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大好きな黒瀬くんが、笑いながら泣いてる私を見つめてる。
少し戸惑ったような顔で、上目遣いに。
……可愛い。
「黒瀬ってほんと罪な男だな」
「なんすか」
「黒瀬くんってさ、彼女いるの?」
紗夜のど直球な質問に、涙がスッと引っ込む。
「いないよ」
――おわ。よかった。
心臓、ちゃんと動いてる。
「いるよ」なんて言われてたら、破裂してたと思う。
「おま、お前まさかチェリーじゃないよな?!」
「…違いますよ」
「あ、ちゃんとやることはやってるんだ」
あ、そっか。……そうだよね。
わかってたはずなのに、少しだけ、胸がチクリとした。
黒瀬くんと視線が重なる。
また、あの優しい顔。「大丈夫?」って。
……やっぱり、好きだなあ。
お酒の力ってすごい。
私が聞けないことを、全部、誰かが代わりに聞いてくれる。
「澪さ」
「……ん?」
「同期のよしみで、黒瀬くんに抱いてもらう?」
「ぶっ!」
「うわ、汚い! お前、吹くなよ!」
「な、な、何言ってるの!?!」
「冗談だって」
「じょ、冗談にもほどがあるよ! 黒瀬くん困ってるじゃん!」
西園寺がニヤニヤして笑う。
「女に困ったら、最終兵器がいるからな。よかったな」
「ははっ」
……笑う!?
いやいやって否定するところじゃないの!?
黒瀬くん、ほんと何者……?
「白川さんって、最終兵器なんだ」
え、そこ拾う……?
私の知ってる黒瀬くんと、どこか違う。
でも、知れば知るほど、
やっぱりこの人が好きだって思い知らされる。
――惚れた弱みって、こういうこと?
「あ、もう終電だ」
「帰るかー」
夢みたいな時間が、終わってしまう。
来週また顔を合わせても、きっと私は「お疲れ様です」しか言えない。
「あの、黒瀬くん」
「ん?」
「…お花、ありがとう」
「ごめん、そんなもんで」
「一生大事にする!」
「……枯れるよ?」
「な、なんとかする!」
「おお、頑張れ」
これ以上を望んだら、罰が当たりそう。
ただ、大好きな人が笑ってくれる――それだけで、もう十分。
家に帰って、夢が覚めたみたいに静かになった。
でも、現実はまだ私を離してくれない。
調子に乗って飲みすぎたせいか、ふわふわしてる。
視界が揺れて、足元が定まらない。
「あ、これだけは……」
ふらつきながらも、水を入れたコップに、ひまわりを挿す。
「……なんで、ひまわりだったんだろ」
誰かにあげるつもりだった?
でも、彼女はいないって言ってたし。
家に飾るつもりだったの? それはちょっと、可愛すぎる。
「……好きすぎる」
声に出した瞬間、胸がきゅっとなった。
いつかこの想いを言葉にしたら、黒瀬くんは、なんて答えるんだろう。
もしも、彼に彼女ができて、
その人に「かわいい」なんて言って、
お土産に花を買って、「似合うね」なんて微笑んだら――
「……いやだなあ」
胸がざわつく。
ムカムカして、気持ち悪くなる。
でも、それは恋のせいか、それとも飲みすぎたせいか、わからない。
お化粧を落とす気力もなく、
ただひとつ、ひまわりのある場所だけを確認して、
そっと目を閉じた。