する。
私もあわてて自分のスマホを取り出して、QRコードを表示する。
「これ? 澪ってやつ?」
な、名前!! 呼ばれた!
心臓、ほんとに止まるかと思った。
固まっている私に、「なに?」と不思議そうな顔。
「あ、うん。それ…!」
「また連絡するわ」
立ち上がった黒瀬くんが、私の横を通りすぎるとき——
ポン、と優しく頭を撫でた。
……無理。
完全に無理。
彼の背中が見えなくなってから、私は机に突っ伏して額を打ちつけた。
この人、そのうち本当に私の心臓止めてくる気がする。
そして——
スマホに、ポンと通知が届く。
「黒瀬です」
急いで友達追加して、反射的にスクリーンショット。
アイコンは設定されていないままで、なんだか彼らしい。
「……やばいなあ」
嬉しいことばかり続くと、
その分、あとで泣く未来があるんじゃないかって——
ちょっとだけ、怖くなった。




