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週明けの月曜日。
これまでで一番、体が軽い気がする。
「白川〜!お前、俺に言うことあるだろ」
「西園寺先輩、見てくださいこれ!
ひまわり、ドライフラワーにして飾ってます。
しかも写真撮って、待ち受けにしました!」
「知らねーよ」
ランチタイム。
誰よりも早く私の席に現れたのは西園寺先輩。
ちょっとご機嫌斜め。仕方がない。
「どうしたんですか? 超絶イケメン!」
「陽様が足りない」
「超絶イケメン陽様〜!」
紗夜が呆れたように笑う。
「なにやってるんですか、2人して…」
――本当は、西園寺先輩よりも黒瀬くんを一目見たかった。
でも、今日に限って姿が見えない。
どうしてこうもすれ違うのか。
西園寺先輩はすぐに見つかるのに。
「白川からの感謝の気持ちが足りない」
「今朝、1番に挨拶に行こうと思ってたんです!
でも見つからなくて…」
「朝、エレベーターで目合ったよな?」
「え、それ西園寺先輩だったんですか…?
超絶イケメンすぎて、他人かと思いました」
「お前、逃げただろ」
正直、西園寺先輩はすごくモテる。
塩顔イケメンで、優しくて、仕事もできて。
どうしてこんなに構ってくれるのかは、未だによく分からない。
でも、入社当時の私の教育係で、
女子社員からの嫉妬にさらされた時も、さりげなく助けてくれた。
「西園寺先輩のこと、好きにならないの?」
「ううん、ならない。絶対ない。私、黒瀬くんが好きだから」
「白川〜?何サボってんの〜?
黒瀬のストーカーのくせに、仕事サボってんの〜?」
「関係ないでしょ!ストーカーも黒瀬くんも関係ない!」
……そんな会話を、昔していた気がする。
きっと西園寺先輩はわかってる。私が誰を見てるか。
それに、たぶん紗夜のことが好きなんじゃないかな。
なんとなく、だけど。
今日も、黒瀬くんには会えないかもしれない。
経理の私と、営業の彼。
忙しさも、働いてる階も、全然違う。
――でも。
「白川さん」
「はいっ!」
振り返ると、そこに黒瀬くんがいた。
……え? 黒瀬くんのほうから、声をかけてくれた?
今までは「お疲れ様です」ってすれ違うだけだったのに?
「やっぱり白川さんだ。おつかれ」
「…お、お疲れ様です」
並んで、エレベーターを待つ。
今日の私、髪型おかしくないよね? 大丈夫だよね??
名前を呼ばれた。A子じゃなくて、白川さんって。
ちゃんと「私」って認識してもらえてる。
――超絶イケメン陽様、本当にありがとうございます……!
「大丈夫だった? あの後。けっこう飲んでたけど」
「だ、大丈夫です! 嬉しすぎて、アルコール効かなかったくらいで!」
「そっか、ならよかった」
エレベーターの扉が開く。
「どうぞ」って手で先を促される。
……レディーファーストなんて、慣れてるんだ。
ちょっと切ない。嬉しいけど、寂しい。
私が17階で、黒瀬くんが16階。
まさかの二人きり。
「あ、あのね! もらったひまわり、ドライフラワーにしたの」
「ドライフラワー?」
「うん、枯れないように加工して。ずっと残せるの」
あの頃と違う。
今の私は、ちゃんと話題を用意して、会話ができる。
スマホの画面を覗き込むように、距離が近づく。
……息って、どうやってするんだっけ。
「へぇー。すごいな」
黒瀬くんの視線が、スマホから私に移る。
こんな距離で見つめられたの、初めて。
目が合って、思わず逸らしてしまう。
「…うん。すごいでしょ」
「有言実行?」
「えっ?」
「一生大事にするって言ってたろ」
ふふっと笑う声に、心臓が跳ねる。
「もう着くな」って言葉の中に、少しだけ名残惜しさが滲んでいて――
「じゃ、頑張って」
扉が閉まり、私はその場でしゃがみ込む。
……だめだ、耐えられない。
黒瀬くんって、もしかして――人たらし?
「し、心拍数が……」
また一つ、好きが募っていく。
胸が熱くて、ちょっと苦しい。